もう、随分と昔のことだけど。そう佐原は切り出した。
「ある日、所轄のお偉い天使に連れられて、オレとあいつ、おまえらが言う、
北ッ側の親玉、か。そいつの前にタカシが連れて来られたんだ。果樹園で働き
始めるより、ずっと前。まだほんの子供だった頃。オレ達より、ちょい年上の
はずだったけど、一回り小さくて、真っ白くて、すんげぇ可愛かった」
佐原は懐かしむように目を細め、思い出の中に住むタカシを愛でたらしい。彼
は本当に愛しそうに目を細めたのだ。
「やんちゃ盛りでがさつな、全身、治る間もないくらい、擦り傷だらけにして
いるオレ達とは全然、違って。お上品で、頭に付けた水滴みたいな粒々の飾り
がキラキラしてて。人間のおばさんがよく“まぁ、可愛い。お人形さんみたい
ね!”って言うけどな、実際、そんくらい可愛かったよ。だけど」
佐原はふっと表情を曇らせる。
「だけど?」
「本当に可愛いんだよ。だけど、有り得ないくらい無口で、その上、表情って
もんがまるっきりなかったんだ。子供なのに、珍しく“外”に連れ出されて、
初めて見るオレともう一人って、同じ年頃の子供を前にしても、反応しない。
怖がりもしないけど、関心も示さない。じーっとしたまんまだった」
普通。
さすがに子供なら、人も、天使も変わらないのではないか? 初めて見るもの
への幼い好奇心はそう簡単に隠せるものではないはずだ。
「タカシは喋れた、んだよね? 三代前まで喋れなかった、ってことは」
「ああ、声は持っていたよ。三代前に一人、孤独に耐えかねて、身を投げた。
天界を揺るがす、前代未聞の不祥事だったはずだ。その結果、再発を防止する
策として次代、つまり、二代前からは声を貰うことになった。だから、当然、
喋れそうなもんなんだけど、何せ、隔離されているような生活ぶりだからな。
前の代では全く他の天使となじめなくて、声は持っていても、話をすることは
なかったそうだ」
「何で? 皆、話してみたいって思わへんかったん? だって、果樹園の天使
やで? 天使は皆、大好きなんやろ、果樹園の天使が」
「逆だよ」
「逆?」
「誰だって、果樹園の天使の格は知っている。特別だって、知っている。大人
同士じゃ怖じ気づいちまって、ダメだったんだろう。畏れ多いって言ったら、
語弊もあるけど。でも、やっぱり近寄り難い存在ではあったんだな」
佐原は小さく息を吐く。彼にとっても致し方のないことと、割り切れることな
らしい。
「恰好も独特で、明らかに他とは違うし、な。袖口に鈴が付いているし、頭に
飾りを付けるのは果樹園の天使だけだし。一目で別の存在だってわかっちまう
から」
「ふぅん」
「で、上の連中は考え直した。こうなったら、子供の内に子供と触れさせて、
お互い、何の先入観もない時期に、両方に免疫を作らせようって、作戦に出た
わけだ。手っ取り早く、でも、確実なやり方としてな」
「はぁ」
「それでオレ達、三人はつるむことになったんだ。その辺りはおまえ、タカシ
に聞いているんだよな?」
「うん、楽しかったって」
「そりゃあ良かった」
佐原は本気で安堵したように見えた。
「自信、なかったん?」
「まぁ、な。ニコニコ笑って、幸せそうにも見えたけど、でも、オレもあいつ
も心の奥、どっかで一抹の不安と言うか、疑念のようなものは感じていたかも
知れない」
「疑念?」
「ああ。彼は本当に楽しいと思っているのかな、とか。満足してくれているの
かな、とか。そーゆー気持ち」
俯いた堕天使の寂しげな眼差しを見、思い出す。二人は仲が良かった。まるで
向かい合う空と海のように。三人ではなく、二人と一人だった。そんな寂しい
ことをしかし、確かにタカシは言っていた。佐原も、恐らくもう一人も真摯に
タカシを思っていたにも関わらず。
「ね」
「うん?」
「どうして、タカシは自分のこと、孤独だって思ってるの? 自分は孤独だと
知っているって、そういう言い方だったよ。果樹園の天使だから、佐原さんと
親玉さんとか、コウ君とレン君、みたいな本物の友達はいないし、出来ないん
だって」
「ああ。オレとあいつ、コウとレンは魂の双子なんだよ」
魂の双子。
「魂が、双子なん?」
「そう。元々、一つだったんだ、オレ達の魂は」
佐原はふっと息を吐く。
「こんなこと、人間に教えるのもどうかと思うが。でも、どうせ、オレはもう
復活の出来ない身だし、今はこうして“定着”出来ているが、明日もそうだと
は限らない。何の保障もないからな。それなら、いっそ、おまえにでも事情を
打ち明けて、協力して貰った方が利口なのかも知れない」
「オレに何か、出来るの?」
「さぁ、な。だが、おまえはタカシに気に入られているようだからな。何かの
役に立つのかも知れない。もっとも、おまえのどこら辺がお気に召したのかは
さ〜っぱり、わかんねぇけどな。やっぱり、その印象的なデコかな。それとも
ポカンと開きっ放しのお口かなぁ」
チクリ、と意地悪を言うことも、忘れない。
ヤッパリ、コノヒトモ、南ッ側ノヒトヤ。
小さく笑い、そのくせ、すぐに佐原は表情を引き締める。メリハリを忘れない
ところはやはり、大人のようだ。
「魂ってな、最初は風船みたいな物の中に核って言うか、基になるモノが一つ
だけ、入っているんだそうだ。ぷかりと浮かんでいるような、漂っているよう
な、そんな感じでな。で、それを受け取った果樹園の天使は後生大事にずっと
抱えて。抱き締めて、休みなく話し掛けて、歌を歌ってやって、頬擦りして、
愛情を注いで。とにかく愛して、毎日、ひたすら可愛がって暮らす内に。ある
日、その一つが二つに割れるんだそうだ。枝豆みたいに左右に一つずつって、
状態になって、それで初めて、魂ってことになるらしい。話し掛けてやると、
返事をするし、時々、他の子の所には行くな、自分から離れるなって、駄々も
こねる。それがたまらなく可愛いらしい」
確かに無邪気で、可愛いらしい。せがまれて困るタカシの姿が目に浮かぶよう
だ。
「で、その大元が二つに割れて、二つの、人格を持った別個の魂になる時って
ゆーのが果樹園の天使には何より嬉しい、幸せな時なんだそうだ」
「嬉しいんやね」
「ああ。だけど、魂は全てが双子ってわけじゃない。いや、確かに全て、二つ
に分かれる。魂の双子って状態にはなるんだが、時々、希にだが、内の一つが
消失することがあるらしくてな」
「消失?」
佐原は頷いた。
「泣いても、叫んでも、追い駆けても、どうにもならない。すーっと蝋燭の炎
が消えるみたいに、どこかに流れ去る魂を止めることは出来ないんだって」
「どこに行っちゃうんやろ?」
「さぁ、な。外に出られない果樹園の天使がそれでも、目一杯、追い掛けた先
ってゆーのが“時空の綻び”だったらしい。そこから先はわからないよ。本当
に無になっちまうのかも知れないし、綻びに吸い込まれた後、魔界か、人間界
か。いっそ、未だ誰も知らないどこかに流れ着いて、そこで人間だか、魔物だ
か、何かになって生きるのかも知れないし。だが、どの道、時空の綻びに吸い
込まれてはもう、天使にはどうにもならない。追跡が出来ないんじゃ、永久に
謎のままだろうな」
「じゃ。あの、それって、つまり、天界には生まれない、ってことになるんだ
よね」
「ああ」
「それじゃ、その片方だけ残された魂って、どうなるの?」
「全て、果樹園の天使として生まれるそうだ」
「だから、、、」
「そう。だから、自分は孤独だって、知っているって、そのセリフが出て来る
んだろう。そうだよな。自分の目で見て、知っているんだから、勘違いなんか
じゃねぇよな」
「皆、ペアやのに。かわいそうやね」
「ああ。でも。寂しいからこそ、果樹園の天使は役に立つんだよ」

 

 

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