「たぶんって? 誰なの? タカシ、もしかして心当たり、あるの?」
「あの、、、。もしかしたらって思って。でも、そんなはずはないんです」
言いよどむタカシの俯いた小さな横顔を見ながら、そこに深刻な色はないと
見る。ここ、人間界へやって来た理由は決して、口に出来ないことらしい。
だが、今回はそれほど強い心痛を伴うものではない様子だった。ただ言い難い
だけで。
ジャ、オレ、ヤッパリ、誰カニ監視サレテイタンダ。
ダケド、一体、誰ガ、何ノタメニ? 
その正体も、理由もタカシはわかっているのではないか?
「オレだって、言ってくれた方が嬉しいんだけど?」
先程の彼の言葉をそのまま返す。
「そうですけど」
それでも、タカシの口は重いままだ。
「どうしたの? 言ってごらんよ。見当、付いてるんだろ?」
促され、ようやく意を決したのか、天使は顔を上げた。両目はいつものように
澄んで美しい。だが、そこに浮かんだ表情は深刻なものだった。
「どうしたんだよ? 心当たりがあるんなら、教えてよ」
「あの、、、。もしですよ? もし、僕の思う、その二人だったら、なんです
けれど、、、」
「何? もしかして、オレ、ヤバイの? 狙われてるって意味?」
「いいえ。“彼ら”が瞬一に危害を及ぼすようなことはありません」
「じゃ、兵隊さんじゃないんだ?」
「ええ」
「だったら、大丈夫じゃない? 普通に天使なんでしょ? 天使なんだよね?
 タカシの知り合いなんだから」
「ええ。でも、もし、本当に“その二人”だったら。瞬一には、、、」
「あ、ちょっと待って。ピンポン、鳴ってる。こんな時間に誰だろ?」
「瞬一」
不安げな表情を見せる天使の頭を瞬一は撫でてやった。
「続きはあとでね。あっ。ここ、玄関から見えやしないけど、でも、一応、
じっとしていて。隠れていて」
「あの!」
「大丈夫だから。すぐ戻るよ」
何か言いたげな天使にそう言い残し、瞬一はさっと玄関へと歩き始める。
___夕食時に誰だろ? 今時、新聞の勧誘なんてないよな? 
“また新聞なの?” 生前の祖母、その不満そうな口ぶりを思い出し、苦笑
しながら、瞬一は玄関ドアを開けた。 
「よっ」
右手でチャッと空を切るポーズ付き。
___悪いけど。知人にこんなノーテンキ、いないけど? 


 玄関先に立つのは二人組の、瞬一と同世代の少年達だった。
デモ、住ンデル世界ハ違イソウ。
そう思った途端、若干、背の高い方、茶髪の少年がバッと瞬一を指差し、大声
を上げた。
「ああ〜っ。こいつ、超失礼。感じ悪ぅ! 聞いた? コウ」
「ああ。人間のくせに、オレ達を見下ろしやがった」
もう一人の金髪の少年もさも嫌そうに顔をしかめる。
「これだから、人間って奴は嫌いなんだよ」
瞬一には二人のやりとりが理解出来ず、首を傾げてみるしかない。
___何を言ってるんだ? 頭、おかしいのかな、季節の変わり目だし。
「失礼だな! オレ達の頭は正常だよ」
___え? 
 彼らはまるで、瞬一の“頭の中にある言葉”にそのまま答えているようだ。
___何で? 何も言っていないのに、何で? 
「そんなことはどうでもいいよ。それより、タカシは? タカシは元気なの?
 どこにいるの?」
「え?」
「しらばっくれる必要、ないよ。オレ達、タカシの友達だから。オレ、レン。
こっちはコウ。聞いてると思うけど、人間に本名、呼ばれちゃ困るから、この
仕事用の名前で呼んでくれる?」
「そ、それじゃ、もしかして、あんた達、、、」
「レン、おまえ、説明しといて。タカシ、タカシーィ」
 コウと呼ばれた少年は自己紹介の間すら待ちきれない様子で、瞬一の脇を
すり抜け、玄関内へ入り込み、そこから奥へと声を掛ける。
「タカシ。心配することないよ。オレ達、二人だけだから。出て来なよ」
「ねぇ、コウ。まだ小さいまんまでさ、ドア、開けられないんじゃない?」
「あ、そうか」
「ったく。ちゃんと食べないから、治りが悪いんだよ。ああ、おまえ、瞬一?
 ぼさっと突っ立ってないで、スリッパ?それくらい勧めてくれよ。オレ達、
いつまでこんな所に立たせておく気なんだよ?」
「あ、はい」
 気圧されて、慌てて差し出したスリッパを突っかけ、自称、天使の二人組は
バタバタと廊下を突っ切り、一目散に勝手知ったる様子でリビングへと駆けて
行く。バンと勢い良くドアを開け、二人は同時に叫んだ。
「「タカシ」」「コウ! レン!」
 戸惑いながらも、どうにか二人の後を追尾した瞬一は小柄な二人組の背中
越しにその様子を見た。先に駆け寄ったコウの膝の上にピョンと飛び上がり、
タカシは二人の右腕と左腕にしがみついた。
アア、本当ニ友達ナンダ。
ジャア、アノ時。
熱ニウカサレタタカシガ助ケヲ求メテ呼ンデイタノハ、コノ二人ナノカナ?
「無事で良かったよ」
「心配かけやがって」
「ごめんなさい。ごめんね」
「とにかく無事で良かった。ホント、馬鹿だよ、あんたは。無茶しやがって」
 レンはタカシの無事を確認し、一息吐いたらしく、いち早く立ち上がると、
瞬一を見やった。
「遅くなったけど。ありがとう。タカシを助けてくれて」
ぺこりと頭を下げられ、瞬一も姿勢を正す。
「いや。当たり前のことをしただけだから」
「そう?」
ケロリと悪戯っぽい調子でそう言うと、レンは笑って見せた。
「じゃ、改めて。よろしくね」
「はぁ」
「あ、コウ、荷物を取って来てよ」
「はぁ? 何で、オレが?」
「何か持って来たのですか? 大変なんでしょ、持ち込みって」
タカシの問いにレンが大きく頷いた。
「そう、大変なんだよ。荷物は少なく。それが鉄則だってゆーのに。こいつ、
コウがね、あれもこれもってゆーから、大荷物になったんだよね。タカシが
食べたがってるって言い張んの。優し〜いんだよね、コウは」
見る間に真っ赤に染まったコウの顔を見上げ、タカシは嬉しそうだった。
「ありがとう、コウ」
「オレ、荷物、取って来るから」
両手でタカシの身体を持ち上げ、そっと床に置くなり、怒濤のごとくコウは
駆け出して行った。
「フフッ。照れてる。照れてる。可愛い〜」
「レン、からかってはダメですよ」
「いいんだよ。瞬一もわかっただろ? コウはああ見えて、すっごくイイ奴
だから」
それが言いたくて、わざわざからかって見せたらしい。
___だったら、このヒトも、根はいいんだ。そりゃ、天使だもんな。
「それより、タカシ。あんた、だいぶ弱ってんじゃん? 羽根がほら、バサ
バサしてんじゃん?」
「そうですか?」
「栄養失調なんだよ。ちゃんと食べてないから」
「食べていますよ」
「ダメ、ダメ。人間の餌は天界のとは違うから、同じ量食べたってダメなん
だよ。わかる? 三倍食べても栄養的には足りないの。だから差し入れ持って
来たんだ」
「ありがとう」
「それにさ、ここにいるからには、ここの餌も食べないとダメだよ」
「レン、餌って言い方は___」
タカシは瞬一の様子を窺うようにチラリと見上げ、少々、ばつが悪そうに目を
伏せる。
「だって、所詮、人間界だもん。天界じゃないもんね」
悪びれもせず、レンはすっぱりと言い切った。あんまり、ストレートで腹も
立たない。
正直者ナンダ。
そう思うだけだ。
「人間界なんてね、いるだけで疲れる所なんだからね。天界と同じ食事じゃ、
身体が保たないよ。覚悟を決めて、お肉も食べなきゃ」
「え?」
「食べてないんでしょ?」
「食べたくありません、お肉なんて」
「だけど、このままじゃ、あんた、病気になるよ? わかってんの? 体力が
落ちたところで人間の病気にでもかかったら、ころっと死んじゃうんだよ?」
「でも」
「それにさ、あんたに付き合って、この頃、お肉食べていないコイツも不憫
だろ? 成長期なのに食べてないんだよ。背、伸びないよ?」
「ごめんなさい、瞬一」
指摘されて、初めて気づいたように恐縮するタカシを見、慌てて瞬一も首を
振った。
「違う。違う。謝らないでいいんだよ。タカシは悪くないんだから。オレが
勝手に食べていないだけ。それに昼間、学食で食べるから。心配しないで」
鶏肉ハ食ベラレナクナッタケド。
それに。
___ハム見せたら、顔面蒼白になるんだもん。無理強いなんて出来ないよ。
「何言ってんだよ? つまんないところで甘やかすなよ。無理もヘチマもない
の。これ以上、体力落ちたら、本当に風邪くらいで死ぬんだよ、このヒト」
オレ、何モ言ッテナイノニ? 
ヤッパリ、人ノ心ヲ読ンデルノカ? 
「馬鹿面すんなよ。オレ達、天使なんだよ。人の心くらい読めるに決まってる
じゃん?」
そう言われ、つい、タカシの顔を見た瞬一に、タカシは微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ、瞬一。僕には読めませんから」
「天使なのに?」
「仕事が違いますから」
「仕事?」
「そう。仕事ごとに得意分野ってゆーか、能力が違うの。オレとコウはほら、
人間が天使と言えば思いつくって、その手の仕事をしているから、人間の心が
読める。だから、日本語も堪能なわけ。良かったよ。タカシ、日本に落ちて。
さすがにスワヒリ語だと片言しかしゃべれないから泣いちゃうとこだった」
「コウ、お疲れさま」
トコトコとドアの方へタカシは歩き出す。
「大荷物なんですね」
「折角だからさ、花も持って来てやろうと思って」
「ヒュー、ヒューv」
はやし立てるレンをきっと睨み、コウは大きな花束を取り出して見せた。
「ごめん。しおれてる。気を付けたつもりだったのに」
「大丈夫ですよ」
「あ、そうか」

 

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