暑い。
イヤ、暑過ギル。
___こぉんな炎天下に何が面白うて、自転車ぶっ飛ばして、近所のスーパー
まで行かな、あかんのや? 
ペダルを踏み、踏み、振り返ってみる。

『オレが行くの? マジで?』
『マジでって、何だよ? 人聞き悪いな、瞬一君』
『そうだよ。君がじゃんけんに負けた、それだけの話じゃないか?』
『よっ、西ッ側の親玉さんに気に入られた男!』
『よっ、見込まれた男! お見それしたよ、瞬一君。君、ただ者じゃないね』
『その看板に相応しく、潔く行って来てくれたまえ』
『オレ達、程良くクーラーの効いたこの部屋で、地味〜ィに薬味刻みながら、
君の御帰宅をお待ちしているから』
『待っているよっ』
『ええっ? じゃ、一緒に行こうよ。そうだ。タカシも連れて、さ』
瞬一の思い付きに二人はそっくり同じ、嫌な顔を作って返す。
『こんな馬鹿暑い昼の最中にタカシは外、歩けないに決まっているだろ?』
『そうだよ。犬だって、こんな真っ昼間に散歩しないぞ? しちゃいけないん
だぞ? 肉球、火傷しちゃうじゃん?』
『それじゃさ、何も、わざわざ買いに行かなきゃならないような物、食べなく
たって』
『だって、食べたいんだもん』
『なら、レン君が自分で行けばいいじゃん? オレ、別に食べたくないし』
『何、言ってんだよ? 公明正大、恨みっこなしよって、じゃんけんにしたん
だろ? おまえだって、じゃんけんならズルされないって、喜んで乗って来た
くせに』
『それを自分が負けたからって今更、不服をぬかすとは』
『そうだよ。西ッ側の親玉さんだって、“オレの目は節穴だった”って、嘆く
ぞ? 悲しむぞ?』
『落ち込んじまうかもな。あ〜あ、かわいそうに』
『本当。傷付いちゃうよね』
『傷付けられちゃうんだ、人間に』
『瞬一に、ね』
『何で、そーなんねん?』
『ったく。何が“頼んだぞ”だよ? あのヒト、人を見る目がねぇんじゃねぇ
の?』
コウのぼやきにレンはあっさり、言ってのける。
『人を見る目なんて、そんなありがたいもの、持っているわけないじゃん? 
人間とは接触しない、それが“西ッ側”のお約束なんだから。大体さ、西ッ側
の天使とまともに喋った人間なんて、こいつが初!なんじゃないの?』
『うーん、有り得るな。人類史上初の西ッ側の天使と喋った男、か。かっけぇ
な、おまえ』
『ほぉんと。ほら、男前、気分良く行って来な』
『本当は行きたいくせに』
『勿体付けちゃって。この、このっ』
あー言っても、こー言ってみても所詮、歯が立たない。
コンナ年増ニハ敵ワヘン。
『何か、言った?』
『いいえ、なぁーんにも』
 すごすごと玄関へ向かおうとして、通りかかった洗面所前。開け放したドア
越しにもう一人の、気の優しい天使の横顔を見付ける。
あの夜。
緑色の目を持つ天使の頭を抱き締めて、泣いていた天使はこの頃、案外、元気
だった。
___吹っ切れたのかも知れないな。
それは良いことだと思う。
___タカシは水換え中、か。夏場は日に三回、なんだな。
ボウルに水道水を注ぎ入れ、その中に右手を入れて、くーる、くる。タカシは
まず、軽くかき混ぜて、それから花瓶に水を移す。
___あの混ぜ混ぜにも、きっと意味があるんだろうな。

 

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