いい気持ち。
温かくって、すげぇ、柔らかい。
いい匂いやし。
もちもちで、すべすべや。
けど、
何やろ、、、これ? 
何でもええけど、離しとうないな。
気持ちええもん、本当に。







 心地良くまどろみ、揺らめいて、時折、鼻先をくすぐる柔らかな甘い匂いに
頬を緩める。くすぐったい。
___動いたらあかんわ。
思わず、笑い出しそうになり、ふっと瞬一はまず、細く目を開けてみる。
何ダ、コレ?
いつもより狭く、あてにならない視界。そこ、いっぱいにキラキラと輝く海が
広がっていた。
アレ? 
赤茶色の細い糸が織りなす波が陽を受けて煌めきながら、まるで水面のように
広がっている、その光景。
コレッテ? 
きゅっといつものサイズにまで目を見開き、瞬一は瞬時に覚醒し、次いで仰天
しなければならなかった。むぎゅむぎゅと相当の力を込めて、自分の胸に抱き
締めていた、それ。
ヤバイ。
ヤバイ。
ヤバイ。
オレ、殺サレルカモ知レン。
シャレニナラヘン。

 がばっ、とばかりに跳ね起きて、しかし、自分が迂闊にも手を付いた場所、
そこが白い羽根の上だと気付き、瞬一は更に慌てて、飛び下がる。勢い余って
広いベッドから転落し、叫き声を上げると、ベッドの上に残されていた天使も
目覚めてしまったようだ。
「う、、、ん? あれ、瞬一?」
ベッドの上に身を起こし、天使は寝惚け眼のまま、辺りを見回した。どうやら
自分を起こした声の主、瞬一を捜しているらしい。
「瞬一?」
「ここや」
声を掛けると彼はこちらへ視線を向け、ややあって、意外そうな顔をした。
「どうして、そんな所にいるんです?」
「ち、ちょっと、な。寝惚けて落ちてもうた」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。驚いただけやから」
立ち上がり、ベッドに歩み寄る。
「おはよう、瞬一」
「おはよう、タカシ。よく眠れた?」
「ええ。最近、ちょっとないくらいに。久しぶりに熟睡しました。瞬一は?
ちゃんと眠れましたか?」
「うん。夢も見ないくらい、ぐっすり」
「そう。でも、大丈夫なのかな?」
呟いた天使の声、それは独り言のようだったが、瞬一の耳は辛うじて聞き取る
ことが出来た。
「大丈夫って? 何か、心配なことでもあるの?」
「あの」
「何?」
「このベッドで人間が眠っても、害はないはず、なんですけれど、、、」
いささか歯切れ悪く天使はそう言って、俯いた。
「このベッドって、特製なん? 何か、普通じゃないとこ、あるん?」
「若干。そうだ。下りて、コウか、レンに確認してみてくれませんか? その
方がいいですよ」
タカシが“何”を二人に聞いて、確認した方がいいと言っているのか、瞬一は
はさっぱり、わからない。
ソレニ。
___たぶん、オレ、それどころじゃないもんな。
怖ず怖ずと瞬一は切り出してみる。
「あの、、、」
「どうしました?」
「ウチにはさ、金属バットとかそーゆーのはなかった、よね?」
「バット?」
タカシは訝しそうに目を瞬かせた。
「バットって、野球をする時に使う道具、でしょ? 確か、瞬一はスカッシュ
が好きだと聞きましたけれど」
「そう。時々ね、通ってんの。アレ、一人でも出来るから」
「では、この家にバットはないのでは? だって、瞬一、大勢でするスポーツ
は嫌いだからしないと言っていましたよ? しないスポーツの道具は持たない
ものなのでは? でも、どうして? 必要になったのですか?」
「いや、なくて良かったなと思って」
命拾イシタヨ。
その一言は呑み込み、怪訝そうな天使から視線を外して、ため息を吐く。
___まさか、天使がそんなこと、しないよな? 
デモ。
実際、ヤッチャッテ、追放サレタヒトモイルワケダシ。
瞬一はプルプルと首を振る。
イヤイヤ。
___あれは事情が事情だから、の例外だよな? まさか、あの程度、添い寝
くらいのことで天界を追われるような、そんな血迷ったこと、しでかさないよ
な?普通。
デモ、普通ジャナイカラナ、アノ二人。
超絶、ヤキモチ妬キダモンナ。
あの二人なら、撲殺も有り得る。そう思い付いて、背筋を凍らせる。
「瞬一?」
不審そうなタカシの視線をそうそう長く浴び続けてもいられない。
「何か、喉渇いたし。ちょっとオレ、先に下、行って来るよ。タカシも着替え
たいんだろ?」
「ええ」
「オレも着替えがてら、聞いて来る。何か、確認した方がいいんだよね?」
じゃ。
そう言って、意を決し、恐る恐る、廊下へと出てみる。するとやはり、そこに
二人は待ち構えていた。
アンタラ、ヤンキ〜カ?
古スギルデ、ソノスタイルハ。

 道端にたむろするような恰好からすっくと立ち上がり、二人組は一斉に口を
開いた。
「いい度胸だな、おい」
「てゆーか、コウ。こいつ、一度、殺されてみたいらしいよ?」
「そっか。そっか。撲殺覚悟か。そぉだよな。普通はやらないし、出来ないよ
な。天使を、それも果樹園の、超高級天使をむぎゅっむぎゅしながら、ヨダレ
垂らしてなんか眠れないよな、普通はな」
「抱き枕代わりってか? 足まで掛けやがって、この野郎」
「死んでしまえ」
「そうだ、そうだ」
「はっ?」
そこまで言われては、さすがに瞬一にも聞き流せない。
「何言うねん? そんなん、天使やなくたって、言っていいことと違うで? 
何でもな、思い付いたからって、そのまま言っていいわけやないんやで」
「知ってるよ!!」
二人は声を合わせて、叫ぶ。
「馬鹿!!」
「わかってたってな、それでも我慢ならないくらい、オレ達は今、ムカついて
いるんだよ、クソガキ!」
「そうだよ!」
「とんでもない所に“飛ばされちまった”って心配して、ヤキモキしながら、
ひたすらおまえ達の無事を祈りながら待って、待って、待ちわびていたのに、
何だよ? 大した報告もしないでタカシと二人でぐぅ〜っすり、かよ? 待て
ど暮らせど出て来やしない。冗談じゃねぇ」
「そんなん、知らんわ。疲れてて、ちょっと寝坊しただけやん? 気になるん
やったら、起こしてくれたらよかったんや。自分達が様子、覗きに来たらええ
話やん?」
「おまえ、本当に馬鹿だな。それが出来たら、とっくにやってるよ。オレ達は
タカシがお寝間着着ている寝室には入れねぇ〜の! 子供じゃねぇんだから」
コウの不服そうな一喝に、傍らのレンも大きく頷く。
「そんなはしたないこと、出来ないよ。大人なんだから」
大人カドウカハ知ラナイケド。
しかし、言われてみれば、確かに、二人組が眠っているタカシの元へ近寄った
ことはない。タカシが光の風船のような何かの中で休んでいる時も、北ッ側の
親玉さんの協力の下、帰って来た直後も、二人組はタカシの寝室へは近寄らず
終いだった。
ダッタラ、、、。
「あの、もしかして、タカシの寝室に入るってことはつまり、またイヤらしい
とか言われるような、そんなことなん?」
「そうだよ! だから、オレ達、ずーっとタカシが起きて出て来るのを待って
いたのに、おまえと来たら調子こきやがって」
「そうだよ。いくらガキンチョでもな、やっていいことと悪いことがあるの、
わからないわけ?」
「そうかて___」
小さな物音がする。
「おはよう、コウ。おはよう、レン」
「おはよぉ〜」
たちまち相好を崩し、ぴょんとばかりにレンは出て来たタカシに抱き付いた。
「もぉ、すっごく待ってたんだからねぇ」
「ごめんなさい。自分で思うより疲れていたらしくて」
「仕方ねぇよ。疲れが残っている内は目覚めないように出来てんだもん、あの
ベッド」
ゆっくりと歩み寄り、コウは目尻を下げた。
「可愛いじゃん? それにしても何、普通のコに化けてんの? これじゃ、
とても果樹園の天使には見えないよ」
「ちゃんと出来ています?」
「どうにか、ね」
「でも、タカシ、この程度じゃ、まだ外には出られないよ。ね、コウ」
「ああ。まだ及第点には遠いからな。弾みでうっかり、元に戻ったら大変だ。
あんた、当分は家にいなよ」
「そうそう」
レンは頷きながら、意味ありげに瞬一を見やる。
「何たって、タカシの翼はオレ達のと違って、ゴ〜ジャスだから。間違って、
そこら辺で広げちゃったりしたら、大パニック必至だもんね。テレビ局にヘリ
で追いまくられちゃうよ」
「これから、ますます暑くなるんだ。まず、自分の重さに慣れなきゃな。翼が
ないと重力、まともにかかる感じしねぇ?」
「します。すっごく重いです」
「重さに慣れつつ、ひとまず、階段とかに慣れた方がいいな」
「階段、あれって、一人で上り下り出来ますかね?」
「足も悪いし、な」
「大丈夫。練習、練習だよ。オレ、付き合ってあげるからv」
「ありがとう、レン」
「じゃ、一緒に下りてやんな。いきなり、一人は無理だろう」
「了解。行こうよ、タカシ。喉とか乾いているでしょ? 眠りっぱなしだった
からね」
「ええ」
頷きながら、ふと思い出したようにタカシは瞬一へと視線を向けた。
「大丈夫でした?」
「え? 何が?」
「ほら、確認しないとって」
「何の話?」
割って入って来たレンの方へタカシは向き直る。翼のない、見慣れない後ろ姿
はギンガムチェックで、可愛らしい。
___青も似合うやん? 
「時間は大丈夫だったのかなと思って」
「ああ」
レンは納得し、この上ないような満足げな笑みを顔いっぱいに浮かべた。
「何? 何やねん?」
「では、ただ今の日時を発表します♪」
ピシリと右手を掲げ、何を言い出すのだろうと首を傾げる瞬一に向け、二人の
天使はニタリと笑って見せる。
「本当、何やねん?」
「ただ今は火曜日の、午前九時五十二分です」
「火曜日?」
時刻はともかく、曜日は間違っている。
「何、言うてんねん? オレ、金曜日に家に帰って、二階に上がって、それで
親玉さんに飛ばされたんやで? 帰って来たのは、明るくなってたから、土曜
日の朝やってん。それから一寝して、今、これくらいの明るさやから、いくら
ぐーすか寝たって、せいぜい、日曜日の九時五十二分やん?」
「ちっ、ちっ」
二人組はお揃いのしぐさで人差し指を左右に振って見せる。
「あのね、天使のベッドで眠っちゃったら、そうはいかないの。あくまでも、
現在は火曜日の午前九時五十、あ、三分になった」
「と言うことは?」
「あ、あ〜っ゛」
「楽し〜い。気が晴れた!」
「急げ、急げ、瞬一。学校が、小テストが君を待っている」
「よっ、高校生」
「二人共、意地悪しないで」
「いいんだよ。タカシは悪くないんだから、気にしない、気にしない」
「そうそう」
「ザマァ見ろ」
二人分の甲高い笑い声を背に、瞬一は走り出していた。

 

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