『協力して欲しい』 
予想もしない申し出に瞬一は面喰らう。コウとレン、二人は天使と人間との
間に“明快な一線”を引いている。両者は全く違う生き物であり、その間には
埋め難い優劣の差がある。自分達天使は優れ、人間は劣っている。だから両者
は相容れないと信じているのだ。
___はっきり、きっぱり、裏表なしだから腹も立たないけど。大体、それが
事実なんだろうし。それに。
もしかしたら、何のわだかまりもなく接してくれるタカシの方が珍しいタイプ
で、この二人の方がごく普通の、当たり前の天使なのかも知れない。
ダケド、、、。


 正直、瞬一は釈然としなかった。普段、小馬鹿にしている人間相手になぜ、
お偉い天使が協力など求めるのだろう? その行為に違和感を覚え、釈然と
しなかった。
___だって、協力っていうのは普通、対等な立場でやるもんだろ? 
「どういう意味? オレに何をしろと?」
「気色ばむなよ。タカシから一つ、聞き出して欲しいことがあるんだ。オレ達
が聞いても絶対、吐かないと思うから」
「何を聞けって?」
レンは一つ、息を吐き、改めて瞬一を見やった。その表情には誠実に話そうと
する意志が見て取れる。
ダケド、ソレッテ、モシカシテ、ヤバイ話ナンジャナイノカ? 
人間ノオレガ関ワッテモイイコトナノカ? 
ダッテ、何カ漏ラシタラ、兵隊サンニ取リ囲マレルンダロ? 
「心配いらないよ」
レンははっきりと、そう言った。
「オレ達にはタカシにはない力がある。だから何をしゃべったって、トラブル
にはならない。おまえとサヨナラする時に、おまえの記憶を消して行けばいい
んだから」
「、、、記憶を、消せるの?」
「そう。オレ達、“人間界担当”だから、な。別れ際はきちんと処理しなきゃ
ならないだろ? いつもいつも死別ってわけじゃないからさ」
「毎度、死別じゃ、こっちの身が保たねぇよ」
呟いたコウのセリフは弱音だったらしい。レンはちらとコウを見やり、しかし
何も触れずに瞬一へと視線を戻した。
「それに、おまえは馬鹿じゃない。自分からタカシと別れなきゃならなくなる
ような、そんな軽はずみな真似はしない」
「オレを信用してくれるの?」
「まぁ、な」
「だって、そこのところを見極めるためにオレ達、おまえのこと見張っていた
んだから」
ヤッパリ。
 来る日も来る日も感じたあの視線の主は、この二人だった。そして、その
目的は瞬一を観察し、性格を見極めることだったと言う。だが、それは一体、
何のためなのだろう? タカシを見つけ、連れ帰るには必要のない行為なの
ではないか?
「聞き出すって? 意味がわからないんだけど? 大体、天界って、タカシを
連れ戻す気はあんまりないんだよね? 連れ帰っても処遇に困るとか、そんな
ことを言っていたよね? だから、無事さえ確認出来ればいいって」
「言ったよ」
「じゃあ、オレがタカシを預かっていてもいい人間かどうか、それを見極める
ために尾行して、で、大丈夫そうだから、預けるついでに何か、聞き出して
欲しいことがある、と?」
「そういう解釈で構わないよ。おまえは信用に足るとわかったから、タカシを
ここにおいているんだし、信用出来るから、こんなこと、頼むんだ」
瞬一は疑問を感じ、瞬いた。
「聞きたいことがあるって、タカシが何か、悪いことをしたってこと? え、
だって、天使は人の心が読めるんだろ? なら、タカシの心を読めば聞く必要
なんて」
「残念だけど、天使同士じゃ使えないんだよ、この力は」
「そうなんだ」
「ああ。だから、おまえの協力が必要なんだ。おまえが聞き出してくれれば、
オレ達にはおまえの心は読めるから」
「でも、タカシが答えなかったら?」
「全て、じゃなくていい。断片的なことで十分。欠片、欠片でも繋ぎ合わせ
れば、大まかな姿が見えて来る。それにオレ達には言えないことも、おまえ
には言えるかも知れない。おまえは人間で、“何も”知らないし、おまけに、
や、け、に、気に入られているらしいからな」
「気に入られてる?」
 二人分の視線が急に冷えて感じられる。何やら言いたげなコウの強い視線に
泡を食いそうになりながら、瞬一は見つめ返してみた。
「どういう意味?」
「心当たりねぇの?」
「ないけど」
コウの目がキュッと不機嫌そうに吊り上がる。
「おまえさ、夜な夜な、タカシの背中に触ってるだろ?」
「背中?」
「翼の間、ここんとこ」
自分の背中、真ん中辺りをコウは指差して見せた。
「ああ」
「何だよ、その言い方!」
「その言い方って。だって、別にそんなに怒るようなことじゃないだろ?」
「怒るようなことだよ! イヤらしい」
「へ?」
「これだから人間は困るよね」
「それだけはどうしても許せねぇ。ぶった切ってやりてぇ」
「止めないよ、オレ」
「おい、何でやねん? そんなイヤらしいことしてへん。背中さすってあげた
だけやん?」
「動揺してるね、瞬一君。つまり、やましいことがあるんだ。へぇ〜」
「待って。レン君まで何、言うねん? そんな大層な罪か? 背中撫でただけ
やで? 背中がだるいって言うから、さすってあげただけやん?」
「いーや、オレは認めねぇ。断ればいいだろ?」
「コウ君、おかしいて。何でやねん?」
「おまえ、わかってないね。天使が自分の翼とか、この辺りを触らせるって
言ったら、凄いコトなんだぞ? 普通の仲じゃしないコトなんだからな」
「ええっ?」
「イヤらしい、油断も隙もあったもんじゃない」
「レン君」
「有罪だ。オレ達、天使同士でも触ったこと、ないトコを」
「コウ君」
「ふふっ、もう、いいくらいじゃない?コウ」
「ま、涙目に免じて、許してやるか」
「はっ、は。あー、面白かった」
「こいつ、単純!」
「何でだよ? ただの嫌がらせかよ?」
「いいや。これくらいで済んで、おまえはラッキーだ。これをもし、天界に
通報したら、本当にそこら辺中、兵隊さんってことになってた」
「それって、、、ぞっとする光景なんだよね?」
「そう。タカシに聞いただろ?」
「うん。取り押さえられたことがあるって」
「希少な経験談だよ、それ。滅多にいないからな、そういうヒト」
「あの、そんなことになるような、そんなこと」
「そんなに遠回しに言わなくたっていいよ。あのヒトね、やらかしちゃって、
捕まったことがあるの。で、今回だろ? さすがにヤバイ立場なんだよ」
「今回って、こっちに来たことが罪なんだ?」
「勝手に来たんだからね」
「でも、さ。来ただけなんだから、ゴメンで済むんじゃないの?」
「あいにく天界ってトコロは結構、厳しいんだ。それにあのヒトには“前”が
あるだろ? よりきつい罰を与えなきゃならないけど、それも不憫だってこと
で、上は処遇に困ってるわけ」
「前って、そんな前科みたいな言い方」
「前科だよ。大層なこと、やらかしちゃったから、あのヒト、こないだまで、
ずっと壷の中に入れられていたんだもん
「壷?」
「そう、壷。もちろん、身体ごとじゃないよ。魂だけ、入れられていたんだ。
何も見えない、聞こえない、小さな、独りぼっちの世界に、ね。で、オレ達は
毎日、その抜け殻の身体だけ、見てた」
レンは声を低めた。
「長い時間だよ。こっちと向こうは時間の流れ方が全然、違うからね。あの
ヒト、おまえだったら何回、生まれ変わったかわからないくらい、長い時間、
独りでいたんだ。魔物なんかのために」

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送