「ええ。とても悲しい出来事でした。あんな辛いことが起こるなんて、想像も
しませんでした。もしかしたら、、、」
タカシは言い淀んだ後、しかし、思いがけず、ハッキリとした口調で続ける。
「もしかしたら、魔物と会えなくなったこと、それ以上かも知れないくらい」
エッ?
恋人と引き裂かれる。それより、悲しく、辛いことなど、あるのだろうか?
ナインジャナインカナ?
想像、ヤケド。 
瞬一の衝撃を気取ったのか、タカシは苦い笑みを浮かべて見せた。
「魔物とは本来、一緒にいられない。一緒にいてはいけないヒトだと承知して
いましたからね。だから、最初から、ある程度の覚悟はしていたつもりです。
もし、知られたなら、それまでなのだと」
「それでも、よかったんや?」
「ええ」
天使は頷いた。
「何で? ずっと一緒におるのが幸せなんやないの?」
「そうかも知れませんね。でも、限りがあるからこそ、一秒、一緒にいられた
ら、その一秒分、幸せだと思えた。一秒ずつを積み重ねて、魔物を知り、僕を
知ってもらう。それが嬉しくて、幸せだったんです。もちろん、ずっと一緒に
いたかったし、いつまでもこんな日が続けばよいと、願ったこともあります。
けれど。それでも、心の中ではそんなこと、不可能だとわかってもいました。
あの日、取り押さえられて、それっきりになって。辛かったけれど、来るべき
時が来ただけだと納得も出来ました。だけど」
タカシは声を詰まらせる。
「これから先、ずっと、ずっと命が尽きる時まで、あの分校の生徒達のように
共に生きて行く“同世代”だと信じていた“彼”があんなことをして、まさか
二度と会えなくなるなんて、思いもしなかった、、、」
小さく震える天使を見つめ、瞬一は戸惑っていた。

 自分が思い浮かべていた事情とはまるで異なる話なのではないか? 瞬一は
話が解せず、考え込む。タカシの震える声に溢れた悲しみはレンのそれより、
はるかに沈痛で、どうにもならない苦しみを帯びている。
___タカシの方が辛い話をしている。そうわかるけど。
人間の女性と結ばれても、やがてお互いが身を委ねる時流の、その速度の違い
に引き裂かれる。ずれて、生じる現実の“溝”を埋めることは出来ない。そう
承知し、端から人間の女性には近寄らないと、南ッ側の天使達は決め込んだ。
消極的な、だが、確実にお互いを守る安全策、ただ、それだけの話だと思って
いた。
___それでも十分、悲しい。寂しい話やん? 
デモ、ソレ以上ナン? 
今、タカシヲ泣カセトル事件ッテ、一体、何ナンヤ? 
「昔、何があったん? それが南ッ側の天使が、人を、女の子を避けるように
なった、理由なん?」
タカシは頷いた。
「遠い昔のことになってしまいました。僕と魔物がめったに会えなかった頃の
出来事ですからね」
「会えない頃もあったんや?」
「ええ。子供の内ならいざ知らず、一旦、“役割”を頂いたなら、そう簡単に
“持ち場”を離れることは出来ませんから」
「それって、“上”のヒトの目を盗んで、こっそりお出掛けって、意味?」
タカシはこくりと頷いた。
「誰かが協力してくれなければ、到底、無理でした。だから、当時は頻繁には
会えなかったんです」
フゥン。
瞬一は軽く微笑む。“良い子”のタカシが自分の持ち場を抜け出し、魔物との
約束の場所、恐らく、あの沼、冥界の“蓋”をめざす様子は想像すると随分、
可愛いらしく、微笑ましい光景ではある。
相当、ドキドキ、デモ、ワクワクシタンヤロウナ。
魔物に会うため、決して慣れないだろう、抜き足差し足で出掛ける天使の様子
を思い浮かべ、しばらく楽しんでいたい。本人に詳しく当時の緊張ぶりを聞き
たいとも思う。しかし、今はそれ以上に聞きたいことがある。
「で、その出来事って、どんなことなん?」
「ある、南側の天使が人間の女性を愛したんです」
瞬一は瞬いた。天使が人間を好きになれば、その先で必ず、待ち受ける結末と
やらが頭を過ぎる。
タブン。
過去、何人もの天使が種の違いがもたらす、その不幸に因って引き裂かれて、
辛い思いをした。結果、彼らはそれを未然に防ぐ自衛策を“掟”としたのだ。
デモ。
ソヤッタラ。
ベッドの縁に腰を下ろし、瞬一は口を開いた。
「待って。えっと、つまり、昔、その天使さんが人間を好きになって、それで
やっぱり、ややこしいことになったんやね。でも、そやったら、それだけって
言ったら悪いけど、でも、そんなには辛いことと言わんのやないの? 確かに
良いこととは言えんのやろうけど。それが、そんな大変な罪になるん?」
「当時は」
タカシは重く口を開く。
「今ほど明確な制約はありませんでした。出来れば、くらいで。それに“彼”
本人も十分な分別を持って、他の、人間の女性を好きになってしまった天使達
同様、自分の心奥深くに秘めて生きて行く、天使としての道を歩もうと決めて
いました」
「だったら、問題ないやん? 何も起きひんやん?」
「誰かを好きになった、それだけなら、罪ではありません。その人への想いを
秘めたまま、職務に励めば、それでいいのですから」
「だったら___」
「いいえ」
タカシはふるふると首を振った。
「その女性に、ある日、本当に辛いことが起きてしまったんです。彼が天界に
戻っている、ほんの短い間のことでした」
「どんな?」
天使は視線を落とした。
「言い辛いん?」
「ええ。とても口に出来ません。彼女はそれを苦にして、身を投げてしまった
のですから」
「自殺、したん?」
コクンと頷いた天使の目から涙がこぼれ落ちる。
「その“場”に戻った時の、彼の気持ちを思うと、いたたまれません。もし、
その時、自分が人間界にいたら、せめて、事件のすぐ後に傍にいてあげられて
いたら。そう考え、自分を責める、彼の気持ちを思うと。かわいそうです」

 役に立ったのか、立たなかったのか。“彼”が居合わせさえすれば、彼女の
身に降り掛かる非情な災いを回避してやれたのか、否か。それは正直、瞬一に
はわからないことだった。
デモ。
強く握り締めることで、精一杯、過去から噴き上がって、迫って来る悲しみに
耐える天使の手を取る。この手の温もりが自分にもたらした安らぎや、幸せを
思い出し、自分は救われたと考える。
ダッタラ。
キット、、、。
「もし、そのヒトがせめて、傍におったら、彼女、踏み止まれたかも知れへん
な。時間を掛ければ、傷も癒えたかも知れへん」
タカシは小さく頷いた。
「ええ。そうです。だって、彼は南側の、それも一番上の天使でした。誰より
も人間を癒す力を持っていたんです」
「一番上?」
「彼は、あの親玉さんと同格でした」
ツマリ、、、。
「つまり、そのヒト、南ッ側の親玉さんだったってこと?」
タカシは頷いた。
「そうです。彼には格別の立場がありました。覚悟があるからこそ、選ばれ、
その地位に就いていたんです。だけど、それでも彼は、その罪と、罪を犯した
人間達を許せなかった。いいえ、一向に罪を悔いず、行動を改めようとしない
三人を許せなかったんです」
「許せなかったって?」
「手に、、、」
「手に? 殺したって、、、こと?」
こくりと頷き、タカシはあまりの恐ろしさからか、身震いした。
「そんなこと、許されるはずがないでしょう?」
「そりゃあ。じゃあ、死刑? え、でも、さっき、生きてるって___」
「追放されたんです、天界を。地上に、人間界に落とされて。だから、彼は、
ずっと、ずっと、この世界を彷徨っている、、、」
堕天使。

 

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