「喋れなかった?」
意外な事実にまず、反応したのはレンだった。
「嘘ォ。だって、オレ、初耳だよ? そんなこと、知らないよ? あれっ」
驚いた様子のないコウに気付き、レンが声を掛ける。
「もしかして、コウ、知ってた?」
「知ってた。確か、タカシの三代前までは声ってものがなかったって、習った
けど。でも、いつもの冗談かと思ってた。あのヒト、あんなしかめっ面して、
信じられないようなつまんないことばっか、言うからさ」
「そうだよね。もしかして、大半、嘘っぱちなんじゃないの?って思うよね。
正直、何を聞いても、習っても疑わしくない?」
「ま、大して重要な科目、担当していないからな。結局、暇なんじゃねぇの、
あのヒト」
「軽く嫌がらせなのかも」
「上へのあてつけか、下へのひがみか。微妙な辺りだな」
「人材不足なんだよね、天界も。どうでもいい部署はほったらかし、みたいな
ところ、あるから」
二人は言いたい放題だ。それにしても。
___天界にも、給料泥棒みたいな先生がいるんだ。
人間界ト変ワンナイジャン? 
感心半分、二人の様子を眺めていると佐原が初めて、天使同士の会話に割って
入って行った。
「それってさ、もしかして、ヘビオヤジのこと?」
レンがキュッ、とばかりに目を丸くする。
「ええ〜っ、何で知ってんの?」
「その命名者はオレだもん」
「ああっ、そっか。そう言えば、佐原君って、大昔、天界にいたんだもんね。
すると、ヘビオヤジが若かった頃を知ってんだ」
「まぁね。たぶん、少しも変わっちゃいないだろうけど。あいつは若い頃から
本当、しつこかった」
「うん、うん。しつこい。油汚れか、黒カビかってくらい、しつこいの」
「しかも、シャレが面白くねぇんだ」
「そうそう!」
「つまんないにも程があるってくらい、つまんないだろ?」
「そうなんだよ。有り得ないような例えとかして、いい気になってんの」
「だろ?」
「先生に失礼ですよ、二人とも」
やんわりとたしなめられ、レンは唇を尖らせる。
「だって、本当につまんないんだもん。タカシは知らないからだよ。あのヒト
の何か、完璧に勘違いしちゃってる方向違いぷりを見たり、聞いたりしたら、
その場で固まっちゃうよ? 石になっちゃうよ? いくら頑張っても、とても
じゃないけど、笑えないし、でも、やっぱり、突っ込めないし、聞かなかった
ふりってゆーのもなかなか難しいし。本当、困るんだから」
「そうだよなぁ。あの微妙なだじゃれと来たら、これは一体、何のための試練
なんだろう?って、本気で悩むレベルだよな」
「うん、うん。こんなに困るからには将来、何かの役に立つんじゃないかって
良い方に勘繰っちゃうよね」
レンは勢い良く頷く。
「だからかな、たまぁに、せっかく“こっち”に来て、寂しくても、辛くても
一所懸命、頑張っているのに、肝腎の人間と全然、話が噛み合わなくて。それ
どころか、この真摯な気持ちも通じなくて、ちょっと辛い時とか、ふと思うん
だ。ヘビオヤジのジョークに比べたら、これくらい屁でもない、まだ頑張れる
って」
「わかる、わかる! 何か、ああ、ヘビオヤジに比べたら、これくらい可愛い
もんだって、思えるんだよな」
「そう、そう」
二人は大盛り上がりだ。レンが佐原の邪気に慣れ、耐性を持ったのだろうか? 
ソレハオメデタイコトダト思ウケド。
 だが、存外、片割れであるコウの方は乗って来ない。何気に暴言を連発する
二人に、タカシがヤキモキしているのは当然だとしても。コウのどこか、疑う
ような、佐原の真意を量っているかのような気配は一体、何を意味しているの
だろう? 
「それにしても。コウって、やっぱり、南ッ側の次期親玉候補bPなんだな。
オレとは全然、習ったカリキュラムが違うんだ。あ、でも、ちょっと待って。
三代前まで声もなかったって、一体、どういうこと? だって、果樹園の天使
って言ったら、天界の他のどの天使より、可愛い、綺麗な声の持ち主じゃない
? さすが魂を育てるシッターさんって感じの。タカシだって、ふわふわした
可愛い声してる。ずっと聞いていたいような。凄く安心出来る、懐かしい声、
しているのに」
「ありがとう」
ふんわりと微笑み、だが、すぐにタカシはその笑みを顔から隠した。
「もう、よしましょう」
「どうして? せっかくだから果樹園の天使に聞いておきたいじゃん? 果樹
園の天使に声がないなんて、想像出来ないもん」
好奇心にキラキラと輝くレンの無邪気な、しかし、執拗そうな目を見、タカシ
はいっそ、辛そうな様子を見せる。
「ね。どうして? どうして、声がなかったの? で、どうして、声を頂いた
の? 天界って、滅多なことでは“変更”しない所なのに、どうして?」
「あの」
「孤独に耐えかねて一人、時空の綻びから身を投げたから、だよ」
佐原の暗い声に皆、息を呑んだ。

 

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