カン、カンといかにも元気そうな、軽やかな足音が駆け上がって来る。
「レンだけのようですね」
「そう?」
「ただいまぁー。あー。ピー助が大復活してるぅー!」
レンは目敏くインコを見付け、大声を上げると、両手に大荷物を提げたまま、
ドドドとばかりに駆け寄って来た。
「何だよ、おまえ。昨日は元気なさげで、いかにもそろそろ大往生?って感じ
だったのに。ピンピンしてんじゃん?」
随分な言い様だが、もちろん、ピー助が気にするはずもない。両手の塞がった
レンはいつものようにわぁわぁと大きな声で喋り、顔を近付け、挙げ句、ふぅ
っと息まで掛けてやる始末なのだが、ピー助は嫌がるそぶりも見せず、案外、
楽しげに身体を揺すって応えている。
ヤルカ、コラ、クライノ勢イヤナ。
「ねぇ、タカシ」
インコを相手にじゃれていたレンは不意に声の調子を変え、もう一人の天使を
見やった。
「はい?」
「多少の“インチキ”には目を瞑るつもりだけど」
「ええ」
「まさかさ、ギネスに挑戦だなんて恐ろしいことにはなっていない、よね?」
「ああ、はい。大丈夫。ほんの少しだけにしておきました。不審に思われない
程度に」
「ならいいけど」
レンはあっさり納得し、足元へ視線を下ろす。
「デカ長、おまえ、場所を取るなよ。荷物、置けないだろ? ブ〜なんだから
さ」
___デカ長? 
「こいつ、こいつ」
荷物で両手を塞がれたレンが足先で示したのは、例の特大イグアナだ。よほど
タカシを気に入ったらしく、緑色の身体丸ごとタカシの両脚に纏わり付いて、
一向に離れる気が見えない、それ。
「デカ長? それ、名前なん?」
「そうだよ。だって、デカいじゃん? 偉そうじゃん? 落ち着いているし」
「ああ、そう」
安直過ぎて、ケチを付ける気も萎えるというものだ。
「それにしても。随分、大荷物なんですね」
「まぁ、ね。今夜はパーティー気分で楽しもうと思ってね。野天で御飯食べる
の、久しぶりでしょ?」
「ええ。そう言えば、コウは?」
「気になるんだ?」
ニヤリとなぜか、瞬一の方へ笑って見せると、レンはタカシへ向けては普通に
答えてやる。
意地悪ダ。
「コウはもう少し後。熱々をゲットして戻って来るからね。今の内にテーブル
セットしておこうよ。ほら、瞬一、亀君達を全員、ケージに運んどいてくれる
? そろそろ日も暮れて来るし。タカシ、ピー助も籠に戻した方がいいよ」
「はい」

 不動産屋がもし、広告を打つなら。
___こーゆーの、広ーいルーフバルコニーって言うのかな? イメージじゃ
ないけど。
つまらないことを考えながら、せっせと一匹ずつ、汗までかいてケージへ亀を
運び込む。
「これで最後かな?」
九匹目をしまい、ホッとして呟くと、早々と自分の分の用事、インコを鳥篭に
戻し終えていた天使がデカ長を抱えたまま、教えてくれた。
「残念でした。金魚さん達の所に、まだいますよ。棚の下に潜っています」
「ああ、そう。ついでにあと何匹いるのか、教えておいて」
「三匹、ですね」
 イグアナの背中をさすりさすり、極めて満足げな天使に掛ける言葉が見当た
らない。柔らかく美しい微笑。閉じた目を縁取る長い睫毛が頬に影を落とし、
やや薄くて小さな唇が幸せそうに弧を描いている。
___何でそんなに幸せそうなんだよ? オレにはそんな顔、見せてくれない
くせに。
イヤイヤ。
オレダッテ、大事ニサレテイル。
大体、イグアナ相手にヤキモチを妬いては男がすたる。そう思い込もうとした
ところで声が掛けられた。
「ズバリ、好みなんだよ。あーゆーのが好きなんだ、タカシは」
 背後からの突然の声にギョッとし、振り返るとやはり、レンだった。満面に
楽しげな笑みを浮かべ、あっさりと言ってくれるのだ。
「おまえより、デカ長の方に魅力を感じるってこと。わかる? ま、どうでも
いいことだけどね」
「良くないよ!」
瞬一の不満など、レンは歯牙にも掛けない。
「しかし、あれはどうにかしないとな」
「あれ、って?」
「あんなに欲しがられたら、コウの奴、絶対、無理も道理も通しちゃうもん」
「無理も道理もって? どういう意味?」
「デカ長を貰っちゃうって、こと」
「え、だって、あのイグアナ、ここんちのお嬢さんの大事な」
「知ってるよ、そんなこと」
ソリャ、ソウカ。
「何てゆーか、その子豚ちゃんね、コウに借りがあるってゆーか、恩を感じて
んだよ。だから、もし、持ち掛けられたら、うんって言っちゃうと思うんだよ
ね」
「借り? 恩?」
使い慣れない単語の登場に面喰う。
「どういうことなん?」
「つまり、子豚ちゃんが今日、もう昨日なのかな? 時差が良くわからないん
だけど。とにかく、幼馴染みの新郎とめでたく結婚するに至ったそのきっかけ
を作ったのが、コウなんだ」
「天使が縁結びしちゃったんだ? え、子豚って。えぇ、悪いよ、女の人に」
「いいんだよ。コウに子豚、子豚って呼ばれて、本人はもちろん、親兄弟まで
大喜びしてたんだから。五月だったかな? ここでバーベキューしたんだよ。
ここの家族と友人、知人と大勢で。で、子豚ちゃんがすっごく嬉しそうだから
さ、おじさんが『おまえ、林田君に貰ってもらえよ』とか言い出してさぁ」
レンはさも面倒臭そうにため息を吐く。
「思い出しても疲れる話なんだけど。『豚だから見た目、パッとしないけど、
その分、煮ても焼いても美味いからさ』って、コウに売り込み始めんだよ。ん
で、止めりゃいいのにおばさんまで『揚げたら、もっと美味しいから』って。
おまえらの娘はトンカツかよ!って、突っ込み入れたかったんだけど、さすが
に言えなくってさ。当のコウはエヘエヘしてるだけだし。人間界に残るとか、
そんな冗談みたいなこと、言い出されたらどうしようって、ちょっと心配して
いたら、幼馴染みだって、そのお兄さんがいきなり、立ち上がって。『ずっと
言えなかったけど、でも、好きだった。オレと結婚して下さい』だって。何が
始まったのかと驚いていたら、子豚も立ち上がって、泣き出して。『ずっと、
そう言って欲しかったの』だって。そのまんま、二人で自分達の世界に入って
やがんの。意味、わかんないよ。オレ達、皆、置いてけぼりだったんだよ? 
本当、人間ってば、やること、なすこと、おかしくない?」
真顔で問われても、返答に困る。
「オレかて、わからへんわ、そーゆーのんは」
「そうだよな。おまえはまだまだお子ちゃまだもんな。そーゆー心の機微まで
はわからないよな。ま、オレ達も皆が幸せなら、それでいいわけだけどさ」
「え、でも、あの、コウ君は? 失恋、てことは、ないか」
レンはくすり、と笑ったようだ。
「自分から切り出しといて、何、口ごもってんの? 馬鹿だな。御陰でここ、
空いたじゃん? 貸し切りでゆ〜っくり、一晩、楽しめるわけじゃん?」
「はぁっ?」
ソレッテ、マサカ? 
「そうだよ」
レンはあっさりと頷く。
「計画通りだよ。おまえの家にしばらくいるって決めた時に考えたんだよね。
この際だから、タカシに何か、天界じゃ絶対、見られないものを見せてやろう
ってね。つまり、コウはとっても悪い、策士だってことで、よろしく」

 

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