瞬一、瞬一、ねぇ、起きて。
聞こえるはずのない声が聞こえる。
ねぇ。瞬一。
___タカシがオレを呼んでいる。それも耳元で、優しく。夢、かな? そう
だよな。だって、そんなはず、ないもんな。
優しげな顔立ちはもちろん、大好きだ。翼を隠してしまえば、人間とそっくり
同じ姿だが、あんなに可愛らしい成人男性など絶対にいないだろう。そして、
最近、自分はそんな姿にも増して、あの不思議な声が好きなのだと自覚する。
___“甘い声って、何やねん、それ? 何で声が甘いねん、ボケ!”って、
実はずぅーっと思っていたんだけど。でも、タカシの声は本当に甘いんだよ。
すっごく可愛くて、それなのに、よくいるアニメちっくな馬鹿声じゃなくて。
聞けば聞くほど好きになって、癒される。不思議な声なんだよな。可愛いの。
その上、少しばかり舌っ足らずなあの口調で、時々でいい、名前を呼びながら
揺り起こして貰いたい。そう願ってみたことはあるものの、もう二人、同居人
が増えて以来、完璧に叶わぬ夢と諦めていた。大体、元通りのサイズに戻り、
祖母の部屋だった場所に寝床を移してから、タカシはそう簡単に瞬一の部屋に
は入って来なくなった。
___用事がある時だけ、なんだ。この紙も捨てていいの?とか、どこそこを
片付けておかないともう、レンが帰って来ますよとか。何か、確認するとか、
これは言っておかなくちゃ、とか用事がないと近寄っても来ない。ましてや、
夜から朝までの時間帯になんか。お行儀が良いからな。
ソレニ。
___コウ君、レン君なんて、タカシの部屋には入れもしないんだもん。オレ
の部屋にタカシが入るっていうのも、アウトには違いないんだよな。
瞬一がタカシの部屋に入ることに、二人は凄まじいほどの嫌悪感を示すのだ。
___あの怒りようを見たら、オレの部屋に入って来るわけ、ないよな。オレ
が二人に引っ叩かれるんじゃないかって、心配しちゃうよな。だって、タカシ
は優しいもんv
瞬一。
ならば、やはり、これは都合の良い夢なのだ。
アア、久シブリニ良イ夢、見テルカモ。
セッカクダカラ、シバラク堪能シテタイワ。
「ね、瞬一、本当に起きて。困っているんですってば」
ぐいと肩を掴まれ、揺すられる。
「ねぇ、瞬一」
アレ? 
コノ感覚ハ、、、。
___もしかして、現実なん? 
ガバッと勢い良く起き上がる。すると、衝突を避けるように身を引こうとする
天使に気付き、思わず、その手を逃がすまいとばかりに両手で掴んだ。左右、
どちらの手もしっとりとして、柔らかい。
スベスベデ、モチモチ。
気持チイイ。
「じゃ、やっぱり、本物なんやな?」
「何を言っているんです?」
少しばかり呆れたような表情は初めて、見るものだった。
コウイウ顔モ可愛イナ。
___我ながら今、しまりのない顔しているんだろうなぁとは思うけど。
デモ。
「タカシって、本当に可愛いよね。ある意味、この世の奇蹟だよね」
「大丈夫ですか? 瞬一」
「うん、大丈夫。でも、何で、タカシ、こんな所にいんの? だって、オレ、
今、ほら、パジャマだよ? いつもだったら、絶対、入って来ないじゃん?」
「瞬一を起こしに来たんですよ。僕一人では止められなくて」
「止められない?」
「佐原とレンが衝突しているんです。お願い、早く来て」
佐原とレン。
佐原とレン。
寝起きの頭で考える。ベッドの上、いつものパジャマを着て、なぜか、タカシ
の両手首をしっかと掴んでいる自分と、いささか焦っている様子だが、それで
も大人しく、いかにも瞬一の次のアクションを待っているらしい天使とが向き
合っている。タカシが待っている。そこから何を思い浮かべたものか、瞬一は
首を捻った。視線を向けた先、机上にはくるんと丸い、カエルの形をした赤い
目覚まし時計があった。
___あれは、母さんのイタリア土産だったよな。八時十五分か、、、。八時
十五分? 
「あ、あーーーっ。何でや? ちゃんと目覚まし、セットして寝たのに。何で
やねん? 止めてしもうたんかな? あ、いや、それよか、急がな。塾、塾。
間に合わへん」
慌てふためき、喚いていると、タカシがややのんびりと声を掛けてくれた。
「大丈夫です。佐原が送ってくれますから。自分が送るからいいだろうって、
目覚ましを切ったそうですよ。昨日、もう今朝になっていたのかな、眠るのが
遅くなって、かわいそうだからって」
「はい?」
ようやく瞬一の頭も動き始め、しかし、タカシの言うことがますます、不可解
なものに化けて来た。
「佐原がって?」
「佐原、もう知っているんでしょう?」
タカシはのんきな笑顔で続ける。
「瞬一は面白い、良い子だって褒めていましたよ」
「それは、どうも。や、そうじゃなくて。何で、タカシ、佐原って名前だって
知ってんの?」
「さっき、本人が言っていましたから」
「さっき、本人がって?」
オウム返しに復唱しながら、ニッコリと笑った天使の白い顔を見つめる。この
明るい笑顔は“無事”と視認し、すっかり安堵した表情とも言えるのではない
か? 
テコトハ、ツマリ、、、。
「あの、タカシ、もしかして、もう、佐原さんに会っちゃったってこと?」
「ええ、会いました」
「ああーーーーっ」
先ほどより、更に大きな悲鳴にタカシの方が驚いたようだった。
「一体、どうしたんです?」
「涙の再会スペシャルに立ち会いたかったのにぃーー。寝過ごしてしもうた」
「涙の再会スペシャル? ああ。でも、それって、そんな、頭を抱えるような
ことなんですか?」
「抱えるようなこと、だよ!」

 

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