じりり、とコウに詰め寄られ、気付くと、残る二人も同様に迫っている。ふと
気付くと自分は既に壁にぴったりと背を付けていて、明らかに囲まれていた。
凄イピンチ、ノヨウナンデスケド? 
「一体全体、何でタカシに医学用語なるものを勉強する必要があるんだよ?」
「そうだよ。必要ないだろ? 見て楽しいもんじゃなし」
「まさか、おまえが獣医志望だから、だなんて、つまんねぇ冗談は言わないよ
な?」
背の高い佐原に上から凄まれ、思わず、身体ごと縮みそうになる。
待ッテヨ。
___せっかく170cmあるのに。縮んで、このギリッギリの線まで切った
ら、どうしてくれるんだよ? もう一声、欲しいくらいなのにぃ。
うっかり、そんなことを考えた途端、レンに容赦なく耳たぶを引っ張られた。
「痛っ!」
「今、他のことを考えていただろ? この罰当たり者! オレ達をなめきって
やがる」
「随分、余裕じゃん?」
「つまり、悪いことをした、もしくはしているという殊勝な意識はないわけだ
ね、瞬一君」
「オレ達に隠し事してたのに、屁とも思っていない、と」
「それって一体、どういうことなんだろうね?」
「だ、だって」
「だって、何?」
「外に出るわけじゃないし、電話で話すだけ、なんだよ? それくらいなら、
別にいいんじゃないかなと思って」
「どこの誰かもわからない馬の骨と接触して、変な感化を受けたら、どうして
くれるんだよ?」
「そうだよ。タカシは果樹園の天使で、元々、何の免疫もないヒトなんだぞ」
「だから、ころん、と魔物にも騙されちゃったんだし」
さすがにそれは禁句だったらしく、誰かに指摘されたわけでもないのにレンは
ぱっと自分の口元を両手で塞ぎ、申し訳なさそうな顔をした。失敗したのだ。
すかさず、その背をポン、と小さく叩いてやるコウを見て、やはり、魂の双子
なだけのことはあると感心した、その時だった。少しばかり緊張が緩んだ隙を
狙いすましたように突然、佐原が突っ込んで来た。
「もしや、それが最近、タカシが引きこもっている理由だなんて、言わないよ
な?」
ソレモ、イキナリ。
前ふりくらいはして欲しい。
___心の準備ってものがあるのに。
「ま〜た、他のことを考えてる。お仕置きだ」
とっくに回復を遂げたレンに反対側の耳たぶまで引っ張られて、顔を歪める。
「お〜っ、瞬一が不細工になったぁ。すんげぇ顔! 笑える」
楽しげな、けたたましい笑い声が耳に障り、さすがにカチンと来た。このまま
弄られっ放しではいられない。
「そんなに言うんやったらな、いつもみたいにオレの心の中、勝手に読んだら
ええやろ? いつも好き勝手に覗き見しとったくせに。今更、何やねん?」
「お、逆切れ?」
「うるさい。オレは間違ったことはしてへん。あんなに気落ちしたまま、放置
されたら、タカシがかわいそうやん? 何か、気が紛れるようなこと、させて
あげなって思っただけや。それの何が悪いねん?」
「人聞きの悪いこと、言うなよ」
「放置なんかしてないだろ?」
「オレ達だって、ここんところ、ずっと何とかしてタカシの気持ちを盛り上げ
ようと、各種イベントを企画してだな」
「結局、全部ボツやったんやろ? 意味ないやん」
「あーっ。生意気な」
パシン、とレンに頭を叩かれた。
「何すんねん?」
「怒ってる、怒ってる。瞬一が超〜怒ってる。顔が赤いよ。見て、見て。佐原
君。瞬一の顔、真っ赤だよ? だっさぁ。鼻の穴が凄いことになってるぅ」
楽しげに上から、下から、右から、左から瞬一の顔を覗き込んでは一々、笑う
レンの喜びようを見ては、ため息と一緒に気合も抜けて出てしまう。
アホヤ、コノヒト。
「あ、脱力した。ダメじゃん? しばらく怒ってないと。つまんないじゃん」
「何やねん、それ? 大体、何が原因でタカシ、外に出ない引きこもり天使に
なってしもうたん?」
「具体的にはわかんない」
レンはあっけらかんとしたものだった。
「佐原君とコウが余計なことを言って、傷付けちゃったってとこまではわかり
易いんだけど。それにしても、いくら何でも長引き過ぎだよね」
「言い逃れはしない」
「あの一件に関しては、オレと佐原君が悪い。性急だったと思う」
「二人共、反省はしてんだよね?」
「ああ。でも、どうして、あれが引きこもりに結び付くんだ?」
コウは本当に関連がわからないらしく首を捻り、その隣で佐原も同意とばかり
に頷いた。
「うん、うん。わかんねぇ。全然、わかんねぇ」
「そうだろ? どうして、あれがこれになるんだろうな?」
「さぁ、な。ぶっちゃけ、デリケートなヒトの発想は意味が全然、わかんねぇ
よな」
はぁ。
レンのため息に瞬一も頷きたくなった。
トンダニブチンヤ、コノ二人。
「おまえにもわかっただろう、オレの苦労が。この神経がバリケードって言う
か、無神経な奴の面倒をこれから先、ずっとみて行かなきゃならないんだよ、
このオレは。おまえが死んだり、生まれたり、死んだり、生まれたりをのんき
に繰り返している間中、ず〜っとね」
「難儀やね」
「本当、難儀だよ。艱難辛苦だよ。このヒト達、ブルドーザーだからね。前進
する馬力は凄いけど、普通の神経とか、繊細さがないんだよ。釘を踏んでも、
わかんないニブチンなんだもんね」
「おい! レンちゃん。ヒトを無神経呼ばわりすんなよ。神経がないわけない
じゃん? 修行を積んで、重ねて、ようやくこの境地に至るんだよ! 当たり
前だろ? 先頭に立って、前進することが親玉の使命なんだからさ。痛いの、
痒いの、言ってる暇はねぇんだよ。なっ、コウ」
「頷きたくもねぇけどな」
「何で?」
「佐原君の御同類には、ちょっとな」
「おい!」
「そんなショートコントは後でいいから」
すげなくレンに切って捨てられる。
「そんなことより。何で、今、タカシが医学用語を勉強しているのか、そっち
について説明しろよ。勉強する必要なんて、全くないことじゃん?」
「気が紛れると思ったんだよ。オレだって、お祖母ちゃんが死んだりとかして
辛い時、そん時は別に大した目標もなかったけど、毎日、せっせと塾通って、
必死で勉強して。今、思うと、それで気が紛れていたから」
「ふーん。経験者は語る、と」
「まぁ、ね。今はちょっとだけど、将来の目標とか、そんなものも見えて来た
し。間違ってはいなかったと思うんだ」
「ゲーセンに入り浸りよりはずっとましだとは思うけど。それのどこから医学
用語が? 暇潰しなら他に幾らでもあるわけじゃん?」
「最初は普通に英語とか、翻訳はどうかなって。ほら、子豚さんのお父さんの
礼状を代筆してあげて、あれ、凄く喜ばれたって、タカシも嬉しそうにしてた
じゃん? それなら、家でも出来るし」
「で?」
「そう言えば、ジムの更衣室でおじさん達が『会議の前は資料に目を通すのが
大変だ』とか、『資料が原書で面倒だ』とか、そんなことをよく言ってたから
。だったら、翻訳の需要はあるんじゃないかなと思って聞いたら、あるって」
「それで、タカシはオレ達には内緒で一人、部屋にこもって勉強中、と」
「うん、そう」
「うん、そうじゃないよ!」
「何でオレ達に言わないんだよ?」
「余計な心配するじゃねーか?」
「だって、タカシがまだ言わないでって」
一瞬、静まった後、自分の口元を両手で押さえたのは瞬一だった。
「あっ」
「馬鹿だ、こいつ」
「だって、レン君」
「ま、馬鹿はおいといて。勉強するには道具がいるだろう? この家、そんな
教材、あったっけ? 何を使って、勉強してんの? さっきの電話の相手って
誰? じゃ、その人が電話で指導してるってこと? 大体、どこで知り合った
人? ジム仲間? それともジム仲間の紹介してくれた人?」
矢継ぎ早のレンの質問にたじたじになる。
オレハ、マッタリキャラナンヤデ。
「あ、そうだ。お買い物もしなくちゃならないんじゃないの? 医学用語とも
なると専門の本がいっぱいいるんだろ?」
「ある程度は買ったみたい」
「はっ?」
レンは本当に驚いたらしく、目がまん丸だ。
「嘘だろ? おまえが立て替えたの? だって、タカシのカードは全部、オレ
が預かっているんだよ。キャッシュカードも、クレジットカードも、デビッド
カードも。タカシ、興味がないって言うから」
「オレは買っていないよ。タカシがどこかに電話して、来てくれたその人達が
用意してくれたんだ。ノートパソコンとか辞書とか。本とか、何か、色々」
三人は無言のまま、じっとしている。
今度ハ何ヤ?

 

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