自転車を漕ぎ、普通に行けば。
___絶対、十分は早かった。それを、、、。
迷子トカ言ウナヨナ、“大人”ノクセニ。
コウはヘラリと照れ混じりの笑みを浮かべ、言ったのだ。
『だってさ、天界にはこーゆー七面倒臭い地図なんかねぇもん。密集してねぇ
んだもん。だからオレ達、方向はわかるけど、細かい所が今イチ、わかんない
んだよね。何回見ても、距離が掴めねぇの。仕方ねぇよな。じゃ』
___何がじゃ、だよ? 可愛い子ぶりやがって。
『いいじゃん? 取り敢えず、疲れてないだろ? その方が絶対、テストには
有利だって。支障ないって』
言われた通り、小テストは無難にこなし、間に合わなかった分は放課後、別室
で済ますことが出来た。
___感心だって、誉められちゃったしな。
アア。
___こんな結果オーライでちょろまかされる自分が哀しい。不甲斐ない。
ぼやいてみても、一日は未だ終わらない。塾を終え、瞬一は今、帰宅の途中に
いる。
___今日も一日、頑張った。
そして、帰り着くまでに“済ませて”おく用件はもう、一件のみ。“二人”へ
の不服はこういう、当人達がいない場所で消化するのだ。
___鉄則だね。目の前にいたら、あれもこれも全部、“読み取られちゃう”
からな。今の内に鬱憤、晴らしておかないと。はぁ。
思わず、ため息を吐いた。
___妙な知恵、付けて来たよな、オレ。
夜道で一人、最近、自分が身に付けたおかしな“生活の知恵”に付いて考え、
込み上げて来る苦笑いを噛み殺しながら、瞬一は自宅をめざす。通りすがり、
小さなタカシを拾い上げた、あの川を見やる。
___オレ達、あそこで出会ったんだな。
すっかり夏らしく整備され、もう、鳩さえ隠れる余地もない小綺麗な、憩いの
場へと変わったそこをどうやら、もうじきタカシにも見せてやれそうだ。
あそこの丸太のベンチに並んで座り、夏の夕焼けを一緒に見たい。そう思う。
___花火もいいな。線香花火程度なら、御近所さんも大目に見てくれるし。
こんな住宅地でも、それなりに綺麗なものが見られる。楽しめる。ささやかだ
けどね。
デモ。
そう先に気付いたのは、兄だ。
___あの人、いつもあの川原にいたんだ。一人で。いつも、いつも。
そして瞬一はいつも、兄は何をしているのだろうと疑問に思っていた。
聞ケナカッタ。
兄が家を出た後、こっそり、空いたベンチに腰を下ろし、瞬一にも何となく、
兄が見ていたもの、感じていたもの、それらがわかったような気がした。
アノ人ハ、風ガ通ッテ、季節ガ流レテ行クノヲ見テタンダ。
もう少し早く、一言でも話し掛けていたら、もしかしたら、何かが違っていた
のかも知れない。
___こんな所でしんみりしたって、意味ないか。
急ガナクッチャ。
ダッテ、タカシガ、オレヲ待ッテイル。

 ずっと空っぽだったガレージに留められた水色の車。ルーフには瞬一の自転
車が固定されたまま、だ。
___コウ君に外して、しまっとくなんて、そんな念入りなこと、期待する方
がアホだよな。たぶん、几帳面なレン君なら、御丁寧にいつもの場所に戻して
おいてくれただろうけど。
口喧しい感はあるものの、テキパキと雑事をこなすレンの存在は貴重と言える
だろう。
デモ、ドライバーガレン君ダト、寿命ニ差シ障リガアルラシイカラ。ブラマイ
=0ッテトコロカナ。
コウ君で良かったんだ。そうこっそり呟いて、明るい玄関先へ足を急がせる。
セットしておけば、明かりは定刻に灯る。
ダケド、コンナニドキドキ、ウキウキ、心ガ明ルクナルコトハ、ナカッタ。
「ただいま〜。あれっ」
出迎えてくれると信じていた人影がない。首を捻りながら、奥へと急ぎ、その
目当てのヒトを探してみる。
「ただいま。ね、タカシは? 一緒じゃないの? お風呂?」
 なぜだか、ダイニングテーブルに並んで突っ伏していた天使が二人、揃って
上を指差して見せた。
「上? もう休んでんの? え、具合でも悪いん?」
「タカシに聞いて。オレ達、お寝間には入れねぇから」
「おこもりしてんの。てゆーか、拗ねて、閉じこもってんの」
「おまえが悪いんじゃねぇか?」
「何で?」
二人はガバッとばかりに勢い良く、ほとんど同時に起き上がる。
ケンカシテテモ、シンメトリーヤン? 
「おまえが余計なこと言うから、だろ?」
「何、言ってんだよ? コウが先走って余計なもん、買って来るからこーゆー
ことになってんじゃん?」
「ふざけんな。大喜びで食いついて来たくせに。がっついてたじゃねぇか?」
「だって。お腹空いてたんだもん」
「だろ? だから、オレ、気を利かせて買って来たんだよ。それなのにおまえ
が」
「いいや、それは濡れ衣、いや、違うな。そうだ。言い掛かりだ。オレは悪く
ない。どっちかってゆーと、やっぱり、コウが悪い。そうだよ。コウが、もう
少し当たり障りのない物、買って来てくれてたら___」
「はぁっ? オレが悪いって言うのかよ?」
「そうじゃん? コウが原因じゃん?」
止メ時カナ? 
「あのさ、議論もええんやけど、オレにもわかるように説明する方、先にして
くれへん? オレ、さっきから待ちぼうけやん?」
「何、すかしてんだよ?」
「へっ?」
「そうだよ。自分だけ大人、みたいな顔、しやがって」
「子供のくせに!!」
息ピッタリヤン、ソーユー時ダケ。
「ま、仕方ないね。では、あらましをば」
コホンと一つ、わざとらしく咳払いし、レンは口を開いた。
「あのさ、タカシは右膝が悪いじゃん?」
オレハ二人ガケンカシトル理由ヲ、聞イトルンヤケド。
しかし、そう言って、レンの話の腰を折る度胸はない。
「うん、悪いな」
「で、普段、歩く時、何気に翼でバランス取りつつ、それでどうにかこうにか
歩いてんのね。でも、こうして“人間もどき”になっていると当然、翼が無い
からバランスが取り辛いじゃん? で、壁伝いに歩くことになるだろうから、
取り敢えず、障害になるような物を取り払って、ついでに掃除しようってこと
になったの。で、三人でいろいろ頑張って、途中、お昼御飯休憩取ってさ」
そこまで一口に喋ると思い出すことがあったのか、レンは眉尻を下げた。
「何?」
「へへっ。楽しかったなぁ。タカシと三人でお鍋にお湯沸かして、パスタ茹で
て。何か興奮しちゃったよね〜、コウ」
「うん、うん。天界じゃ有り得ない図だもんな。じゃーん。トマトとチーズの
パスタ。ゴルゴンゾーラだぞぉ? 羨ましいだろ?」
「で?」
「ツレナイ奴だな」
コウが唇を尖らせ、レンが露骨に嫌そうな顔をする。
「ちぇっ。羨ましがると思ったのにィ」
「今度、四人でやればいいことやん? で、どうして、タカシがおこもり? 
それ、することになったん?」
「御飯を食べて、一休みして、また掃除の続きをやって。で、先に手の空いた
コウが夕飯用の買い出し行って来るって出てって」
「ついでにさ、最近、評判のパン屋に寄って、パン買って来たんだよ。おやつ
にって」
「タカシはパン食べるやん? 好きやん? 問題ないやん?」
「おまえは現物、見ていない」
「どこにあるん?」
二人は視線を滑らし、冷蔵庫を見た。
「今、刑に服してる」
「はっ?」
___大体、冷蔵庫にしまっておくようなパンって、何だ? 
疑問を感じながら歩み寄り、開けて、目新しい紙袋を見つける。
「それ、おまえの分も入ってる。温めて食え」
「これって、ホットドッグやん?」
「レンの馬鹿。肉の匂い、嗅ぎ取った辺りでタカシ、もう顔色悪くなっていた
のに」
「オレのせいなの?」
「そうだろ? よしとけばいいのに、こいつ、超嬉しそうに手作りソーセージ
の作り方!とか、一々、事細かく説明しだしてよ。気持ち悪いだろ?普通」
ソリャア、ナ。
「はい、はい。確かにこのレン君が微に入り、細に渡って事細かに御説明申し
上げました。悪うございました。だ、け、ど! 買って来たのはお、ま、え!
肉だってわかってて買って来たくせに、何言うんだよ?」
キュッと細い眉を吊り上げ、コウも負けてはいない。
「フライドチキンよかましだろ? パッと見、死体を解体しましたって、強烈
な生々しさがないから、ビギナーにはいいかなと思ったんだよ! 食べなきゃ
保たないんだから、どうにか取っかかりをって思ったのに、おまえが台無しに
したんじゃねぇか?」
「そこまで言う?」
売り言葉に買い言葉。そんな言葉が脳裏を過ぎる。半ば呆気に取られ、顛末を
見守っていた瞬一をいきなり、レンは振り仰ぎ、きっと睨み据えた。
ヘッ? 
「おまえ、いつになったら、“じゃ、オレがちょっと様子を見て来るよ”って
言うんだよ?」
「気の利かない」
大袈裟なため息付きで、コウも同調する。
「オレ達、お寝間には行けないって、そう言ってるのに」
「はぁ、使えない」

 

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