「いいか? オレとタカシはこう、がっちりと互いを抱き合ってだな、再会の
喜びを、その余韻をじんわりと楽しんでいたんだよ。何せ、昨日の夜はがっと
力一杯、抱き締めたら、そこでいきなり、ひゅるる〜っと小さくなっちまって
さ、正直、物足りなかったんだよね。人目が“戻って来る”前に隠して、立ち
去らなきゃならなかったし。で、その分を埋め合わそうと、今朝ばかりは奥手
のタカちゃんも珍しく積極的にだな」
「それが嘘だってゆってんの! タカシは変わり果てたおっさんなんかより、
いっそ、可愛い人間の子供の方を取ったんだよ、馬〜鹿。タカシってば、瞬一
の塾に行く時間ばっかり、心配していたじゃんか? つまり、もう、とっくに
あんたの時代は終わってたんだよ、お間抜け! 早く気付けよな。余計に惨め
だよ? お、じ、さ、ん」
「キィ〜。悔しい。減らず口叩きやがって、生意気な」
コントじみた調子で地団太を踏みつつ、しかし、佐原は決して、負けっぱなし
では終わらない。
「おまえだって、実はこぉっそり、朝の七時半から家の前、ウロウロウロウロ
していたくせに。聞き耳立てて、中の様子を窺っていたんだろ? あ〜、ダサ
ッ。恰好悪ぅ」
「むむっ。ちょっとだけ出遅れただけじゃん! まさか、そんな早くから来る
なんて思わないしさ。頼まれた留守番の続きが残ってんだよ? コウに送って
貰えないんだもん。だから、オレ、電車に乗って帰って来たんだよ? 超偉い
じゃん?」
「電車がお似合いだよ、お子様には。ガタン、ゴトンって音、聞くと嬉しいん
だろ? これからお出掛けだって思うと、尻尾の一つも振りたくなるんだろ?
子ワンコ顔だもんな、レンちゃんは」
「失礼な! このオレのどこがワンコなんだよ? お子様なんだよ? コドモ
ってゆーのはな、こ〜ゆ〜、ぽけっとした奴のことを言うんだよ!」
オレノコトカヨ? 
当然、瞬一の心の中の突っ込みなど聞かぬふりでレンの反撃は続く。
「さっさと向こうの“離れ小島”に戻りやがれ。自分の分は責任を持って完食
しろよな、無責任野郎」
「うっせぇ。おまえが行けよ。さっさと飯持って、向こうに行かないと、洗い
ざらい、ぶちまけるぞ?」
「オレにはやましいことなんか、一片もないもん。あんたと違って、ね」
「レ、レン君」
さすがに“そんなところ”に触れてはまずい。そう思い、どうにか止めようと
手を伸ばそうとするが、それを制したのは佐原の黒い笑みだった。
「へぇ、“ない”の? へぇ〜。アレはかなり、恰好悪かったと思うんだけど
なぁ。オシャレ自慢のレンちゃん的にどうかと思ったんだけどなぁ〜」
「何、それ?」
実は心当たりでもあるのか、ふいに心もち、弱まったレンの声に佐原がにやり
と笑って返す。
「何だよ、その不細工な、嫌ぁなスマイルは?」
「えへへ。オレ、見〜ちゃったんだよね」
「何を?」
「そこのさ、廊下の鏡にチラッと映ったんだよね」
「何がさ?」
「おまえが〜」
「あーーっ」
察しの良いレンの悲鳴に瞬一の方が驚いて、目を丸くする。
「馬鹿! おまえ、いきなりデカイ声出して、驚かせるなよ。瞬一がでっかい
目玉、落っことしそうになったじゃねぇか。いやぁ、大きなお目々もなかなか
大変なんだな、瞬一君。その目玉にも是非、あの何とも不思議な光景を見せて
やりたかったよ。な、レンちゃん」
「―」
なぜ、頭の回転の良いレンが反撃しないのか? ピンポンよろしく、瞬一には
割って入れない高速ラリーを続けていたにも関わらず。
「不服が言えないんだよなぁ、レンちゃんは。後ろ暗いことがあるんだもんな
ぁ?」
「オレは、“悪いこと”はしていないもん」
「おっ、居直ったぞ」
「本当のことだもん」
「そうだよな、悪くはないよな。恰好は悪いけどねぇ〜」
「うるさい」
「だって、アレはさ、相当、妙な、おかしな恰好してたってことだもんな」
「黙れ、不細工」
「ぶっちゃけちゃうとつまり、レンちゃんてば、中の様子を窺いたい一心で、
何と、玄関ドアの上っ側の、あのちっちぇ窓の所にへばり付いて、覗いていた
ってことだもんな」
エッ? 
玄関ドアの上部に開けられた、採光用の小窓。当然、背伸びなど通じないし、
ジャンプしたとしてもチラとも、中の様子は見えないはずだ。
「つ、ま、り、カエルさんよろしく、ピョ〜ンとジャンプ一番、飛び付いて、
必死にしがみついて、ぶら下がって、だな」
「うるさい!」
よほど恥ずかしいのか、レンの顔は真っ赤に染まっている。唇も震え出しそう
だ。
「それ以上言ったら、ハサミで瞼を切って、この場で整形してやるからな」
「おお、怖〜い」
佐原の大袈裟に怖がるそぶりにますます、レンの怒りは沸騰して来たらしい。
当然ダケド。
「不細工! 不細工! 不細工! 穴でも掘って入ってろ!」
「何だとぉ? チビ! チビ! チビ!」
「まだ伸びるかも知れないもん! 不細工は直らないもん!」
「有り得ねぇよ。ガキ!」
ヤッパリ。
幼稚園児並みだろう小競り合いを再開した二人のテンションに付いて行けず、
瞬一の方はすっかり意気が萎えていた。
___オレも怒っていたんだけどな。それにしても。
二人の沸点とは一体、何度なのだろう? 
相当、低イナ、アリャ。
ギャアギャアと、本当は大層な御高齢であるにも関わらず、子供並みのケンカ
を続ける二人を止める気力など、湧いて来なかった。
トテモ付イテ行ケヘン。
それに二人はどうやら、好き好んで激闘を繰り返しているらしいのだ。
___回避する方法なんて、幾らでもあるはずなのにわざわざ、やってるんだ
もんな。心配なんか、するだけ無駄なんだよ、結局。
オレ、子供ヤシ。
 大人の心配をしても仕方がない。そう納得し、食事を再開しつつ、隣に座る
タカシの様子を窺ってみる。
ワリカシ無表情ヤナ、珍シク。
喋る気もしないらしく、手元に置いた瞬一が贈った携帯電話の、翼をモチーフ
にした飾りをいじっている。チラリ、と控えめに、しかし、銀色に輝くそれ。
御揃イナンヤ、アレ。
右翼と左翼の対となったそれを求めて、駆け回った甲斐はあった。
___気に入ってくれてるみたいやもん。
「何、ニマニマしてんの?」

 

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