「到着。着いたよ、タカシ」 タカシの部屋に辿り着き、ベッドに移そうとして、少しばかり面喰う。瞬一の 首の後ろで結んだタカシの手が一向に弛まないのだ。 「タカシ?」 呼び掛けてみたものの、返事もない。腰から下はベッドの上に移したが、胸と 頭は依然、密着したまま。むしろ、ぐいとタカシが伸び上がって来て、タカシ の頭が瞬一の肩に乗る恰好へと変わっていた。 「タカシ? そろそろ手を離してくれないと。このままだとオレ、また、ここ に泊まっちゃうよ?」 嬉シイケド。 しかし、その“結果”は目に見えている。 「オレ、下の猛獣の群れに囲まれちゃうよ?」 手放すには惜しい感触。非常に惜しい。出来るなら、もう数分だけでも、この まま、まるで恋人同士のような距離を楽しんでみたい。 ダッテ。 “子供”相手とは言え、さすがにここまでの密着は通常、有り得ない。 ___寝惚けてる、んだよな? こんなこと、正気じゃしないよな? 無防備 なヒトだけど、お行儀は良くて、他の三人みたく犬猫みたいにじゃれ合ったり とかはしないもんな。 ならば、これは頑張る受験生に神様が与えてくれたラッキーなのではないか? ___オレ、本当に掃除とか週番とか、サボったことがないもん。暑くても、 寒くても、自分の受け持ち分はちゃんとやって来た。それどころか、どっちか って言うと、サボった奴の分までやったりとかする、要領悪いタイプだから。 自慢ニ、ナラナイカ。 ___じゃ、きっと神様が計らってくれたんだ。オレ、今日、誕生日だから。 ダッタラ。 せっかく頂いたチャンスなら、このまま、タカシの目が覚めるまで抱き締めて いても、罰など当たらないのではないか? そんな甘い考えに酔いしれそうに なるが、やはり、現実の厳しさを忘れることも出来ない。あのヤキモチ妬きの 二人が、愛しいタカシのベッドに泊まるなどという大それた、妬ましい行為を そう何度も大目に見てくれるはずがなかった。 ソレニ。 キャンキャン吠え立てるレン一人だけでも十分、大変な所に、二人をはるかに 凌ぐ強敵、佐原が加わっているのだ。 ___ヤバイよな。佐原君って、“変態”なだけあって、超〜ヤキモチ妬きで 喜怒哀楽、全てが大袈裟、ハイパワーだもんな。本当にうるさいし、面倒臭い ヒトだもんな。 ハァ。 堕天使、佐原は常時、この家にいるわけではない。だが、滞在時間の短さにも 関わらず、天使も、人間もひっくるめて、皆をぐったりとさせるパワーのほど はもう、とっくに身にしみて解っている。 ___一人大衆演劇って、感じ。歌あり、笑いあり、涙あり、みたいな。感情 がとにかく濃いんだよな。顔は薄いけど。 本人曰く寂しがりや、なのだそうだが、毎回、玄関先で彼を見送った後、レン が深い、深いため息を吐いて、どうかするとへたり込むこともあるほど、佐原 は常に元気いっぱいだ。 ___何せ、本人が堕天使の体力は無尽蔵だって、言っていたもんな。+あの 暑苦しい性格、じゃ、な。 積極果敢に全員と濃く、深く親睦を図ろうとする佐原の性格を思うと、とても ではないが、侮れない。その上、彼には少々、しつこい苛めっ子気質まである ようで、この頃は二言めには『コウばっかり可愛がる、レンばっかり可愛がる 。瞬一ばっかり可愛がる。オレのことはもう、可愛くないんだ? わ〜んっ』 と今時、子供も言わないようなセリフと泣き真似でタカシを困らせては結構、 楽しんでいたりもするらしいのだ。 ___タカシじゃなくても、手に負えないよな。あれならレン君みたいにワン ワン、キャンキャン真っ向勝負型の方が素直で、可愛いくらいだよな。それも きっと、勘違いだとは思うけど。 ソレニシテモ。 正直を言えば、先程から良い匂いがうっすらと、柔らかく鼻先をくすぐって、 瞬一をときめかせている。耳の後ろと指先、爪の生え際。考えてみれば、果樹 園の天使が微かな、しかし、非常に心地良い甘い香りを放つパーツが今、全て すぐ傍にある。 ___ごくうっすらとしか匂わないから、これくらいまで接近しないと、普通 は気付かないだろうな。 きっちりと階級によって隔てられた普通の天使達にとっては、思いも付かない ことかも知れないような贅沢な幸運に今、瞬一は与っているのかも知れない。 マルデ。 “魂”ノ気分ヤ。 ふと思い付き、 「タカシ」 もう一度、呼んでみる。 「ん?」 今度は頼りなげな、それでも返事があった。 「このまんまじゃ、寝られないよ。着替えるとか、しなくていいの?」 「ん」 頷いたかと思うとタカシは翼を広げ、軽く包んでいた羽根布団が内側から押し 広げられる。花が咲く時のようだ。そんなことを思うと同時に人間らしい服は 消え、既に見慣れた就寝用の服に変わっていた。 便利ヤナ、本当ニ。 |
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