果樹園。瞬一が思い浮かべるそこは甘い香りに満ち満ちて、日当たりが良く、
無条件に幸せな場所だった。
___タカシにピッタリかも。だって、リンゴ園とかイチゴ園とか、そんな所
だろ? そう言えば、昔はよく行ったな。栗とか梨とか、あ、葡萄も行った。
蜜柑も結構、楽しかったな。しばらく食い続けなきゃならないって、すっかり
忘れて、毎度、ついついいっぱい持って帰っちゃうんだよな。結局、高くつく
ように出来ているんだよ、あれ。
「違う!」
すかさず、もう、黙っていられないとばかりにコウが非難めいた声を上げる。
彼は、どうやら御立腹の様子だった。
「おまえ、ふざけんなよ。何で、タカシが入り口で入場料払って入るんだよ?
指定のこのビニール袋いっぱいまでOKとか、そんな料金表、チェックしなきゃ
ならないんだよ?」
「オレの頭の中、勝手に覗くなって言ってんじゃん? 見るなよ」
「見たくて見てんじゃねぇよ! おまえのそのノー天気な、思い出アルバムが
見えちまうオレの身にもなってみろ。疲れるぜ、ったく」
「そんなの、オレに言われたって。大体、どうにか出来るわけないじゃん? 
そっちがどうにかしろよ、見えてんの、そっちなんだから」
「はぁ」
コウはさも嫌そうにため息を吐いた。
「本当、勘弁してくれよ。お祖母ちゃん子は思い出も渋いよな。何とか狩りが
大好きだったんだな、おまえんち。おまえの頭の中ってば、そればっかりじゃ
ん? 他に行く所、なかったのか? 年に二度も三度も四度も、何とか狩りに
行く家って、おかしくねぇ? マニアか?」
「ちゃうわ」
「どうちゃうん?」 
瞬一は思わぬコウの“応戦”におののき、息を呑む。
___そう来たか。
フン。
 
どこか自慢げな、してやったりという顔のコウを喜ばすようなリアクションは
絶対、返してやらない。
___さらっと流したるわ。
その一瞬、確かにコウは残念そうな表情を見せたようだった。

 好き好んで“何とか狩り”に行っていたわけではない。
「選択肢がなかったんだよ。父さんは気を遣って、お祖母ちゃんを誘うだろ?
お祖母ちゃんだけ、お留守番ってわけにはいかないから。で、お祖母ちゃんも
断り難いから一緒に来るんだけど、ドライブとか食事とか、それだけだと話が
弾まなくて、二人共、ほとほと困り果てるんだよ。いつもいつも遊園地じゃ、
お祖母ちゃん、騒々しい所は苦手だから疲れるし。映画は好みが合わないし、
買い物行くと、こだわりの強い母さんとその母さんの“元”のお祖母ちゃんが
もめ出すし。母さん、本当に気が利かないし。ま、時々、お祖母ちゃんも墓穴
掘っちゃったけどね。『お兄ちゃんも一緒だったら、もっと良かったのにね』
とか言い出すんだよね」
 瞬一はため息を吐いた。
「来るわけないのに。だって、十も年上なんだよ。高校生にもなって、小学生
連れた家族で“何とか狩り”に行くより、デートがいいに決まってんじゃん?
お土産の果物は普通に食べていたから、案外、お祖母ちゃんの気遣いだったの
かも知れないけど。今、思うと、だけど」
「ふぅーん。末娘が不始末すると、母親も気苦労が絶えないんだな」
「もう少し、遠回しに言ってくれない?」
「なぁ」
「ん?」
「兄貴って、女好き?」
「そう、なんじゃない? 何人も見たし、皆、美人だったし」
「取っ替え引っ替え?」
「うん」
「嫌らし〜い! その血がおまえにも流れてんだ?」
「何やねん?それ。関係ないやん?」
「いや。その動揺は動かぬ証拠になり得るね」
「また脱線、しとるやん?」
「はぁ」
「何やねん? ため息吐きたいのは、オレの方やん? もっと、ちゃんと話し
てぇな。あんたは、オレよりずっと大人なんやろ?」
「だってさ、おまえの頭の中って、変じゃねぇ? 覗くとすげぇ疲れんだよ。
こっちまで、ぐるぐるぐるぐる、混乱して来るんだよね」
「普通やわ。オレのせいにすんな。勝手に覗いといて、何言うねん?」
「正直言って、こんなに混乱したことってなかったよ。あれ? もしかして、
オレ、大事なことを見落としてたりとか、そういうミスはしていないよな?」
「オレに聞いたって、わからへんよ」
「そうだよな。ただの子供だもんな。だけど、それでも、おまえしか、タカシ
から新しい情報を聞き出せる、そんな可能性がある奴はいないんだからな」
「だったら、その果樹園とやらの話をちゃんとしてよ。何もわかんないまんま
じゃ、協力の仕様がないよ」
「わかった」
コウはコクリと頷くと、その後の転回は極めて、早かった。
「いいか?」

「天界で“果樹園”と言ったら、特別にして、より神聖な御所の内の一つだ。
オレ達、普通の天使はせいぜい、“縁”までしか近寄れないくらいの、な。
だから、オレがタカシに会いに行くとするだろ? するとタカシがわざわざ、
その辺り、縁まで出て来てくれて、それでようやく会えるんだ。何せ、普段、
タカシがいる所、果樹園の奥には、あの親玉だって立ち入れない。本物の聖域
だからな。そこがどうなっているのかなんて、知っている天使はそういないん
だ」
「もしかして、タカシって、偉いの?」
「本来は、な」
コウは哀しげに目を伏せ、ややあって、思い切るように強く目を見開き、よう
やく続きを口にした。
「あのヒト、本当は凄く格の高い、特別な天使なんだ。だけど、魔物とあんな
ことになっちまって。ケチが付いちまった。もう、行き場がないってゆーのが
実状だな。年寄り連中には生き恥さらしてって、酷くなじられて。あのヒト、
何にも言わなかったけど、本当は辛かったんだろう。無茶して、こんな所に
まで来るくらいなんだから」
「じゃあ、タカシは___」
「おまえの御期待通り、当分、こっち、人間界にいることになるだろう。帰り
たいなんて、思ってもいないだろうし、な。天界には当然、魔物はいないんだ
し、居心地が良いわけでもないんだから。だから、親玉だって、見て見ぬふり
しているんだろう。あいつだって、タカシの悲しい顔は見たくないだろうから
な」

 

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