ウワァッ。 目を見張り、しかし、感嘆の声は呑み込んだ。天使は眠っているだろう。そう 考えたからだ。それにしても。瞬一は首を捻る。これはどこから、どうやって 運び込んだ物なのだろう? 祖母の部屋。 部屋の位置や広さは変わらない。紛れもなく祖母の部屋なのだが、床は見覚え のない敷物に取り替えられ、中央には大きなベッドが一つ、置かれて、まるで 異なる、“小世界”へと様変わりしていた。 天蓋付キ、ダモンナ。 アイアン製だろうか? フレームは優美な曲線を描き、マットを包んでいる。 四本の支柱には意匠が凝らされ、さり気なく、しかし、見れば見るほど、その あちこちに丹念な手が施されたベッドだった。 ___ゴージャスだな。空気もこう、何か、白っぽく変わったような。まさか 空気は入れ換えないだろうけど。 デモ。 一体、誰ノ仕業ダロ? 心当たりを頭の中で検索してみる。対象者はごく少数。まず、小ぶりな翼を 持つ、あの二人の天使達。だが、二人はアルバイトをして、自分の服を買って いる。当然、どう見ても高価な、この風変わりなベッドの贈り主ではない。 ___買えるわけ、ないもんな。 スルト、ヤッパリ。 ___親玉さん、か。 ダトシタラ。 この模様替えが彼の、タカシへの愛情から贈った、単なるプレゼントなのか、 それとも、人間臭い、当たり前の部屋にタカシを休ませることへの抵抗感から 取った処置なのか、しばし考え込む。 ___二つに一つで、大違いだもんな。 しかし、すぐに瞬一は穿鑿(せんさく)を放棄した。 瞬一。 そう小さく、だが、確かに呼ばれたような気がしたからだ。 「タカシ?」 「瞬一。こちらに」 「ごめん、起こしちゃったね」 「大丈夫。ウトウトしていただけですから」 掠れた、弱い声だった。 「本当に大丈夫なの?」 「ええ。少しボンヤリしますけど。瞬一? もう少し、近くに来てくれません か? よく見えなくて」 「うん。いいよ」 白い薄布に覆われたベッドに歩み寄る。間近に見る天使は随分、疲れて、頬が こけ、辛そうで、ぼうっと天井を眺めていたようだ。それでも、瞬一が近付く と、タカシはゆっくりと白い顔を向けてくれた。 「タカシ?」 見慣れない虚ろな、どこか、頼りない目線に驚き、確認せずにはいられない。 「タカシ、もしかして、目、見えないの?」 「ええ」 天使は小さく頷いた。 「手当はしてもらいました。だから、もう少し休めば、元に戻りますよ」 そう言いながら、タカシは右手を瞬一の方へ差し出した。取って欲しい、力を 込めて握って欲しい。そう、求められているとわかる。身体が弱れば、心細く なる。その不安を埋めて欲しいと。 イクラ“子供”デモ、ソレクライハ。 だが、その手を自分が、こんな自分が取ってもいいのだろうか? ソンナ資格、アルノカナ、オレニ。 ソレニ。 瞬一が躊躇している間を不思議に感じたらしく、タカシは怪訝そうに眉根を 寄せ、瞬一を見やった。 「瞬一?」 弱い声。 決して、 彼を拒んだわけではない。 デモ。 ___きっと、すっごく不安にしたんだね、オレ。 出来るだけ明るく、戯けた調子で言ってみる。 「いいのかなぁ、と思って」 「瞬一?」 「だってね」 瞬一は天使の不安そうな左手を両手で取った。 「こんなことしていたらオレ、ますます、親玉さんに嫌われちゃうんじゃない かなー?と思ってさ。それでちょっと、びびっちゃった」 「親玉、さん?」 「あの北ッ側の、お偉い天使さん」 タカシは一つ、二つ、瞬きし、その間に該当者を捜し出したらしい。 「ああ。確かに、親玉さんですね。でも、何だか、飴玉みたいな名前ですね、 それ」 くすくすと笑うタカシにつられ、瞬一の気も少しばかり軽くなって、口までも 同調してしまう。 「でも、性格はそんな、飴玉みたいな可愛いヒトじゃないよね? 相当、意地 悪で、きついヒトだよね?」 タカシは表情を曇らせた。どうやら、聞き咎めたようだった。 「どうして、瞬一がそんなことを? 、、、。コウ達、ですか?」 「うん。あ、でも、二人は別に悪口言っていたわけじゃないから」 タカシは微笑み、頷いた。 「ええ。だって、“彼”は職務に忠実で、厳しいけれど、優しいヒトですよ」 「そうなんだ」 「ええ」 タカシは嘘を吐かない。何より、親玉は『優しい』と答える彼は穏やかな、 幸せそうな表情を浮かべている。恐らく今、彼の頭の中には良い記憶が蘇り、 あるがまま、その通りに答えているのだろう。 嫌イジャナインダ、親玉サンノコト。 |
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