指定された時刻は午後の四時。早過ぎはしないか? そう思ったが、黙って
頷いた。晴れ渡った空は依然、青く、眩しいままで、今夜のイベントはもう、
成功したようなものだと主催者気分でほくそ笑む。
___こんなに長い一日って、初めてだ。
待チキレヘン。
今朝、家を出てから何度、腕時計を覗いてみたか、わからない。待ちわびて、
ようやく、そろそろ行っても良いだろう時間になり、バタバタと駆け付けた先
には。待ち合わせの場所に水色の車は停まっていた。どうやら、彼らは車内に
いるようだ。
___そうだよな。炎天下にタカシ、立たせて置かないよな。日に焼けちゃう
よな。もったいないもんな。せっかく真っ白なんだからさ。
声を掛けるまでもなかった。向こうも瞬一の存在に気付いたらしく、運転席の
ドアが開けられ、コウが降りて来た。
「やっぱり、早いな。おまえは張り切って早く来ると思って、こっちも早めに
来たのにもう、来やがった」
「いいじゃん? お互い待たずに済めば、さ」
「さぼったんじゃねぇよな?」
「そんなこと、し、て、ま、せ、ん」
「おし。なら、乗せてやる」
 コウがシートを倒し、後部座席へ乗り込むためのスペースを作ってくれる。
中を覗けば。
「お帰りなさい、瞬一」
「お帰り」
二人の声が迎えてくれた。
「ただいま」
「おい、タカシにだけ言うなよ。失礼な。大差付けやがって。オレは視界にも
入らないのか? オレの声は聞こえないのかよ?」
「これから言うよ、レン君にも。ただいま」
「何だよ、それ? それだとオレ、おまけみたいじゃん? いかにもおまえに
構って欲しいみたいじゃん? 冗談じゃない」
「何でもいいよ。もたもたしない。オレが暑いじゃねぇか?」
コウに急かされ、押し込まれるように自分の分の席、レンの隣に滑り込む。
「行くぞ」
 パンとドアを閉め、早速、発進させそうなコウの勢いに驚いて、慌てて、口
走る。
「いくら何でも、早過ぎじゃない? まだ相当、時間あるよ。こんな明るい時
間からじゃ、間が持てないよ。どっかで時間潰さないと。何か食べたりとか」
腕時計に目をやりながら、ふと、じっと見つめるタカシの視線に気付いた。
 いつになく注視する、真っ直ぐな視線に面喰らう。大体、彼は今日、なぜ、
この顔触れで、こんな所に来ているのか、知っているのだろうか? あれだけ
タカシを驚かせてやるのだと意気込み、昨今、近隣で催される類似のイベント
をニュースでも目にしないよう、懸命に努めて来たのだ。当然、二人の天使は
未だ、タカシには何の情報も与えていないはずだった。
ヤパイ。
タカシは瞬一の言葉に初めて、何らかの疑念を抱いたに違いない。
___うっかりしていた。そう言えば、今日、例の、オレだけ“置いてけぼり
にされる”土曜日だもんな。もしかして、皆で出掛けて、家に帰る途中でオレ
を拾った、くらいの気でいたのかも。どうしよう? 
「瞬一」
ふいに名を呼ばれ、思わず、ギクリと固まりながら、もう二人の天使の様子を
盗み見る。二人は一瞬、恨めしげに瞬一を見た後、即座に視線を外した。
オイ。
___それって、オレ一人で頑張れってこと? 
“大人”なら、どうにかしてくれてもいいのではないか。そう思ったが、この
期に及んではどうにもならない。自力で頑張らなければならなかった。
「な、何?」
「瞬一、お腹が空いているんですか?」
ヘッ? 
「学校の帰りですものね。だったら、これ、摘んでいたらいいですよ」
優しい天使が差し出したのはどこかのお年寄りがこしらえたような、安っぽい
紙袋だった。
時々、見ルヨナ、コレ。
 最近、時折、勧められるお手製らしい紙袋。中身はいつも不揃いの、奇妙な
取り合わせだった。まるで様々な袋菓子の中から一つ、二つずつ取り出して、
その袋に詰め合わせたような。
デモ、ソレッテ変ナンダヨナ。
彼ら、いや、コウとレンの二人は普段の食事は堅実志向だ。しかし、お菓子に
はひどくこだわって、シンプルで、美味しく、その上、お手頃価格を誇る店を
せっせと見付け出して来る。
___なのに、何で、これだけ、安物なんだろ? そう美味いって物でもない
し。普通の飴とか、御煎餅とか、うじゃうじゃとさ。
不審に思いながら、それでも、どうやらわかっていないらしいタカシの様子に
安堵する。ちょっととぼけたヒトで良かった。胸を撫で下ろし、渡された紙袋
を開いていると、中を見もしない内にレンが口を開いた。
「オレ、クッキー。チョコ塗ってあるヤツ。コウは? コウ、何にする?」
「オレ、運転中」
コウはいささか憮然とした様子を見せるが、レンの方は一向に構わない。
「あっ、そう。じゃ、必死こいて前だけ、見といて。オレね、あとね、コーラ
味の飴。それ、キープね」
そこまで言って、やはり、“御神酒徳利”を気遣うセリフも忘れない。
「コウも飴、食べるだろ?」
「うん。飴なら食える」
「むいてあげるね」
ヤッパリ、仲エエンヤ。
そんなことを思った時だった。
「車に乗っている時に飴って、食べても大丈夫ですか? 急ブレーキを掛けた
時とか、危なくありません?」
「タカシは心配性だな。大丈夫だよ、小さい子供じゃないんだから」
そこまでスラスラと言って、ふとレンは口を噤み、なぜか、瞬一を見た。
「あ、瞬一。おまえは飴はやめときな。呑み込んじゃったら大変だからな」
「何で、オレだけ、そんなこと言われるんだよ?」
また例の子供扱いかと思ったのだ。しかし。
「あれれ?」
レンはニタリと笑って見せる。
アア。
毎度御馴染みの、あの嫌な予感が背筋を走る。
ソレモ、キット、ニューバージョンヤ。
「瞬君はさ、思い当たる節、あるんだろ?」
「どういう意味やねん?」
「むっか〜し。お目々クリックリ、真っ赤っかほっぺの可愛い子ちゃんだった
頃にさぁ〜」
、、、。
プッ。
コウがまず吹き出し、レンは腹を抱えて笑い出す。
「飴呑んじゃって、大騒ぎしたんだろ? 可愛い! さすが四歳半。笑わせて
くれるよね」
「ダッセェー」
「ねっ、ねっ。そーゆー時って、本当に目って、白黒するものなわけ?」
「恰好悪ぃー!」
「お母さんに逆さにされて、プンプンって振られたんだって?」
「コントみてぇ」
 事実だから、仕方がない。自分に言い聞かせ、ぐっと堪える。すると、思い
がけない声が二人の笑い声を遮った。
「笑うことではありません。本当に亡くなる子もあるのでしょう?」
即座に場は凍り付いて、静まった。
「ごめん」
「ごめんなさい」
「謝る相手が違います」
「ごめん」
「ごめんね、瞬一。はしゃぎ過ぎた」
「ええよ。本当のことやから」
「無事で良かったですね、瞬一」
「うん。今となっては笑い話やもん。父さん、慌てるばっかりで、役立たへん
かってん。掃除機、掃除機って言うとるだけやったんやで」
「掃除機?」
不思議そうなタカシの表情が可愛らしい。
「あんな、お餅と勘違いしとってん。ちなみに、ここ、笑うとこやで」
瞬一の軽口にふっと、力が抜けたように三人が笑い、瞬一も息を吐いた。二人
とタカシが険悪になる。それは瞬一にとっても望まない状態だった。仲の良い
三人にはずっと仲良しでいて欲しい。その中に自分も加わることが出来れば、
それが何よりの幸せなのだ。
ソレニ。
「それにな、あれ以来、父さんは母さんに頭上がらへんのや。それって、家内
安全の秘訣なんやで」
「人間の女って、そーゆー時に強いよな」
「うん、うん。特に瞬一の母さんはね」
「結構、強烈キャラだよ、あれは」
エッ? 
なぜ、二人がそんな言い方をするのかがわからず、面妖に思う。 
___会ったこともないのに。
不審げな瞬一に気付き、レンは笑って見せた。
「飴ネタはね、おまえの母さんから聞いたんだよ」
「へっ?」
「時々、電話掛かるから。オレ、こないだ、四十分も話しちゃった。バイトに
行かなきゃって言ってんのに、聞いちゃいないんだから」
「奥さんは暇なんだよ」
「だろうね」
「何で?」
思わぬ展開に声も上ずる。
「オレ、知らへん。何も聞いてへん。何で母さんと電話で話すねん?」
「おまえが悪いんじゃん? 電話掛けてやっても、あー、うーですぐ切るし、
メール送ってやっても、ろくに返事もよこさないって、ぼやいていたぞ」
「親不孝者」
「だって」
「仕方ないから、母さん、御近所さんに電話して、おまえの様子を窺っていた
らしいぞ。で、オレ達のことを知って、慌てて、電話を掛けて来た、と。図書
館で知り合った友達ってことにしておいたよ。お金はちゃんと払ってますって
言ったら、じゃあ、構わないって。さばけた人だな、おまえの母さん。何だ、
ちゃんと愛されているんじゃん? よっ、末っ子。遠くから見守られているん
じゃんか?」
「ヒュー、ヒュー」
「良かったですね、瞬一」
「真っ赤になってるぅー」
「レン、囃し立ててると、また失敗するぞ」
「おお、じゃ、こいつで口でも塞いでおくかな」
わさわさと包みを破り、レンは飴玉を口の中に放り込んで見せる。
「それがいいぜ」
ケラケラ笑う二人の天使と、優しく微笑む天使が一人、同じ車中にいる。
___幸せなんだけど。
かなりこそばゆく、しばらく顔が上げられなかった。

 

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