買い物から戻って来たコウも加わり、四人で“仕上げ”に取り掛かる。皆に
指示を飛ばしながら、手先も器用にセッティングをこなして行くレンの様子は
堂に入って立派だし、この手のコーディネーターとして自活も出来そうな才能
には感心もする。
___ヒトには意外な一面があるもんなんだな。あ、天使にも、か。
タカシはともかく、コウまでレンに言われた通り、黙々と作業に励んでいて、
レンがその小ぶりな頭の中で思い描いているだろう出来上がりまであと少し、
完成間近なのだと推察も出来る。
きっと、良い感じに仕上がる。そう予想しながら、しかし、今、瞬一の頭の中
にあるのは、疑問と不満ばかりだった。
何デヤネン? 
その一語が頭の中をぐるぐると洗濯機のように回り続けている。
___おかしい。絶対、おかしい。このヒト達、絶対、頭、おかしいよ。
この光景が明日か、明後日のことだったなら。瞬一も、大人っぽい設えに感激
し、大喜びしたのかも知れない。
___オレだって、満更でもないんだよ。おしゃれだし、良い匂いもしている
し。実際、美味しそうだし。でも、でも。“今日”って日に、これはおかしい
よ。絶対、おかしい。何で、こんなの? だって、今日はスペシャルな夏の夜
なんだよ? いつもとは違うんだよ?
コレジャ、意味、ワカラヘンヨ。
テユーカ、意味、ナイヤン?
「タカシ、暑い? 蒸すんじゃねぇの?」
先程、コウに土産代わりに貰ったうちわでパタパタとこっそり、自分を扇いで
いるタカシを見付け、コウが声を掛けている。納涼花火大会。うちわの両面に
刷り込まれた文字と、いつ、撮影されたものかはわからないが、花火の写真が
イベント性を誇示しているかのようだ。しかし、なぜ、ここまで来て、こんな
ネタバレをするのかと憤る瞬一に、すました顔でコウは言ったものだ。
『だって、本当にいきなり、どどぉーんと来たんじゃ、タカシの心臓が止まる
かも知れないだろ? 天界は静かなんだぜ? 特に果樹園は、な』
アア。
『だろ?』
もっともな話かも知れない。そのタカシはうちわの文字を読み、このイベント
のために来たのだと理解したようだったが、さして強い興味は示さなかった。
『微妙な反応だね』
そう耳打ちすると、コウの方も気にした様子を見せないまま、頷いた。
『天界でお祭りって言ったら、皆で集まって、延々、朗読するとか、斉唱する
とか、そーゆー、人間には理解不可能な大集会のことだし、タカシはそれにも
出たことがねぇからな。近くで何とか祭りがあるんだよって教えたって、興味
なさそうだったもん。大体、花火って、写真で見たって興奮するもんじゃねー
し。あんなもんだろう。実際に見れば、喜ぶよ。綺麗なものは好きだからな』
 意に介したふうもないコウの様子にそれもそうかと思い直す。そして、その
まま、四人で支度を始めたのだが、コウとレンの二人が何か一つ、取り出す度
に瞬一は違和感を覚えていた。
___だって、花火大会なんだよ? 夏祭りなんだよ? 浴衣は無理でもさ、
いや、来年は絶対、何が何でも、タカシの浴衣姿を見てやると心に決めている
けどさ。いや、そうじゃなくて! 夏祭りに何だよ、これ? 謎だよ、あんた
達のセンスって。おかしいよ。非常識だよ。
まず、テーブルクロスが出て来た辺りで、既に違和感はあったのだ。そして、
やけに可愛らしい陶器の食器と綺麗なグラス達。その後を追うように、続々と
出て来た物はと言えば、どう見てもワインクーラー代わりの真新しいバケツに
大量の氷。そこにワインのふりで挿し込まれたサイダー瓶。わざわざオーダー
したとしか思えない籠盛りの白い花々。そして、何よりも。尋常ならざる数の
キャンドルスタンド。その様子は戴帽式と言うよりは、、、。
___どこの霊場やねん?って感じやで。
「休んでいなよ。タカシは発汗し辛いんだから。無理しない方がいい。体内に
熱がこもっちゃったら大変だよ」
「そうそう。ちゃんと水分補給もしておきなよ。タカシ、こーゆー、バタバタ
慌ただしいのに慣れていないから、余計、疲れるよ?」
レンも同じようにタカシに休憩を勧めながら、ふと、何か、気付いたことでも
あるように動きを止め、すぐに素早く振り返った。
ヤバッ。
ピンと来て、レンと目が合うなり、息を呑んでしまった。それは明らかに失敗
だったようだ。レンの顔にふっと、何とも言えない笑みが浮かんだのだ。
___ずっと可愛い顔していてくれればいいのにな。
「おや、瞬君、何か、やましいことでもあるのかな?」
「え、いや、別に」
「そお? 今、オレと目が合った、それだけなのにヤバイって顔したよね?
つまり、オレに“読まれちゃ”マズいことを考えていた、と」
「べ、別にオレ、悪くないし!」
「おっ、逆ギレ? 今回は展開が早いっすね?」
脇からコウが冷やかしなのか、茶化してくれる。
「霊場だって。おまえも大概、失礼な奴だな」
「霊場?」
コウの声に少しばかり考えるように小首を傾げて、だが、すぐにレンは不満げ
な表情を浮かべ直した。
「おまえ、おまえ! 子供じゃなかったらぶっ飛ばしているぞ? 何で、天使
のオレが線香立てなきゃならないんだよ? 霊場って何だよ、それ」
「だって、だって、だって、変なんやもん。おかしいんやもん」
「おまえ、珍しく早口だな」
「本当。テンションが変だね、瞬一君。大丈夫? ま、人間は皆、変と相場は
決まっているけどさ。で、何がどう変で、どこがどうおかしいわけ?」
「だって、花火大会やで? 伝統はないけど、やっぱり、お祭りなんやで?」
この低いビルの下。そぞろ歩き、会場へ向かう人々の楽しげな喧騒がうっすら
と、だが、確かに聞こえている。あの楽しげなさざめきが彼らには聞こえない
のだろうか?
「ほら、下。聞こえるやろ? 浴衣のカップルとか、子供連れの家族とか皆、
ぞろぞろ楽しそうに歩いとるやん? 会場まで行けば、出店出まくりなんやで
? それやのに何で、こんな所で小洒落たイタリアンなんか、並べんねん? 
花火見るのに蝋燭立てて、お祭りやのにピザ食べるんて、おかしいて」
「何言ってんだよ」
レンも負けじと声を張り上げる。
「天界じゃ、お祭りって言ったら、蝋燭立てるのが常識なの! それにタカシ
はあんな人混みの中なんか歩けないじゃん。だったら、ここで買って来た物を
食べる、それが妥当じゃん? 正解じゃん?」
「そ、それはそうやけど。でも、食べるんやったら、他にもっと夏祭りらしい
物が」
「絶対、お断りだからね!」
ピシャリとレンは撥ね付ける。
「ま、それはオレも同意見。お断りだな」
コウまで加わって来た。
「てゆーか、御免こうむるよな」
「そーだよ」
「何で?」
「出店? 露店? 夜店? 何つーの? どれでもいいんだけどさ、あーゆう
人でごった返した所で、知らない人が作った物なんて、口に入れられねぇもん
コウのセリフとは思えない返事に目が点になる。
「そんな潔癖性とちゃうやんか? コウ君、買い食い大好きvやん?」
「失礼だな。オレ達、ちゃんと掃除している店でしか、買わないよ。このピザ
なんか、超綺麗好きの仲良し家族がやっている店で買ったんだけど、“えっ、
コウ君てば、パーティーするの? だったら、あれも、これもお勧めよ”って
持たされちゃって、こんなゴージャスなことになってんのに」
「でも」
「くどいな。絶対、お断り。な、コウ」
「仕方ねぇよな」
「だけど」
「それじゃ」
予期しない声に皆で振り返る。
「瞬一は自分の欲しい物を買って来ればいい。人間には人間の思い入れがある
のでしょう? それは大事にしなくては。ね」

 

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