この頃。
何カ、変ダ。
はっきりと輪郭の定まらない不安混じりの違和感を抱えたまま、それでも学校
へ行き、塾へ行き、断り切れずに結局、たまにはスカッシュが催されるジムに
も顔を出し、慌しい毎日を精一杯、それでも、どうにか流されないように努め
ながら過ごしている。
___生活に追われてるって感じ? 
タブン、違ウナ。
しかし、日本語についてレンに聞いても、無駄だろう。
___コウ君も、かな。皆、二言目には日本語は苦手って言うから、全滅か。
さすがにめっきりと肌寒くなって来た。肘の辺りを右手、左手でそれぞれ擦り
ながら、どっぷりと日の落ちた中、家路を急ぐ。あの元気な一団も、さすがに
この次期にもなると、この時間帯のゲートボールは諦めるらしい。
ドウセ、昼間ニヤッテルンヤロウケド。
それに近頃はボウリングと言う選択肢もあるらしい。
___カラオケ屋の前に集合してることもあったし、な。ふぅー。
一つ、息を吐く。
___そろそろ、冬物の服、買いに行かなきゃな。去年のはちょっぴり、子供
っぽいよな。別に、服が小さくなったってわけじゃないけど。
自爆カ?
正直、期待していたほど、背は伸びなかった。
___過去完了だよ。もう無理だろうな。もうじき、十八歳だもんな、オレ。
成長期は終わっちゃったんだよな、やっぱり。
ハァ。
諦め切れずに、今度はため息を吐く。
___お兄ちゃんを追い抜かすなんて、そんな贅沢は言わないけどさ。でも、
もうちょい、もうちょっとだけ欲しかったな。タカシよりは高いかな、くらい
は。そうしたらさ、将来、パッと見だけでもお似合い、みたいな一瞬が出来た
かも知れないのに。いや、別にそんな、大層な夢を見ているわけじゃないけど
さ。
寒さを忘れ、独りでに紅潮し、熱くなった自分の頬を叩き、改めて、ため息を
吐く。
___学校指定のリュック背負ったガキんちょじゃ、到底、叶わぬ夢だよな。
現実を見なくちゃ、現実を。まずは受験だよ、受験! うん。
 ブツブツと呟きながら自宅前まで辿り着き、瞬一は足を止めた。水色の車が
定位置にあるのだ。
水曜日ナノニ? 
この頃。
どうも二人の天使と一人の堕天使の様子がおかしい。何やら、こそこそと瞬一
のいない所で話をし、瞬一には何も知らせないまま、協議を重ねているらしい
様子が垣間見えることがあった。
テユーカ。
「―」
考え事をしていた鼻先で、ふいに内側から玄関ドアが開けられた。
「お帰りなさい」
明るく出迎えてくれた真っ白な笑顔にとろけ、それまでの考え事は瞬時にどこ
かに吹っ飛んで行った。
大体。
___オレが心配することじゃないよな。あっちは皆、大人なんだから。それ
こそ、余計なお世話だよな。
そう簡単に納得し、速攻、頭のスイッチを切り替える。
「良い匂い〜。もしかして、ロールキャベツ?」
「ええ。瞬一、好きでしょ?」
「うん。タカシの作ったロールキャベツは大好き。おかんのは勘弁してやって
感じやったけどな」
「悪い子ですね、言いつけちゃいますよ」
「ええねん。だって、本当にキモイんやで、あれ。キャベツがクタクタやねん
から」
「柔らかめが好きなんでしょう」
「違う。センスがないの。なぜか、オムレツだけは上手なんやけどなぁ」
その一品だけを食べて、物の見事に釣られた父親の血が流れていると思うと、
多少、自分の将来が思いやられもする。父親は元々、外食に慣れていて、それ
でも構わない性分だったから、きっと今の外食暮らしも楽しいのだろうが。
___でも、オレは家で食べたい方だから、結婚する時は交代で作るとしても
やっぱり、料理上手な人がいいな。結婚かぁ。
アレ? 
その時、タカシは一体、どうなるのだろう? 疑問に駆られ、ざっと大まかに
自分の未来を見積もってみる。
___最短でも、結婚がどうとかって考え始めるのは十二年後とかかな。三十
は過ぎないとな。じゃ、今のところ、杞憂ってやつだな。もちろん、タカシと
はこのまま、ずっと一緒にいたいけど。でも。あ、そっか。その頃にはタカシ
も、もっと人間の“ふり”が上手になっているはずだから、ばれずに済むって
言うか、そーゆー秘密も共有出来る人と出会えばいいんだ。
「イヤらしい」
 背後から掛けられた声にギョッとして振り向く。洗濯籠を抱え、レンがさも
嫌そうな表情を浮かべて、立っていた。
「あー、イヤらしい」
「何がイヤらしいねん?」
「おまえ、今、密かに“両手に花”計画を練っていただろ? このドスケベ」
「何やねん、それ?」
「そんな甘い夢、絶対、叶えてやらないからな。この欲張り! ごうつくばり
!」
「ごうつくばりって、何やねん? 失礼な」
「強欲じゃん? 家にこ〜んなに可愛い天使がいるのに、金も欲しいし、嫁も
欲しい、子供も三人は欲しいだって? 欲張りにも程があるって話じゃん?」
コンナニッテ、、、。
唖然と、レンを見る。
「何? 何だよ?」
「レン君はその頃には“仕事”に戻っとるやろ?」
「おい。まさか。オレを排除しようって気なわけ?」
「だって、別にレン君はいてくれんでもええもん。おってもええけど」
「何、それ? その言いぐさは何? オレにはいて欲しくないってゆーのか?
 一体、何様のつもりだよ?」
「だって、天使やのに意地悪言うもん。性格悪いやん? ヤキモチ妬きやし、
拗ねるし、わがまま言うし。食い意地はっとるし」
「うるさい。そこになおれ! 成敗してくれる」
ポンと洗濯籠を放り捨て、ビッとばかりにレンは瞬一を指差した。
「ガキのくせに生意気!」
「何でやねん? 自分の人生設計を考えて、何が悪いねん? ちゃんと努力も
しとるやん? 言いがかり言いなんなや。そんなんやから、この頃、タカシに
避けられとるんや」
 ボソリ、と最後に瞬一が呟いた本音にレンは思わず、硬直したようだった。
そう、この頃。明らかにタカシは二人の天使と一人の堕天使を敬遠し、避けて
いる。水曜日と土曜日。その日はどこかのお年寄りの家に出向き、一人暮らし
の不自由を補うボランティア活動をしていたはずだが、最近、タカシはそれに
は全く加わっていないようなのだ。当然、彼一人を家に残すわけにもいかず、
代わりに佐原が参加して、コウとレンの二人が代わる代わる残っているらしい
。それについて御丁寧に説明されたことはないが、三人がこっそり、額を突き
合せて相談している様子は何度も見かけたし、実際、タカシは家にいて、いつ
帰っても出迎えてくれるのだ。
___薄々だけど、ばれちゃうよな、それくらい。
「おまえって、おまえって、すました顔して、酷い奴だな。よくそんなこと、
しれっと言えるよな? 胸が痛まないのかよ?」
「よう言うわ。普段、自分がオレに言うとることをよーく考えてみぃや。言い
たい放題言うとるやんか?」
やましい心当たりがあるのか、レンはぐっと息を呑んだ。どうやら言い過ぎだ
という自覚はあるらしい。
「第一、遠慮するなって、いつもレン君が言うとるんやん?」
「嫌な奴ぅ。そんなの、額面通りに取るなよな。あ〜あ。この頃、可愛くなく
なった。ちょっと前まであ〜んなに可愛いかったのにな〜」
「可愛くなくて結構です」
「瞬一?」
一人先に進み、台所まで行ったタカシは付いて来ない瞬一を不審に思ったのだ
ろう。そろそろと戻って来た。
「瞬一。レン? お話中ですか?」
「うん。ちょっとね。ほら、瞬一。着替えといでよ。すぐ飯にするよ」
「あれ、二人は? 待たなくていいの? 今日は水曜日だから佐原さんも来る
んじゃないの?」
「来るけど。渋滞だって。さっき、電話貰ったんだ。先に食べててって」
「じゃ、マッハで着替えて来るわ。手も洗って行くから、タカシはリビングで
待っててや」
「ええ」
「おい、何でタカシにだけ、言うんだよ? オレにもレン君、待っててvって
言えよ、馬鹿」
「嫌や」
一言で断り、バタバタと駆け出す。
「うわ、逃げた。何て嫌な奴だ。おい、こら。待て、自分の分を持って行け」
追い駆けて来たレンは階段の途中で追い付くと、瞬一の腕を引っ張った。
「えらい脚、早いな」
感心半分、呆れて言うと、レンはそれには構わず、顔を寄せて来た。
「何?」
「あとで相談、あるから」
「相談?」
「うちの引きこもり天使について。これ、おまえの分」
洗い立ての衣服を受け取り、頷いた。
「じゃ、着替えて来いよ」
「うん」

 

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