「ぼさっとしない。さっと行く。今度はちゃんと連れて来いよ」
佐原に急かされ、渋々、一人、リビングを出る。
「ちゃんと聞いとけよ。どこの誰で、どういう経緯で知り合ったのか。そこ、
肝なんだからねっ」
容赦ないレンの念押しにガクリ、と肩を落としながら、階段へ向かうのみだ。
___結局、振り出しかよ? てゆーか、余計なオプションまで付いてんじゃ
ん? 難易度、上がってるじゃん? 
先刻、呼びに行ったタカシを連れて戻れなかったのは、話し中だったからだ。
タカシが携帯電話で話していた相手。庶務だと言う天使が相手だったら、話は
早い。だが、瞬一が一度だけ、会った、その彼らは日本語で話していた。
___普通の日本人にしか、見えなかったし。
コウやレンなら、人の形をなぞってはいても、どこか常人離れした器量なり、
雰囲気がある。堕天使の佐原も、昔の美貌は失ってしまったらしいが、依然、
そこら辺の出来の悪そうな若者くらいなら震え上がらせ、泣かせてしまいそう
な凄味は保たれている。
___貫録勝ちしそうだもん。やたらとスタイルは良いし。フィギュアみたい
なすらっとした体形だもんな。お兄ちゃんも、だけど。あの人、人間なのに、
あの迫力は凄いよな。ああ。またつまんないこと、考えてる。脱線してるよ、
オレ。
モシカシテ。
ブラコンカナ、オレ。
取りとめもないことを考えている間にめざす部屋へ辿り着いていた。くよくよ
したって仕方がない。
___子供の特権。正攻法で行かせて貰います。
一つ、息を吐き、戸を引き、足を踏み入れる。
「タカシ?」
例の天蓋は開け放たれていて、見慣れた光が室内に漂い、当の天使はベッドに
腹這いになって、何やら熱心にパソコンの画面を覗いていたようだ。
「タカシ、今、いい?」
「構いませんよ。ちょうどきりが付いたところですから」
胸の下辺りに並べられている本やノート、3色ボールペン、ポストイットと、
いかにも勉強していたらしい名残に思わず、感嘆する。おびただしい数の付箋
が貼られ、書き込みのなされた書物はどう見ても、初心者用のそれではない。
ダッテ、字チッサイ。
絵ガナイジャン、ソレ。
「もしかしてさ」
「えっ?」
「タカシ、もう、今すぐお仕事、出来そうなレベルなんじゃないの?」
「そんなことはないと思いますけれど」
身体を起こし、ベッドの上に座ったタカシの向こう、文字で埋まっていたパソ
コンの画面がスクリーンセーバーに切り替わる。
「うわぁ。凄いね、それ」
降りしきる雨のような流星の柄に惹かれ、思わず、ベッドに乗り上がる。
「綺麗でしょう?」
「うん。凄く良い。こんなの、初めて、見た。どこでゲットしたの?」
「作って貰ったんですよ」
「誰に?」
もしかすると、チャンスなのではないか? 今なら、ついでに聞き出せるかも
知れない。そう思い付き、慌てて、しかし、こっそりと言い足してみる。
「さっきの電話の人、とか?」
「彼ではないけれど」
「天使、だよね? タカシって、人間の知り合い、少ないよね。さすがに井上
さん達じゃ、無理だもんね」
「ええ。天使ですよ。でも、あの」
「何?」
「レンが心配している、ってことですか?」
やや弱めた声が意味するところ。
「ごめん。ばれちゃった。あのね、タカシが今、勉強しているってゆーのと、
こないだ、庶務のヒト達が荷物を運んで来てくれたってことまで。ごめんね」
「謝らないで。瞬一は悪くないんですよ。黙っていて欲しいって、頼んだのは
僕なんですから、悪いのは僕一人だけです」
「もうちょっと上手くごまかせたら良かったんだけど。ごめんな」
「いいえ。本当に気にしないで。ね?」
「タカシ、叱られたりとか、しない、よね?」
「僕? 僕は大丈夫。でも」
「でも?」
「庶務って言うんですか? 彼らが咎められはしないかと思って」
「はぁ、あ」
何となく、タカシの心配していることがわかったような気がする。
___八つ当たり大王が揃っているからな。
その上、レンは庶務の皆が嫌いな様子だった。
「レン君って、庶務のヒト達のこと、嫌いなみたいだよね」
「そんなつもりはないんだと思いますけれど」
タカシは少しばかり、哀しげに目を伏せる。
「庶務の皆にはかなり、反感を買っているらしくて。それで会わない方がいい
かな、と考えたんです」
思わぬ言葉に思わず、声が跳ね上がる。
「ええっ? だって、レン君って、どう見ても大人気キャラだよ? 近所の皆
に大人気だし、レン君を嫌いな人なんて、いないよ。コウ君なら見かけだけ、
取っ付き難いから、わかって貰えるまでに少し時間がかかるかなって思うけど
「人間相手には相当、気を遣っていますから」
アア。
そう言えば、二言目には階級だ、身分だと人間界ではあまり親しみを覚えない
言葉を使っていた。
「南ッ側の天使の方が身分が上なんだ」
「そうですね」
それで庶務の天使達は果樹園の天使、タカシを前に、緊張しきりだったのだ。
___レン君より、更にずっと、ずっと上じゃ、な。普通の天使はタカシの靴
の先も見ちゃいけないって言っていたような気、するもんな。
「呼びに来てくれたということは下に、下りた方がいいんですよね」
「うん。お茶にしようって」
「わかりました」
 タカシは散らばったプリントを拾い集める。ふと、その内の一枚を見咎め、
瞬一はパッとかすめるようにして、タカシの手元から抜き取った。
「何、これ?」
聞いてみるまでもなく、世界地図だった。それは間違いないのだが、明らかに
大陸の形が瞬一の見慣れた今の物とは違っている。
「昔の地図ですよ」
「そうだけど」
するり、とベッドから降り立ち、タカシは白い手を伸ばして来た。
「ああ」
促され、瞬一が地図を返すとそれも加え、自分の勉強道具を一つにまとめて、
タカシはベッド脇の小さな台に置いた。
何ダロウ? 
面妖だと思う。子供扱いされる分、自分と彼との間に、彼が隔たりを用意する
ことはなかったし、そんなことはされないものだとばかり、思っていた。
デモ。
今は薄く、その隔たりを感じている。認めたくないが、今、実際に感じている
この違和感の正体はきっと、タカシが築いた壁なのだ。
「タカシ」
「何でしょう?」
「本当のところ、何をしようとしているの?」
「何って。医学用語の」
「それは知っている。聞いたもん。でも、パソコンが欲しいんなら、レン君に
言えば良かったし、しばらく勉強に励むから、井上さん達の家には行かれない
って言えば、皆もあんなに慌てる必要はなかったんだよね。タカシらしくない
よね。そーゆー、ヒトに心配掛けるようなこと、するなんて」

 

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