オシャレなコートを着込んだ白石は大きく手を振って見送ってくれた。好意
からか、否かは別として。
・・・
『そんな思いつめた顔して、心配しなくたって大丈夫だよ。だって、開けたら
ベッド!の安い部屋じゃないんだよ。ゴージャスなスィ〜トなんだから。仕事
の話をする部屋とは違う部屋に置いておくんだろうし、いっくらまー君の手が
早くても、手癖が悪くても、まー君のスタッフも、相手先の人もいっぱい来る
わけじゃん。さすがに手出し出来ないって。それにまー君、別に変態じゃない
からギャラリーは不要だし。その上、オレがタカシに張り付いて見張っとくん
だからね、絶対、大丈夫。こーゆーの、お目付け役ってゆーの? うわぉ!
オレって、お目付け、カッコイイ! それじゃ、任しといて』
そんなことを早口に、一方的にまくし立てながら白石は力任せに瞬一の身体を
押して外へ出そうとする。
ソウハイカヘン。
負けずに右肩で押し返す。
『待って。ちょっと待って。出掛ける前に。ほら。タカシに。ね、一目だけで
も』
『残念。御面会の時間はありません。もう時間、随分、下がっているんだよ。
この上、朝っぱらから鼻の下、伸ばしていたら間に合わなくなっちゃうじゃん
? ほら。早く行って!』
ドン、とばかりに瞬一を突き出し、白石は勢い良く玄関ドアを閉めた。
鬼ヤ。
・・・
 鬼だ。いや、鬼なら、もう少し精悍で、スタイルも良いに違いない。
ジャ。
白豚。
イヤ、待テヨ。
豚なら、もっと可愛いくても良いはずだ。
豚ナラ、食エルシ。
美味シイモンナ、豚肉。
大体、白石は兄より、更に背が高いのだ。豚ほど、可愛いらしいはずもない。
ジャ、カバ辺リ? 
___そうだよ。カバだよ。カバ。デッキブラシでごしごし歯でも磨いとけ、
ゆーんじゃ、カバ! 動物園に帰りやがれ。大体、あそこはオレの家やで? 
それを何で、オレの方が追い出されな、あかんねん? ま、お兄ちゃんの名義
なんやけど。
散々、腹の内でだけ毒づきながら塾へ向かい、一日のカリキュラムをこなす。
正直、かなりしんどいコースだ。こんなことなら。こんな猛烈な受験コースを
選ばなければ、良かった。そんな今更、意味を成さない後悔まで湧いて来る。
___そうだよな。タカシがもう一週間早く“こっち”に来てくれていたら。
もう少し早く出会っていたら。オレだって、あんなコース、選択しなかったよ
な。間が悪いことにさ、コースを決めたすぐ後に出会ったんだよな、オレ達。
いや。もちろん、タカシは全然、悪くないんだけど。
寂しさを埋めるためにだけ選んだ猛烈コースはしかし、まさか、受験も間近と
なった今になって、変更など出来っこないものだった。はぁ。心配の種は家に
ある。ならば、いっそ、家にこもっていたいものなのだが、そうもいかないの
だ。
___受験生だもんな、オレ。こんなことなら、今すぐ受験出来ないかな。
ため息を吐き、ヨロヨロと塾の納まったビルの階段を一人、降りて行く。商談
と言うものがわからない以上、想像してみるしかないのだが、それでも兄や、
その事務所スタッフ達、商談の相手、更に兄の親友、白石まで張り付いている
ホテルの一室にいれば、タカシの身は安泰と信じられる。家で一人でいるより
はずっといい。またレオがやって来たなら。さすがのタカシも、今度は絶対に
ドアを開けないだろうが、レオの方も同じ手は使わないはずだ。今度は乱暴に
窓を破って押し入って来るかも知れないのだ。
___普通、強盗なら最初っからそうするし。
デモ。
なぜ、レオは今頃になって、瞬一の家を訪ねて来たのだろう? 
ワカラヘン。
その謎すら解けない今、タカシを一人、家に残さなかったことはとりあえず、
正解なのだろう。そう考えつつ、ふと思う。自分の仕事先に連れて行こうなど
と、考え付いたところを見ると、兄はタカシの翼が折り畳めるものだと知って
いたのだろうか? 
___まさか、あのまんまで、外に連れて行こうとは思わないよな。コスプレ
には見えないもんな。いっくら変わった人でも無理だって、思うよな。ああ、
そうか。
白石が人間に化けたタカシの姿を見ていたのかも知れない。彼は元々、近隣に
住んでいるのだ。
___じゃ、とっくに何でも筒抜けなのか。コウ君達のこととかも。
それにしても。二人は非常に仲が良いようだ。
___ツーと言えば、カーってヤツ? 今イチ、意味、わかんないけど。
 とにかく早く家に帰ろう。そう決めて重いドアを開け、寒風の吹き荒ぶ街中
へ出る。すぐそこのバス停めがけ、駆け出そうとした背中に声を掛けられた。
「瞬一君」
既に聞き慣れた感のある声。白石だ。そうなると。慌てて、振り返ると白石は
ニヤリ、と笑った。
マタ? 
「残念。タカシはいません」
「いーひんって? 何で? 一緒やないの?」
急いで駆け付けて、見慣れない車、どうやら白石の物らしいバンを覗き込む。
後部座席に荷物が山積みだが、人影はない。
「タカシは? タカシ、どこやねん? 何で一緒やないん?」
「まー君が連れて行ったから」
「はぁ?」
「先に乗ってくれないかな? オレ、後ろからクラクション、鳴らされるとね
ぇ、すっごくストレス、感じるの。ムカつくの。で、つい、豹変しちゃうんだ
よね。こー見えても、オレ、苛められっ子じゃなかったんだよね。大人しい、
豚っ子だったんだけどねぇ」
笑顔のまま、チラリと瞬一を見やった。軽く自分は猛者だったと自慢している
のか、それとも、だから、言うことを聞けと凄まれているのか、それを考えて
いる暇はなさそうだ。そこに後続車がある以上。コクンと頷いて、開けられた
ドアから助手席に上がり込む。
「それじゃ、岡本さんちへ向かいまーす」
「あの、タカシは?」
「まー君が連れて行ったって、言ったじゃん?」
「だから、何でお兄ちゃんがタカシを連れて行くねん? 何でやねん? どこ
に行ったん?」
「言えな〜い」
「はぁ?」
「帰ってからのお楽しみ。平気、平気。ムードがあるような所じゃないから」
「じゃ、どこやねん?」
「だ、か、ら、言えないって言ってんじゃん?」
「いけず」
「いけずぅ?」
白石は妙なテンションで声を裏返した。
「いけずだって!」
何ヤネン、ソノハイテンションハ? 
「ひゃー、超褒められちった。これは早速、姉さんに報告しなくっちゃ」
姉サン? 
初耳だった。三軒隣と言っても白石しか知らない。それもつい先日、否応なし
に知り合っただけのことで、通りすがりに見掛ける白い家の住人を人数すら、
知らなかったのだ。
「ああ、姉さんがいるんだよ。ずっと病院にいるんだけどね。母さんは姉さん
と一緒に病院で暮らしていて、父さんはどっか、赴任先にいる。オレは留守番
なの。いつか、姉さんが帰って来た時にお部屋、汚いとかわいそうだからね」
「病気、、、。あ、いや、ごめんなさい」
「いいよ、気を回さなくても。昔、姉さん、子供の頃に凄い熱が出てね。何日
も下がらなくて、頭、ダメになったの」
たどたどしい子供のような口調に彼の悲しみがにじむようで、瞬一には二の句
が告げられなかった。
モシカシタラ。
タカシが熱を出した時、あれほど親身に、そしてテキパキと面倒を看てくれた
のも、それが遠因だったのだろうか? 
___寒い中、走って、氷、買いに行ってくれたもんな。
「明るい話、しようよ。明るい話、楽しい話がいいな」
翳った空気を振り払うべく白石が明るく、わざわざきっかけをくれたのなら。
それに乗らない手はなかった。
「じゃあ、タカシの話でも」
「あんた、本当にタカシが好きなんだね」
「うん、大好きやねんv」
「ふぅーん」
「興味、ないん?」
「オレ、フィギュア好きだもん。頭が小さくて、手足が長〜い、あのバランス
が好きなんだよね。現実逃避が出来て」
つまり、兄はその好バランスを持ち合わせているが、瞬一も、タカシも持って
いない、と言っているらしいのだ。
アア、ソウ。
「でも」
「でも?」
「まー君は案外、嫌いじゃないのかも」
「えっ?」
「今、驚いて、マジで目、落ちそうになったよね?」
「そんなん、どうでもええから」
「ああ、まー君ね。あの人、石も集めていたけど、同時に教会巡りもしていた
からね」
「教会巡り?」
「正確には奇跡とか、伝説とか、いわくのある所」
「いわく?」
「あるじゃん? この泉の水を飲むと病気が治るとか、ここのマリア様は涙を
流すとか、そーゆーの。あんなさばけた人なのに、何で、そんな伝説に興味が
あるのかなって不思議に思っていたら、それもやめちゃったな、そう言えば」
「それって、伝承と同じようなカテゴリー、ですか?」
「無理に敬語じゃなくていいよ。オレ、フランクだし、まー君の弟だからね、
特別に許して進ぜよう」
「ありがとう。で、それって」
「同じようなカテゴリーなんじゃない? タカシの地図の点々と」
タカシの地図。
「あの」
「あー、忘れてた」
いきなり大きな声を出したかと思うと、白石は後ろの座席を指差した。
「その白い袋、大きいヤツ。あれ、まー君からあんたにプレゼント」
「お兄ちゃんから? オレに?」
「お土産? クリスマスプレゼント? どっちでもいいけど。気まぐれだって
さ」

 

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