「心配を掛けたかったわけではないのですけれど」
「けれど?」
促してみたものの、俯いたタカシはそこから先を繋ぐつもりはないのか、押し
黙ってしまった。
「ねっ、それって、オレには言えないこと? オレが子供だから? 言っても
意味がないってこと? 役に立てないから? それとも、オレに言うと筒抜け
になるから? そうだよね。この頃、皆、オレの心の中、勝手に読んだりとか
はしなくなったけど、でも、オレ、誘導尋問ってやつにめっぽう弱いもんね。
結局、全部、報告しちゃうんだから、大事なことは言えないよね」
タカシはパッと弾かれたように顔を上げた。
「そんなつもりもありません。でも」
再び下ろしてしまった視線を追う。
「でも?」
「皆に言えば、止められるでしょう? 反対されては、上手に説得と言うか、
それ以上、したいと主張する自信もなくて。それに」
「それに?」
「仕事が欲しいと思う僕の気持ちは、わかって貰えそうになかったし」
「タカシって、本当に仕事としてやるつもりだったんだ? 暇潰しとかそんな
程度じゃなくて?」
「僕は仕事がしたいんです」
タカシは至って真面目な顔をしていた。
イツモ真面目ダケド。
「でも、何で? タカシって、生活費って言うの? ちゃんと天界からお金を
貰っているんだよね」
「ええ。何の仕事もしていないのに、コウやレンより、多く頂いています」
辛そうな様子を見て、ようやく気付く。仕事をしていない状態で、“給料”を
貰うことにやましさを覚えているのだ。その気持ちはわからなくもない。
___真面目なヒトだもんな。ラッキー、なんて気楽なこと、思えないよな、
このヒトじゃ。
理解も、納得も出来た。そして、タカシが居心地の悪さに苛まれているのだと
したら、何が何でも今すぐ、そこから開放してやりたかった。
「くれるって言うんだから、受け取っても、罰は当たらないよ。ほら、オレが
親から仕送りって言うか、銀行振り込みだけど、生活費を貰っているのと同じ
ようなもんだろ?」
「全く違いますよ」
存外にタカシは強く否定して来た。珍しい。
「仕送りとは意味合いが違います。瞬一は学生だから、毎日、学校へ行って、
お勉強をして、高校生としての普通の生活をすること、それがお仕事でしょう
? 毎日、映画館とか、アミューズメントパークとか、そんな所に通っていた
ら、お仕事はしていないと言うことだから、当然、御両親は報酬と言うのか、
その仕送りはしなくなるのでしょう?」
「まぁ、そうかも知れないけど。でもさ、タカシだって、ちゃんとお仕事して
いるよ」
「どんな?」
「一人暮らしのお年寄りの家にお手伝いに回っていただろ? それに。第一、
この家のことだって、すんごい頑張ってくれているじゃん? オレさ、毎日、
美味しい物ばっかり食べられて、超幸せなんだよ。掃除もしているし、洗濯も
しているし。ほら、タカシ、十分、働いているじゃない? ボンヤリしている
間も、遊んでいる暇もないくらい、頑張っているんだもん。安心して、気持ち
良く受け取ればいいんだと思うよ。無駄遣いしているわけじゃないんだし」
「でも」
「もちろん、仕事をしてみたいって気持ちがあるんなら、すればいい。タカシ
が習っている、電話の相手が天使なら、皆だって、別に不服は言わないと思う
よ。ただ、タカシのことが心配なだけなんだから」
「そんなふうに下の三人が割り切ってくれればいいのですけれど」
「大丈夫だよ。すぅ〜ごいヤキモチ妬き揃いだけど、タカシのことが大好き!
なだけなんだから。だから、きっとタカシの幸せ、一番に願ってくれるよ」
「瞬一って、、、」
大ぶりな目を少しばかり細め、若干、冷めた様子でタカシは瞬一を見やる。
「な、何? 何で、そこで黙んの? ビックリするだろ? 教えてぇな」
「あのね、瞬一って、大人になったら、案外、佐原に似て来そう、ですよね」
「ええーーッ。嫌や。何でやねん? 不吉なこと、言いなんなや。似てへん。
絶対、似ぃひんから。有り得へん」
「だって、佐原、昔、子供の頃、そういうことをわりと普通に言っていました
よ。だから、似ているんじゃないのかな」
「ええっ」
瞬一の悲鳴には構わず、ポスン、と自分のベッドに腰を下ろし、タカシは一つ
息を吐いた。それに倣い、瞬一も隣に座って、言ってみる。もう一頑張りなの
だ。
「大丈夫だと思うよ。だって、こんなに一所懸命、猛勉強しているのに今更、
ダメだなんて、そんな鬼のようなこと、言わないよ。何たって、あー見えても
皆、天使なんだから」
フフッ。
タカシは肩の力が抜けたのか、小さく笑ったようだ。
「そうですね」
「そうだよ、本物なんだから。あっ、そうだ。勉強するんだったら、ちゃんと
机に着いてやらないとダメだよ。あれじゃ、お祖母ちゃんに叱られちゃうよ、
お行儀が悪いって。オレの机じゃ、使う時間が被るか。そうだ。父さんの書斎
を使えばいい。ここに机を入れてもいいけど」
くるりと見回して、思案する。狭い部屋でもないが、天使のベッドは大きく、
その上、大きな鏡が備え付けられたチェストが一つ、加わっているのだ。そこ
に更に新たな机を入れるのは面倒な様子だった。
「置けないこともないけど。どうかな? 雑然としちゃうよね」
「ああ、瞬一。机って、苦手なので、このままの方がいいんです」
「苦手?」
意味がわからずに首を捻ると、タカシは微笑んだ。
「椅子に座ると、どうしても翼の裾が床に当たるでしょ? あの擦れると言う
か、床に触れている感触が苦手なんですよね。果樹園ではずっと立ったままで
過ごしていましたからね」
立チ仕事ナンダ。
「へぇ。でも、人間の姿になって、やればいいんじゃないの?」
「それが」
タカシはばつの悪そうな様子を見せる。
「何?」
「翼を“隠す”方にばかり、力を使ってしまうらしくて。ぼんやりしてしまう
んですよね。とても暗記なんて出来なくて。だって、時々、九九で考え込んで
しまうんだもの。お手上げでしょう?」
意外に可愛らしいことを言う。そう思った矢先だった。タカシは思い掛けない
ことを呟いたのだ。
「91×27で考え込むようじゃ、ダメですよね」
エッ? 
91×27?
「それ、九九なん? 違うやろ? 九九言うたら、9×9で終わりやで?」
「まさか」
タカシは冗談と取ったのか、ケロリと言ってのける。
「九九って言ったら、九十九段まで唱えるものでしょ? 1×1から始まって
99×99まであるって。レンに習いましたよ」
「―」
軽く貧血を起こしそうだ。
「瞬一?」
「タカシ、着替えてから下りるよね?」
「ええ」
「じゃ、オレ、先に下りてる」
「はい」
 タカシを残し、部屋を飛び出して、バタバタと駆け下り、居間へ走り込む。
三人は既に食事を終え、リビングでケーキ皿を広げ、見るからにスタンバイ中
だった。
「レン君、91×46は?」
「4186」
即答カヨ! 
「マジでぇ?」
「何、今のアホ臭い質問は? 唐突だし」
「じゃ、27×16は?」
「432」
秒殺ヤ。
「藪から棒だな」
「何の騒ぎだよ?」
じっ、とコウとレンに見据えられ、久々に読まれた、と感じる。
「おまえ、オレ達、天使をメルヘンの世界のお馬鹿な住人だと思ってたんじゃ
ねーの? 失礼だな」
「なるほどね。果樹園の天使は試験勉強とは縁がないもんね。案外、猛勉強を
今、エンジョイしてんのかもね」
「てゆーか、タカシが黙っていたのはおまえの評判をこれ以上、下げないよう
にって、気遣いからだったんだな、レン」
「オレの評判は悪くありません! 完璧だもん。絶対、タカシの勘違いだよ」
「知らぬが仏って言うけどな」
ボソリと割って入った佐原の余計な一言にレンが眉を吊り上げ、跳ね起きる。
「タルト、やんないからね!」
「えーーッ。ごめん。ごめん、レンちゃん。レンちゃ〜んっ、許して!」
両手を合わす様子を見て、レンは満足げに頷いた。
「よし。許してつかわそう。ついでにま、精進したまえ、受験生」

 

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