明日になれば。きっと、タカシはケロリとしている。いつまでもネチネチ、
しつこく腹を立てているはずはない。
___だって、スーパー可愛い、天使の中の天使だもん。うん、そうだ。そう
だよ。間違いないよ。明日の朝はいつも通り、ニコッとしてくれる。だから、
その時はちゃんと謝ろう。そうすりゃ、すっかり元通りってわけだ。
そんな手前勝手で都合の良い観測を自分に言い聞かせ、どうにかうつらうつら
程度の睡眠を取り、早朝、恐る恐る廊下へ踏み出してみる。しん、と静まった
寒々しい廊下。チラ、とタカシの部屋の戸を見やり、無人だと信じた。
ダッテ。
イツモナラ。
早出するコウを見送るため、タカシは暗い時間に起き出していて、瞬一が支度
を整え、階下へ向かう頃には大抵、リビングか、花の水替えのために洗面所に
いる。当然、今日もどちらかにいる。そう願い、見当を付けて、下りてみたの
だが、今朝はどちらにも姿が見えない。それではやはり、自室にこもっている
のだろうか。
ツマリ。
___未だ御立腹中、か。
タカシが依然、気を悪くしたままなのだとしたら。自分は一体、どうやって、
対処すればいいのだろう? あいにく参考にすべきモデルは極めて、少ない。
___父さんなら絶対、土下座コースなんだけど。アレは結局、じゃれている
だけらしいからな。参考にならないか。それに。こっちから行って、朝っぱら
から完全拒否されたら、どうしよう。へこむよな、オレ。でも、行かないで、
明日も、明後日も出て来てくれなかったら、辛いしな。オレ、ずっと完全孤立
型人生だったもんな。ケンカ自体し慣れていないのに、仲直りの方法なんて、
知るわけがないよな。
親しい友人すらいないのだ。当然、アドバイスを求める相手もいない。だが、
それでも今は幸い、一人は顔を思い浮かべることが出来た。
ウザイケド。
その本音は呑み込んで、携帯電話を取り出す。
___この際、仕方がない。亀の甲より年の功って言うし。第一、誰よりも、
タカシのこと、良く知っているヒトだからな。うん、これは意外と頼りになる
かも知れないぞ。
「あ、佐原君?」
「おっぱらぴょ〜」
朝から、彼のテンションはやはり、おかしい。
「何、何? 何で、おまえなの? いや、嬉しいけどさ。おまえがオレに電話
して来るなんて、珍しいね。てゆーか、初? でも、あれ、何でレンちゃんは
電話、掛けて来ないんだ? こっちから電話しても、出やしないし。何、未だ
むくれてんの?」
「あんな」
何と切り出せばいいのだろう。束の間、迷う間に佐原は閃いたようだ。
「あれれ? もしかして、緊急招集でもかかった?」
さすがに察しが良い。
ブラボーヤ。
「そうなんや。二人共、昨日の夜遅く天界に帰ってん」
「ふぅーん。二人共、ね」
気のない返事にいささか、瞬一の方が気が抜けそうになる。
「何か、あっさりしとるね。一大事なんやないの? だって、二人共、悲壮な
覚悟やってんで?」
「へぇ。でも、それって、大抵、抜き打ち避難訓練みたいなもんだと思うぜ」
「ほへぇ〜ッ?」
「おいおい、朝っぱらからお間抜けな大声、出すなよ。御近所の人に馬鹿な子
がいるって思われるぜ?」
「別にええもん。それに聞こえへんと思うし」
「ああ、防音か。金持ちは言うことが違うよな。けっ、感じ悪ぅ。ブルジョワ
かよ」
「それより、本当? 本当に大したことないんやね?」
「ああ。たぶんな。オレが天界にいた頃、二回、召集ってかかったことがある
けど、一回は抜き打ち避難訓練で、もう一回は警備陣の勇み足? 違う、取り
越し苦労? いや。勘違いか? まぁ、そんなもんだったぜ。タカシなんか、
何も知らないで、普通に果樹園にいたと思うし」
「そんな程度のことなん?」
「ああ。無論、今回も同じとは限らないけど」
佐原は更に少しばかり考えたようだ。
「そこに誰か、兵隊は来たか?」
「兵隊? ううん。誰も来てへんよ」
「だったら、そう深刻な話でもないだろう。本当にヤバかったら、“あいつ”
が手の者を回して来るはずだ。タカシ一人、置いてけぼりなんてしないよ」
「ああ、北ッ側の」
「そう。あいつに抜かりはないだろうからな」
「そうやね」
「で、親にも電話しない瞬君が朝っぱらから、何? 愛の告白だったら、直に
してくれよv」
「冗談は顔だけでええねん」
「鬼! いけずぅ」
「鬼でええから。あんな。オレな、タカシとケンカしてんねん」
「はぁ?」
事のあらましを伝えると、佐原はさも呆れたようにため息を吐く。
「馬鹿だな、おまえ。NGワード連発じゃん? タカシだって、自分がトロイ
ことくらい、わかっているし、苦にしているのに何故、そのコンプレックスを
刺激するようなこと、直球で言うかね」
「だってぇ。オレかて、タカシのこと、守ってあげたいねん。一緒におらな、
守れへんやんか?」
「まぁ、そうだけどな」
「で、どないすればええねん?」
「取り敢えず、今日は学校、行きな」
「行きなって、タカシ一人、置いて行かれへんやろ? 何かあったら、どない
すんねん?」
「確かにな。何かが起こる確率もゼロじゃないよな。だけど、今日、おまえが
家に残った場合の、タカシの御機嫌回復確率はゼロ!だからな」
「ごめんじゃ、済まへんの?」
「部屋から出ても来ないんだろ?」
「うん」
「おまえの言い訳、聞く気もないんじゃ、行動で反省していると示すしかない
んじゃないの?」
「そやけど」
「あのヒト、滅多に怒らないけど、拗ねると長いからな。人間時間に換算する
と。そうだな。軽く三年はシカトするタイプだな」
「ええっ? そんな長く? じゃ、こっちから謝らな、どうにもならへんのや
な」
「ああ。ちなみに土下座は通用しないから、そこんとこ、よろしく」
「何で? 母さんは必ず、笑っちゃって、『もう、仕方ないわね』って、丸く
おさまっとったで?」
「マジでする気だったのかよ。だっせぇな、おい」
佐原は呆れ口調だ。
「コントの見過ぎなんじゃないの。大体、それがまかり通るのはな、おまえの
母さんが土下座って恰好を見慣れない、普通の人間だからだよ。タカシは果樹
園の天使で、世話役の天使達だって片膝付いて接するのが当たり前、並の天使
じゃ、これ以上、小さく折り畳めないってところまで平身低頭するのが当たり
前の、かしずかれて何ぼの世界の住人なんだ。土下座くらいで笑ったりなんか
しないよ。ましてや、恐れ入ったりなんかするはずがねぇ」
「そっか。特別なヒトなんやもんね、本当は」
「ああ。それじゃ、諦めて、とっとと出発しな。あんまり時間、ないぞ。飯も
食わなきゃならないんだろ?」
「うん。でも、本当に、一人で大丈夫かな?」
「外に出なきゃ、大丈夫。レンが貯め込んだ食料もあるし、寒いのに外、出る
気はしないだろうからな」
「そ、だよね。でさ」
「うん?」
「今度、会えた時には何て言って謝ればええの?」
「ごめんで十分なんじゃねぇ? タカシもきっと今頃、困ってんだよ。何せ、
ケンカし慣れていないからな。だから、おまえはただいまって、普通に帰れば
いいんだ。大体、タカシとケンカが出来るほど親しくなれて、おまえだって、
本望だろうが。マジで子供だと思っていたら、腹は立てないもんだ。てことは
おまえ、半人前くらいまでは出世出来た、ってことなんじゃないの?」
「そっ、か」
確かに。
___丸っきり子供やって思うとったら、何言われたかて、少々、イタズラが
過ぎたかて、腹は立てへんよな。子供相手やからって、我慢してしまうよな。
オレかて、駅で子供にぶつかられても、怒らんし。タカシなら、尚更。
「ちょびっと出世出来て、嬉しかろう」
「そやけど。でも。やっぱり、ケンカはしとうないな」
「じゃ、一先ず、学校行って来な。オレも果報を待っている」
「うん。ちなみに今、どこにおるん?」
「鹿児島。初日の出は沖縄で見るつもり」
「気ィ楽なヒトやな」
「おい! オレが騒ぐとだな、可愛い、可愛い瞬タンのお受験に差支えがある
やも知れんと思えばこそ、後ろ髪を引かれる思いで」
プツン、と切ってやった。
「何が瞬タンや。アホ」
子供ヤナイテ、言ウトルヤロ? 
とにかく何か、食べよう。軽く食事を取り、階段を駆け上がる。
「タカシ。オレ、学校に行って来るわ。塾もちゃんと行く。帰り、夕方になる
けど、出来るだけ早く帰るから、待っといてや。あ、目玉焼き焼いとるから、
それ、食べといて。じゃ、行って来ます」
敢えて、返事は待たずに踵を返した。タカシの方も、気まずいのだろう。そう
考えたからだ。今日は長い一日になる。そう予感した通り、なかなか進まない
時計の針にジリジリと身悶えしながら、それでもどうにか一日を終えて、帰路
を急ぐ。

 朝、自宅を出る時には手土産にケーキを買って帰るつもりだった。しかし、
煌々と灯る町の明かりを見て、気が変わった。タカシを連れ、コンビニにでも
出向き、一緒にケーキを選んで、それを買おう。ささやかだが、コウやレンが
いては決して、叶わないこと。せっかくのクリスマスイブなのだ。一つくらい
特別なことがあっても構わないはずだ。
___ま、天使的には平日ならしいけど。
レンが作り、冷蔵庫に貼り出している今週の献立表によると、今日十二月二十
四日晩のメニューは筑前煮だ。嫌がらせかとも思ったが、彼に悪意はなかった
らしい。
___平日だって思っているんなら、近所のスーパーの安売り次第ってことに
なるよな。いや、でも、チラシは確か、クリスマス一色のラインナップだった
よな。それなのに、あくまでも筑前煮ってことはやっぱり、チラッと嫌がらせ
だったのかな?
 冷えた空気に首をすくめる。今年は久しぶりに寒い冬になるらしい。
___寒い方が明かりは綺麗に見えるけどな。
タカシに街中のクリスマス仕様のイルミネーションを見せてやれないのは本当
に残念だ。
___きっとビックリして。喜んでくれただろうな。人が多過ぎだよな。あの
中を歩くなんて、無理には違いないよな。
ならば、せめて。こんな住宅地も、最近はそれらしいあしらいで自分の家を、
通りを飾っている。
___こんな動くサンタクロースとか、トナカイとか、電飾祭りみたいなの、
見せてやりたいな。
今、ここにタカシがいたら。家に帰ったら、思い切って、近くのコンビニまで
一緒に行こうと誘おう。そう決めて、歩き始めた時だった。
「瞬一!」
懐かしい、しかし、ここで聞くはずのない声がした。
「瞬一!」
空耳ではない。そう確信し、声のする方を見やった。するとタカシがこれ以上
はないほどの笑顔で、こちらに向けて手を振っている。
「タカシ! でも、な、何で? 何でタカシが外におんねん?」

 

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