一秒、二秒、三秒……。時間は当たり前に過ぎて行く。それにも関わらず、
人一倍、機敏で活発、明朗な、一日の終わりにはきっと疲れ果て、ぐったりと
眠りに落ちるのだろうレンが動かない。身動ぎ一つしない様子に驚き、瞬一も
緊張を覚え始めた。何しろ、明らかに様子がおかしいのだ。
「レン君? どないしたん? レン君?」
懸命に呼び掛けてみる。しかし、レンの目はじっ、とばかりに天界の花を捉え
続け、睨めっこの状態は変わらない。
コレッテ、マサカ? 
思い当たる理由は一つ。しかし、まさか、タカシと天界の花とが“会話”して
いたと知らなかったはずはない。
___だって、タカシは二人の前でも、楽しそうに話していたじゃん?
例え、間近にいても、瞬一にはタカシの言葉はわからなかったし、わかるはず
もなかった。
ダッテ、オレ、人間ダモン。
だが、同じ天使である二人にはその場、その場で理解が出来ていたはずだ。
___オレが電車で隣のカップルの話、理解出来るのと同じだよな。聞こえる
ものは“わかる”んだよな? 
ナノニ、何デ? 
なぜ、今更、レンはこうまで驚き、固まってしまったのだろう? 首を傾げる
瞬一の目前。相変わらず停止状態だったレンの唇がふいにプル、プルと小さく
震えたようだった。
「レン君?」
ぎゃあぁーーーーッ。
いきなりの大絶叫に仰天する。
「レ、レン君、どないしたん? 大丈夫?」
「アンビリ〜バボーだよ! どうしよう? 筒抜けだったかも知れない。どう
しよう?」
そう問われたのは瞬一ではなかった。叫び声を聞き付け、駆け込んで来たコウ
の右腕を取り、レンは見たこともないような困り顔に変わっていた。八の字に
下がった眉が情けないような、可愛いような、、、。
「おまえ、冷やかし、見物、絶対、お断りだからな!」
レンはくるりと振り返り、きっと睨んで、瞬一に釘を刺すことは忘れない。
___どうせ、“子供”だから、相談相手じゃないんだろ? 
フン、とそっぽを向くとしかし、今度はコウの方に肩を掴まれた。
「えっ? 何?」
「協力してやる。一人二個、な」
意味がわからず、瞬く。すると瞬一が食べきれずに放置していたトマトの小鉢
をコウは差し出して来た。
「速攻、食うぞ」
「オス」
「ヘッ?」
「せーのッ!」
 気合いと共に二人はパクパクと勢い良くプチトマトを口へ放り込み、コウは
残り二つとなった小鉢を瞬一の鼻先へと突き出した。
「早く!」
「食べて!」
わけがわからない。しかし、二人のあまりの剣幕に呑まれ、瞬一も一つ、箸に
取って口へ運ぶ。
「頑張れ! もう一個」
「うん」
返事もそこそこに残り一つも飲み込むと、おっとりとした天使も姿を現した。
「コウ? どうしたんです? レンの声だったようですけれど?」
「ああ、ごめん。話の途中で飛び出しちゃって。大したことないよ、いつもの
馬鹿騒ぎだった。それより、見て、見て。瞬一、完食。今の内にタカシも残り
を食べといて。オレ達、野暮用が出来たんだ。すぐ戻るから、ここにいて」
「そうそう。プリンを食べるって大仕事が残っているからね。あれ、奮発した
んだから」
二人は愛想良くそう言いながら、瞬一の腕を引っぱった。
「すぐ戻る。本当、すぐ戻るから、そこにいて。じゃ」
タカシに聞かれては困る話をしようとしている。そう察しは付いた。
デモ。
___まさか、外に出るとは。
さすがに大人。念が入っている。

 水色の車を背にコウは立ち、眉根を寄せて、低く切り出して来た。
「確認するぞ? 本当にタカシはあの、天界の花と話せるんだな?」
「うん。そう言っていたよ。でも、何で? 知らなかったの? タカシ、二人
の前でも喋っていたのに」
瞬一の隣に立ったレンが代わって頷く。
「独り言だと思っていたんだよ。人間だって、猫に話し掛けながらエサをやる
とか、そういうこと、普通にやるだろ? そんなもんだと思ってた」
「え、でも、二人は天使なんだから天使の言葉がわかるわけだし」
「“果樹園”言葉はわからねぇよ」
「何、それ?」
「天界はね、エリア毎に言葉が違うんだ」
ぶっきらぼうなコウを補うように、レンが続けてくれる。
「共通語みたいな言葉もあって、それで他のエリアの天使とも話が出来るって
わけ」
「北ッ側と南ッ側で言葉が違うってこと?」
「そう。つまり、タカシが自分の、果樹園の言葉で喋ったら、天使同士と言え
ども、理解不能だよ。どうしよう?コウ。リビングのヤツはともかく、オレ達
の部屋に置いてある、アレは問題だよ。全部、聞いてるよ」
「どの程度、タカシにチクっているか、だよな」
「もう知っているのかも、、、。それじゃ、サプライズじゃないじゃん?」
「ああ、苦労が水の泡かよ。せっかくの下準備が、、、」
珍しく頭を抱えるコウに聞いてみる。
「あの、お花さんはコウ君達の言葉もわかるの?」
「ん?」
「タカシが話していた言葉が果樹園語だったんなら、もしかしたら、それしか
わからないってことはない?」
瞬一は拙い言葉を精一杯、並べてみる。
「ほら、もしかして、南ッ側の言葉とか、天界の共通語とか、ましてや日本語
なんて、全くわからないなんてこと、ない、かな?」
仲良し天使は同じようなしぐさで考え込む。
「ない、とは言えないよな。あの花、天界ならどこにでも咲いている普通の花
だけど、あれと会話出来る天使なんて見たことも、聞いたこともなかったもん
な」
「タカシは果樹園の天使だから、あり得るのかもって慌てたけど、普通だった
ら、嘘吐き!で終わる話だもんね」
「果樹園だと話が違うの?」
「まぁ、ね。オレ達にはない力があるって、噂は聞くよ」
「真偽はわかんねぇけどな」
「どうする? もしかしてタカシ、知ってて、知らんぷりしてるのかな?」
「あんまり演技派には見えねぇけどな」
「でも、ああ見えても大人だよ、あのヒト」
「だったら、オレが聞いて来てあげる」

 二人は呆気に取られた様子で見送って、だが、すぐに我に返り、瞬一の後を
追い掛けて来る。どうやら瞬一の足を止めたかったようだが、走り慣れた自分
のコースを走る瞬一の方がさすがに早かった。シンクに汚れた皿を移し終え、
タカシはスポンジに洗剤を含ませようとしているところだった。
「タカシ」
「何です?」
「タカシな、お花さんと話せるやん?」
「ええ」
手を止め、振り向いた彼はいつもと同じ笑みを浮かべている。
「あんな、お花さんにコウ君とか、レン君の話、聞いた?」
入り口で立ち止まった二人の気配を感じながら、尋ねてみる。
「どういう意味ですか?」
「二人がな、どんな話しとったよって、タカシにチクるんかなと思って」
「チクる?」
小首を傾げ、ややあって理解したらしく、すぐにタカシは微笑んだ。
「しませんよ。だって、はしたないことでしょう?」

 

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