うつ伏せの方がいいだろう。そう見当を付け、小さな身体をそっとベッドに
横たえる。すると、どこからともなく柔らかな光が溢れて来て、天使の身体を
包んだ。と思うと、数回、瞬きする間に元通りのサイズに戻っていた。
___しかも、お寝巻きに変わっている。
非常に便利だ。感心半分、いらぬことも考える。万が一、酔っ払って帰ったと
しても、翌朝、外着のまま、倒れているなどという醜態はさらさずに済むよう
に出来ているらしい。
___ま、タカシが酔っ払って帰るなんてことはないだろうけど。
デモ。
___タカシも人生で一回は酔ったこと、あるんだよな。果樹園の天使を酔い
潰すだなんて、あのヒト、相当、大胆だよな。
先程、会ったばかりの元天使を思い出す。南ッ側の元親玉、責任者だったヒト
だ。
___コウ君のめざす最終地点だもんな。本当は大人で、良いヒトなんだろう
けど。でも、でも。か、な、り、質悪いところ、あるよな。嫉妬に理屈はない
だなんて、言い切るんだもん。何だか、コウ君やレン君の方がよーっぽど普通
で、優しいような気がして来たよ。だって、単に後から出て来たチビ助にママ
を取られて、ヤキモチ妬くお兄ちゃんののりだもん。まだ理解出来るし、これ
は怒るなってパターンもあるわけだし。大体、そういう気持ちって、弟のオレ
でも、わからないじゃないし。
何にしろ、先が思いやられると言うものだ。3対1は厳しいよ。そんなことを
心配しながら、天使の後頭部を撫でてみる。柔らかい髪。きしむことも、絡む
こともないらしい髪は触り心地が良く、しかも、うっすらと良い香りを放って
いる。名残惜しいと思いつつ、ゆっくりと起き上がった。いつまでも、タカシ
の寝顔を眺めているわけにもいかない。看病はベッドに任せて、一旦、階下に
下りなければならなかった。
「佐原さんが戻って来る頃だからね。ちゃんと引き止めておくから、ゆっくり
休んでいて」
小さく声を掛け、廊下へ出る。コウとレンの二人は今頃、律儀に任された家の
留守番をしているのだろう。
___気が気じゃないだろうな。
二人にとって、佐原は大先輩だ。だが、今となってはタカシに関わって欲しく
ない相手には違いなかった。
「堕天使、か」
一人ごち、足を進め、階段を降りる途中で、瞬一は眉を顰めた。
ハッ?
慌てて、“現場”に駆け付けた。
「ポロローン♪って、何?」
「何って、おまえ、ギターくらいは見たことがあるだろう? 白亜紀の生き物
じゃねぇんだから」
「アンモナイトとちゃうわ。何で、うちのリビングに座って、ギター引いとん
ねん?」
「おまえが上がって行ってくれって頼んだから、じゃねぇか? 忘れたのかよ
? ボケ?」
「そうや、な、く、て! いつ、どこから、どないして入ったんや? オレ、
玄関、鍵掛けたで? どこか、閉め忘れがあったんか?」
「オレは玄関から入りました。鍵くらい、開けられるもん」
こーやって。そう言いながら、佐原は右手でクイッとノブを捻るしぐさをして
見せる。
「あいにく人間じゃないもんでね」
そう言えば。タカシも簡単に施錠された引き戸を開けていた。
「、、、」
「そういうこと。オレ、コーヒーね」
「は?」
「おまえが客のオレのためにコーヒー、淹れるんだよ。当たり前だろ? 客の
オレが淹れて、どうすんだよ? 大体、あの紙袋のブツ、片さなきゃならない
んだろ? オレが食って加勢してやるって言ってんの。御親切にな」
「オレ、一言も、紙袋の中身が食い物だなんて」
「あの可愛い南ッ側の天使が言ってただろ? 捨てるくらいなら、オレにやれ
って」
「もしかして、聞こえてたん?」
「耳も抜群なんです」
妙な具合に胸を張る佐原にはとても、真っ向から立ち向かえそうもない。
___変則も通じそうにない、けど。
「ブラックでね」
「甘くなくてええの?」
そのままのコーヒーに口をつける佐原の様子をそっと伺う。他の三人の天使は
甘い物好きで、コーヒーにはビックリするような量のミルクと砂糖を入れて、
ようやく飲めるという有様だった。
「大丈夫なん?」
「天使じゃないからな。もう、あんな甘甘好きには戻れそうもないね」
レンに渡された大ぶりな紙袋の中身をセンターテーブルいっぱいに広げ、二人
して物色する。
「おまえ、好きなの、言いな」
「先に選んでええの?」
「子供の特権じゃん?」
「やっぱり、子供扱いなんか」
「不満そうだな。どうせ、大人になっちまったら、我慢、我慢だぞ。今の内に
甘えときな」
それもそうだ。
「それじゃ」
本当は朝食用らしいブリオッシュに手を伸ばす。元天使はうるさいことは言わ
ない気のようだ。
___レン君なら速攻、それは朝食用だ。見てわからないのかって、突っ込み
入れて来るところだよな。
ふと、佐原はぼやくような声を上げた。
「それにしても、爺婆臭ぇな。こいつかぁ?」
彼が胡散臭そうに指先で突いたそれ。それは例のお手製菓子袋だった。
「それが爺婆臭いん?」
「ああ、軽〜くあの世の匂いがするな」
かなり、辛辣なセリフだが、悪気はないようだ。
「だったら、あの、その」
「何よ?」
「それ、どこから持って来た物か、わからないかなと思って。匂いだけやった
ら無理か」
「つまり、オレに何を聞きたいんだ?」
「あの」
 まごつきながら、それでも踏ん張り、喋り続ける。このヒトなら、どうにか
なるかも知れない。その思いつきに賭けるしかなかった。何しろ、あの三人は
絶対に教えてくれないことなのだ。
「実は週に二回、タカシ達、三人だけでお出掛けしてて。その時は絶対、オレ
は置いてけぼりで、いくら行き先聞いても教えてもくれへん。それで、その日
は必ず、これ、この紙袋を持って帰って来んねん」
「で?」
「オレ、子供やし、人間やから、同じ立場になられへんのはわかるつもりや。
そやけどな。そやけど、行き先くらい教えてくれてもええと思うねん」
「ふぅーん」
佐原は紙袋を鼻先にまで持ち上げ、少しばかり考えるような顔をした。
「何か、わかります?」
「たぶん、おまえを誘わないのは親切からだな」
「親切?」
意外な言葉に首を傾げる。
「ああ。爺婆の匂いがするんだよ、これ。四、五人分。湿布とか、高血圧の薬
とか、そういう匂い」
「高血圧?」
「で、ここに住んでいる三人の内、二人は南ッ側の天使だ。そこから推察する
に、ヘルプに行ってんじゃねぇのかな」
「ヘルプ?」
「ああ。一人暮らしの年寄りの家を回って、お手伝いすんだよ。元気ったって
七十、八十にもなると、布団干すのも楽じゃねぇ。季節物の入れ替えともなる
と、衣装ケース引っ張り出すのも、棚の上に上げるのも重労働だ。いや、それ
以前に日常、かさばる物とか買って帰るのも、カボチャ切るのも難儀だろ?」
「はぁ」
「正直に言えよ。おまえ、そんなのに参加したくなんかねぇんだろ?」
「う、うん。ちょっと嬉しくない、かも。良いことだとは思うけど」
「じゃ、せっせと学校行って、家の手伝いくらいはしな」
「うん。そっか」
確かに善行だが、塾や学校を休んでまで行くことではない。
___それで、行き先も教えてくれなかったんだ。
イヤ。
案外、二人の天使が照れ臭くて、白状出来なかったのかも知れない。そう思い
付き、独りでに浮かび上がって来る笑みに緩む頬を瞬一がどうにかする前に、
佐原に摘まれた。
「うわっ、何すんねん?」
「ニタニタしやがって。罪滅ぼしにこのピザ、温めて来い」
「人使い荒いな」
「おまえもどうせ、食うんだろうが」
「そっか」
「ぷっ、可愛い奴。あれ、真っ赤になったぞ? お、逃げた」

 

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