「タカシ!」
彼の帰宅を心底、待ちわびていた。
帰ッテ来テクレタ。
___オレ達の家に! 
 望み通りの和やかな笑みを見付け、安堵し、喜びの余り、抱き付こうと駆け
出して、瞬一はいきなり、誰かにぎりりと強く、左の二の腕を掴まれて、引き
留められた。誰の仕業かと、確認するまでもない。思い当たる“犯人”は一人
だけ。恐る恐る、振り仰いだ先にはやはり、あのやけに澄んだ緑色の目が二つ
並んで、皓々と浮かび上がっている。その目は睨みを効かせることで、瞬一の
動きを封じながら、じっと見下ろしているのだ。
怖イ。
そう思った。
 正直言って、この頃、以前には考えられないほど頻繁に、誰かに睨まれる。
日常。
『瞬一ばっかり、ズルイ』
ヤキモチ妬きの仲良し天使、二人組に何かに付けて睨まれ、叩かれ、意地悪を
言われ続け、幸か不幸か、二人のパターンにはもう、慣れてしまった。
___今更、一々、真に受けたり、ビクついたりしないし。威張るほどのこと
でもないけど。
ソレニ、土台、意味ガ違ウカラ。
 二人の天使の意地悪攻撃はやっかみ故だ。制約なしにタカシに甘える瞬一が
羨ましく、妬ましいからつい、やってしまう意地悪であって、悪意でも、脅威
でもない。
___だから、オレだって、慣れたんだ。可愛いと言えば、可愛いものだもん
な、二人のは。
ダケド。
見慣れた嫉妬混じりの、羨ましげな目と、今、こうして瞬一を見据える大男の
目とではまるっきり、質が異なった。
見タコトナイヨ、コンナ怖イ目ハ。

 大急ぎで十七年分の記憶を漁ってみる。しかし、思い付く怖い目の持ち主は
ようやく一人、兄だけだ。身近な所、兄の目も怖い方の部類には入ると思う。
___でも、あれ、三白眼ってゆーの? 生まれつきだから仕方ないし、悪気
じゃないから、な。
兄の目はむしろ、少しばかり、運が悪いだけなのだと思う。
ダッテ。
『損をするわねぇ。もったいないわよねぇ』
祖母が嘆いていた様子を思い出す。
『取っつき難いって、損よね。気の毒に。ハンサムなのにねぇ』
マァ、ソレハソレデ、モテルラシイケド。
“そこ”が良いのだと思う女心は未だわからないが、瞬一には理解する必要も
ないことだろう。損もあれば、得もある。両方あるのなら、それでいい話だと
考える。
デモ。
 個性と割り切れる兄の目に比べ、この大男の目は生まれてこのかた、ただの
一度も見たことのない、凄みそのものだ。
___怖すぎるよ。普通じゃないよ。
それに大体、なぜ、自分は見ず知らずの大男に腕を掴まれなければならないの
だろう?
痛イヨ。

今スグ放シテ欲シイ。
セメテ。
力ヲ緩メテ欲シイ。
そう強く、願う。だが、まともに捉えられた大男の視線が恐ろしく、言葉には
出来なかった。
ドウシヨウ? 
鬱血シチャウカモ。
「放してあげなさい」
天の一声とはこのことだ。タカシのたったの一言を聞き入れて、男はすんなり
と放してくれた。解放されるなり、瞬一は慌てて、寄るべき天使の元へと飛び
下がり、勢い余って、彼の胸元に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「う、うん。あっ、タカシ、タカシの方こそ、大丈夫? タックルしちゃった
けど?」
「ええ。大丈夫。ほら、彼が支えてくれましたから」
タカシの示した先、そこにもう一人、誰かが立っていて、タカシの背を支えて
くれていた。瞬一の体当たりを喰らいながら、タカシが転倒を免れたのはその
男の御陰だろう。しかし、感謝するより先に瞬一は息を呑んだ。
嘘ダロ?

 

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