生きて行けば。
当然、毎日、何かしら、小さな疑問に突き当たる。
例エバ。
___何で、あんなややこしい“九九九九”がこなせるくせに、同じ頭で毎晩
毎晩、計算機片手にウンウン唸りながら家計簿、付けてんのかな、とか。暗算
でいいのに。
正直にも、それを尋ねた夜には。
『掛けるのと足すのとは全然、違うじゃん? 足すのは難しいの! もう! 
話し掛けないでよね、気が散るから! 間違えちゃっただろ、馬鹿!』
逆切れされた。
意味ガワカラヘン。
___天使って、どんな頭の構造、してんだろ? てゆーか、レン君、何で、
オレにだけ、切れまくるんだ? 
コウ曰く、瞬一はレンの虫の居所を見極められない特異体質、ならしい。
『あんなわかりやすいのに。何で、おまえにはわからないのかね?』
コウはニヤニヤと笑って見物しているだけだが、佐原の方は大喜びで、二人の
小さな争いを茶化すべく、擦り寄って来る。彼の細い目には騒動がたまらなく
魅惑的な、楽しいイベントに映るようだった。
大体。
___あのヒト、夕飯時、必ず、いるような気がするんだけど? 
毎日、騒がしい。そんな中でも、タカシの猛勉強は順調に進んでいるようだ。
以前のように時折、独居老人宅を訪ねながら日々の家事をこなし、電話越しに
天使仲間の指導を仰いで、タカシの自室学習は着実に進んで行く。
___オレより、先にお医者さんになれそうな勢い。いくらなんでも通信教育
だけじゃ実技がこなせないから、無理なんだけど。
アッ。
気付くとまた、つまらないことを考えている。
___下手な考え、休むに何とかって言うからな。いい加減にしとかなきゃ。
背を丸め、トコトコと進める足を速める。
デモ。
___何だか。この頃、変なんだよな。本当。
学校への行き帰り、正しくはこの自宅近くを歩いている時にだけ、なのだが、
確かに自分が擦れ違う人の視線を集めているような、そんな気がするのだ。
___あっ、って顔、されるんだよな。そんなはず、ないのに。お兄ちゃんは
見るからに怖そうな色男で目立っていたけど、オレはずっと、ただの、普通の
子供だった。振り返られるほど目立つタイプじゃないよな、明らかに。だって
お兄ちゃんみたいな背がないもん。あり得ないよな。
 一人であれこれ考えてみても仕方がない。思い余って、ある意味、最も世に
慣れ、常識的とも言えるレンに相談したところ、言下に切り捨てられた。
『疲れてんじゃないの? ちなみにそーゆーの、自意識過剰って言うんだよ。
自惚れるなよな、アイドルじゃあるまいし。誰も、おまえの顔なんて、ろくに
見ていません。注目していません。そんな勘違いしてちゃ、受験に失敗なんか
した暁にはおまえ、ノイローゼになって、“皆がオレを馬鹿にしとる。笑っと
るんやー!”とかって、外も歩けなくなるぞ? 大丈夫。そんな心配しなくて
も、誰もおまえのデコなんて、見ていませんから。変なこと、気にしていない
でスタスタ、普通に歩け! お馬鹿ポンチが』
ソーナンダケド。
___でもな。キャーvじゃなくて。どっちかって言うと、くすっ、って感じ
なんやけど。こないだなんか、おばさん連れに“あれ、あれ、あれっ”って、
指まで指されたのに、それでも本当に、深い意味はないんかな? 
 気には病んでいる。しかし、タカシに無用な心配は掛けたくないし、神経が
大雑把に出来ているとレンが指摘する、元親玉と未来の親玉候補ナンバー1に
相談してみたところで、優しげな答えは返って来ないだろう。
___本当に一刀両断にされそうだから、止めとこう。
悪いことをした覚えはないのだ。
___やっぱり、気のせいだよな。うん、そうだ。
トニカク。
こんな気が晴れない時には。いつも以上に足を速め、一刻も早く帰宅して白い
天使、タカシに会おう。一目でも会えば。
エヘヘ。
思い出し、緩む顔をそのままにして、せっせと歩く。見慣れた光景が冬に近い
夕闇に呑み込まれて、その内、消えてしまいそうなはかない風情を醸し出して
いるが、それも大して気には留まらない。
ダッテ、タカシニ会イタイ。
一秒デモ早ク、タカシニ会イタイ。
タカシノ良イ匂イ、嗅ギタイ。
ずっと、時折、ふんわりと良い匂いがすると感じていた。決して常時、感じる
わけではない甘い匂い。もっとしっかりと、何の匂いとわかるほど、嗅ぎ取り
たくて、クンクンと鼻をうごめかせ、皆に笑われたのだが、それでもある日、
ようやく気付いた。手の爪の生え際と、耳の後ろ側、わずかばかり飛び出した
骨の辺りからだけ、その匂いは発せられているのだ。
『ここ、ここから匂うんや!』
嬉しくて、つい、そう叫んだ途端、レンの平手が後頭部に飛んで来た。
『イヤらしい。セクハラだ! 子供じゃなかったら、マジでぶっ飛ばすぞ! 
てゆーか、タカシ! タカシも嫌なら、嫌って拒否していいんだからね。人間
は打たれ強いから、不貞寝するか、やけ食いすれば、けろっとするんだから。
そんなに甘やかさなくていいんだよ。大体、こら! 瞬一、密着し過ぎ。膝に
乗りそうになってんじゃん? 速やかに手を離せ! 離れろ、馬鹿デコ』
『レン、口が過ぎますよ』
犬なら、さしずめ、しょげて、両耳が垂れているところだろう。そう連想した
途端、レンにキッとばかりに睨まれた。考えてみるとあれ以来、レンは瞬一に
だけ、一層、攻撃的になったような気がしなくもない。
___じゃ、やっぱり、妬みなのかな? オレが虫の居所を読めないってこと
もあるんだろうけど。ま、いっか。プンプンしてても、長引かないヒトだし、
別に噛み付かれるわけじゃなし。
さっさと帰って、タカシに会おう。胸いっぱいに甘い匂いを吸い込もう。そう
決めて、やおらバタバタと走り出す。めざす我が家はすぐそこだ。
見エタ!
エッ? 
思わず、立ち止まり、辺りを見回した。
___何で、オレんちだけ、こんな暗いん? 
外に面した箇所には全て、いつもの灯りが点いている。きっとスイッチは定刻
通りに入ったのだろう。しかし、それ以外、内からこぼれているはずの明かり
が一切、ない。水色の小さな車はそこにある。ならば、必ず、二人は中にいる
はずだ。タカシと誰かが。
「何で? 何で電気、点いとらへんのや?」
電気代は払っている。こんな暗さだ。中にいて、点灯しないはずはない。
ダッタラ。
マサカ。
慌てふためいて、玄関へ駆け付ける。ドアノブは呆気なくくるり、と回った。
「嘘、、、」
しっかり者のレンが施錠を怠るはずはないし、その辺りはコウも、佐原も同じ
だ。彼らに抜かりはない。
「まさか」
何か、何か、あったのではないか? 
「タカシ! タカシ!」
 真っ暗な室内に転げるようにして駆け込んだ、その時だった。けたたましい
クラッカーの音と紙テープの来襲に驚いて、身を縮める。
「えっ?」
「おめでとー」
「おめでとう」
「ハッピーバースデー」
「あけおめ」
「佐原君、違うよ。それはお正月用の挨拶だよ。それも若い子の」
「え、そおなんだ?」
「マジボケかよ?」
「タカシ、電気点けて。瞬一の間抜け面、拝もうぜ」
パチン、と点灯され、光と皆の笑顔とが一緒になって、目に飛び込んで来た。
「十八歳、おめでとう」
ニッコリと笑ったタカシの白い顔がにじんで見える。
「あれ? 泣いてんの?」
「だせー」
「何だ、ウブじゃん?」
「今時、ウブもないと思うよ、佐原君」
「一々、うるせーな」
「アドバイスしてやってんのに」
「ま、上がれよ」
コウに促され、しかし、すぐには歩き出せない。酷く驚き、続け様に安堵した
結果か、急に疲れが出たように思う。
「ちょっと座らせて」
「何、へたり込んでんの? 爺かよ、おまえは」
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっとビックリしたって言うか、ホッとして」
「ださっ。腰が抜けたんじゃないの?」
「レン、意地悪を言ってはいけません」
「だってー。こいつ、タカシの心配しかしなかったんだよ? オレらのことは
なぜ、全く心配しない? 薄情者が」
「何言うねん? いつも人間なんかには負けないって、大口叩いとるやん?」
「へへっ。まぁね」
「おい。続きは奥でやろうぜ」
「そうだね。支度は出来てるよ、瞬一」
「支度?」
「見てのお楽しみ。ほら」
佐原にぐい、と手を引かれ、立ち上がる。
「パーティー、しようぜ」

 

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