「失礼にも程がある」
レンは大層なけんまくだ。
「おまえなんか、そこの階段の角っこでデコでもぶつければ良かったんだ」
「程良くへこんで、完璧色男になれたんじゃねぇ? おまえ、ちょびっとここ
ら辺、こぶみたく出てるもんな」
「言えてる。言えてる。そうすりゃ、ますます八百屋のおばちゃんがサービス
してくれたのにね」
「今でも十分、“持ってけ、泥棒!”状態じゃん? おっちゃん、ムッとして
んじゃねぇ? 女房、こいつにメロメロだから」
「いいんじゃないのぉ? この頃、おばちゃん、綺麗になったって評判だから
さ」
「がはは。罪作りだねぇ。罰当たりやがれ、クソガキ」
「デコっぱちのくせに」
「そこまで言わんかて___」
キッと二人、揃って睨まれ、後が続けられない。思わず、口を閉じ、またかと
小さく自省する。
気合イデ負ケタラアカンノニ。
「自分を省みろ。反省しろよ、デコっぱちめ。何? タカシの翼はあーんなに
大きくて、すっげぇゴージャスで、ありがたいのにこいつら、オレ達二人のは
“何で、そんなしょぼいんだろ? ちゃっちぃな”って思ったくせに」
「馬鹿にしやがって。その上、“黄ばんでる”って思ったんだぜ、こいつ」
「失礼この上ないよな」
「ムカツク」
「だって」
「だって、何だよ?」
「図星だろ?」
ソウダケド。
「でも、でも、実際、大違いやん? タカシのはほら、片方だけでも大型冷蔵
庫くらいあるやん? おまけに真っ白やん? そやけど」
「どうせ、オレ達のはテレビくらいしかありませんよーだ。色だって、あんな
真っ白じゃないですよーだ。余計なお世話だ、馬鹿!」
「悪かったな、ちっちゃくて。デコっぱちより、ましだ。デコっぱちより!」
「そーだ、そーだ。それにな、黄ばんでいるんじゃないからな」
「でも、タカシのは純白やん? 完璧に白やんか? それに比べて、二人のは
明らかにちょっとやけど、色が付いてるやんか?」
「じゃあ、ハニーホワイトって言え」
「何、それ? どんな色やねん?」
「牛乳にハチミツ混ぜたみたいなこう、すっげぇ幸せそうないい色だよ」
「そんな色、知らんわ」
「オレが今、考えたの! これからはハニーホワイトと呼べ。絶対、黄ばんで
いるんじゃないからな」
まくし立てるレンにコウも加勢を忘れない。
「デリカシーってもんがないよな、人間には」
「本当だよ」
「二人かて、あった例がないやん?」
二人分の目が即座に瞬一を捉える。
___ターゲットロックオン、やで。
「何やねん?」
「何か、態度、デカくなってない?」
「本当。何、打たれ強くなってんの? 危うく冥界送りになりかけたくせに、
生意気じゃねぇ?」
冥界。
ハッと我に返る。いつもの“冗談”に付き合っている場合ではなかった。
オレ、今、手ブラヤン? 
アンナニシッカリ、胸ニ抱キ締メトッタノニ?
「タカシ、タカシは? そうや、急に引っぱられて、もぎ取られそうになって
___」
コウはわずかに眉をひそめたようだった。
「上にいるよ。親玉が部屋に運んで行った」
「親玉、さん?」
「そう。“北ッ側”のね。あのヒト、性格がキッパリ、ハッキリしてるから、
大事なタカシだけ、ちゃんと“確保”して、おまえのことは知らんぷり。で、
あぶれたおまえは当然、落っこちて、降って来たってわけ」
「だから、オレ達が御親切にも、ああして身体を張ってだな、ナイスキャッチ
してやったのに、おまえと来たら、ちゃっちぃだの、しょぼいだの、黄ばんで
いるだのと、馬鹿にしやがって」
「マジ、ムカツク。一晩中、ヤキモキしながら、腹空かせて待っていたのに」
不服を言いつつ、レンは他のことを思い付いたらしい。
「そうだ、コウ。鉄板、どうしよう? 焦げ付いちゃったよ、あれ」
「問い合わせてみれば? あれだけ別売りとかしてんじゃねぇ?」
「コウってば、頭いい」
 二人はいつも仲が良い。お揃いの服と似たような翼のせいか、普段の人間の
扮装時より、はるかに似ても見える。
「あの、タカシの様子、見に行かんでええの?」
「まだ“いる”から」
「いる?」
「親玉がいる所にオレ達、行けないもん」
拗ねた調子でレンが言う。
「同じ階に立ってもいけないんだ。もう子供じゃないからね。ま、触らぬ神に
祟りなしってゆーし」
「それ、オレ達が言うと変じゃねぇ?」
「仕方ないじゃん? オレ達、ある意味、“外国人”だし。ボキャブラリーが
少々、少なめなのは御愛嬌だよ。ね、一安心したら腹空かねぇ?」
「何か、食うか?」
「そうしようよ。フレンチトーストにしない? 卵も牛乳もあるから」
「そうだな。そうするか」
レンに同意しながら、コウはふいと視線を瞬一に戻して来る。
「何?」
「瞬一、おまえ、先に風呂入って、陰気な匂い、落として来な。冥界の“蓋”
って、本当に嫌な所だっただろ? 腰抜かしそうだっただろ?」
「あそこは気味悪いよねぇ。暗いし、寒々しいし、‘下’は冥界だし。嫌だよ
ねぇ、本当。よくあんな所でデートする気になるよね」
「魔物と見つめ合う神経が既におかしいって」
「あのヒト、悪食なんだよ。だから、親玉には目もくれないんだ」
「超絶美形なのがあだになっているわけだ」
「気の毒〜」
「じゃ、タカシはさ、こいつのデコが気に入ってんのかも」
「きゃっはっはっ。あるある〜。有り得る〜♪」
楽しげにリビングへと向かい始めた二人を呼び止める。
「あの」
「何?」
「さっき、コウ君がオレに“見るな”って、頭を押さえたのって、あれって、
もしかして」
「そっ。階段の上に親玉がいたからな」
「タカシを抱えて、じっと見てた。面白くなさそうな顔、していたよ」
「あの、オレは親玉さんを見たら、あかんの?」
「当たり前だろ? 図々しい。マジで冥界に落とされるぞ? タカシもあんな
疲れきった状態じゃ、とてもじゃないけど、おまえを庇えない。つまり、あの
時、まともに親玉を見ていたら、おまえ、そのまま、“ドボン”だっただろう
な」
「じゃあ」
「何?」
「さっきはありがとう。おかげで助かったよ」
コウは微妙な表情の変化を見せた。
アレ、ソレッテ。
モシカシテ? 
「違う!」
一喝する声は鋭い。だが、小さな顔は真っ赤に染まっている。
「やっぱり、照れとるんや」
「違う。そうじゃなくて。そうだ! オレじゃなくて、タカシに礼を言いな。
そうだよ。おまえ、せっかくオレらが釘を刺してやったのに、よりにもよって
親玉がまだ傍にいるのに、タカシに触ろうなんて、とんでもないことしやがる
から。だから、“飛ばされた”んだからな」
「親玉じゃなくたって、ムッとするよ。タカシがとっさに飛び込まなかったら
絶対、手加減なしに落とされてた。“蓋”じゃ済まなかったんだからな」
確かに事前に止められていたのだ。瞬一は反省を込め、頷いた。
「親玉さんが帰ったら、ちゃんとお礼を言う」
「そうしな」
 コウはふと視線を上へ移動させる。隣でレンも同じように視線を動かした。
その視線の先は、二階の、恐らく祖母の部屋だ。
___タカシのいる部屋。
「帰ったな」
「うん。あのヒト的には随分、長居したね。人間界はお嫌いなのに」
「タカシのため、だからだろ?」
「だけどさ。あのヒトは本当に人間が嫌いだね。何でだろう?」
「触れない方がいい。あのヒトにだって、過去はある」
「そうだね。さて、フレンチトースト作るかな」
「オレ、仕事に行く用意もしなくちゃ」
「ああ、本当だよ。ほら、瞬一、風呂入って来な。皆、忙しいんだから」
「うん、わかった」
ツマリ。
___オレとタカシは元通り、日常に戻って来られたんだよな?
ヨカッタ。
心からそう思っていた。

 

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