「似てへん。絶対、どっこも、少しも似てへんから!」
「即答かよ?」
「しかも超〜嫌そう」
「自慢のデコに髑髏マークが浮き出てるぜ?」
「おいおい。もう少し会話としてだな、こう、リズムを楽しめるようにそぉ?
くらいのこと、返せよな。それじゃ、プツッと切れちまって、盛り上がれねぇ
じゃねーかよ」
「そうだよ。別にぶちゃいくな子に似てるって、嫌がらせ、言ってるわけじゃ
なし。この子、ハーフっぽくて、いけてるクチじゃん? クラスじゃ、おまえ
とこの子が一番、二番、はて、どっちだろうって、そんな感じなわけだし」
「嫌や。絶対、嫌。そんなんに似ているくらいなら、デコでええもん」
「強情な奴だな」
「末っ子だからな」
「案外、主張するよな」
「関係あらへん。大体な、そんな何でもかんでも末っ子やからって、一括りに
したら、世界中の末っ子に失礼やで」
「おお、意外な正論で来たぞ」
「こいつ、結構、打たれ強いよな」
「もしかして、抵抗力が付いた?」
「それって、オレ達のおかげなんじゃない?」
「普段の御指導の賜物ってやつ?」
「おーっ」
「うっるさい。何でもええけどな。オレは絶対、そいつにだけは似ていません
から!」
「はぁ、つまり」
「これが、ね」
いい加減、ピンと来たらしく、したり顔で頷くコウとレンに気付いて、佐原が
小さく首を傾げた。
「何?」
「ああ、佐原君は知らないんだ」
「何よ? 教えてよ」
「あのね、瞬一、幼稚園に行っている頃、この子、レオ君に苛められていたん
だって。すっごく悔しい思いしたんで、ちょいと恨みに思っているらしいんだ
よ」
「苛められた?」
聞き返す佐原に合わせて、タカシの顔がすっと曇ったと気付く。むしろ、痛み
を覚えたような表情に驚き、慌てて、口走った。
「苛めって、そんな、昔、流行ったドラマみたいな深刻なんじゃないからね。
所詮、幼稚園児の世界だから。弁当箱、がーっと揺すられて、中身が滅茶苦茶
になったとか、せっかくきちんとたたんで置いた服をぐちゃぐちゃにされて、
先生にちゃんと出来ていないって、叱られたとか。あとね」
「おまえ、恨みがましく全部、覚えてんの?」
コウのやや冷めた声音にぐっと、息を呑む。
「だって」
自分でも多少、恥ずかしいことだと自覚はしているのだ。
昔ノコト、ヤモンナ。
デモ。
「でも、毎日、毎日、オレにばっかり、だよ? 何が楽しくて毎日、幼稚園に
通ってんのかっつったら、オレのこと、からかうのが楽しくて、通ってんじゃ
ないかってくらい」
「泣くなよ」
「泣いてへん!」
「こんなに口応え出来るのに、何で? 同学年なら当たり負けしないだろ?」
不審げな佐原にレンが教えてやる。
「こっちに越して来たばっかりで、大阪弁から東京弁に切り替えようとしてた
んだけど、まだ上手く喋れなかったんだよ。元々がお祖母ちゃん子で、猛烈に
自分をアピール!みたいなこと、苦手だし、結構、恰好つけたがりじゃん? 
だから、かえって上手く行かなかったみたいだね」
「そんな解説、いらんから」
「まぁ、人間の寿命的スパンで考えるとつい、こないだの出来事で、そう簡単
に恨みつらみが消えるもんでもないんだろうけど」
コウがそう切り出し、それにレンが続く。
「でも、敢えて一言、言わせて貰うけど」
「何?」
「その子、おまえが羨ましかったんだよ」
「えっ?」
思わぬことに目を見開く。
「な、何で? だって、向こうの方が背が高くて、運動神経すっごく良くて、
顔だって派手で。それに何より、そうだよ。ものすっごく要領が良くて、大人
受け抜群で。クラスの人気者やってん。そんなんが何で、オレなんか、、、」
「彼にはおまえの方が幸せに見えていたんだよ、きっと」
「だから、何で?」
「おまえは毎日、お祖母ちゃん特製の可愛いお弁当持って、父さんと母さんに
代わる代わる送り迎えして貰って。どうかすると、たまには三人一緒にお迎え
に来て、そのまま、家族連れでお出掛けvとか、していただろ?」
「そんなん。だって、レオ君かて、お弁当持って来ていたよ、普通に。他の子
とも、オレとも何も変わらんかったよ?」
「買った物を毎朝、詰め替えて来ていたんだよ、自分でね」
「自分で?」
「そう」
レンは目を伏せた。長い睫毛がレンの頬に陰を差し、すぐに見開かれて、陰を
隠した。
「彼、寂しい子供だよ。写真を見れば、わかる。傍に誰もいないんだ。おまえ
みたいに“囲まれて”いないし、“包まれて”もいない。孤独だよ。この子の
母さんにはいっぱい、いっぱい辛いことがあって、それで贅沢な幼稚園に息子
を通わせることはきっと、彼女の心の慰めになることだったんだろう。でも、
この子にとっては余計、仕事に母親を取られて、寂しい思いをするだけの結果
になったんだろうね」
「お父さんは? 確か、外国にいるって」
「瞬一。子供だって、嘘を吐くよ。自分が捨てられた身だなんて、絶対、誰に
も知られたくないと思うものだから」
レンの哀しい眼差しに圧倒され、それ以上は何も言えなかった。知らなかった
こと。その事実が胸に重かった。
「好きになる必要はないけれど。でも、もし、今度、会うことがあったなら。
その時は彼の幸せ、祈ってやんなよ」
「うん。そうする」
「それじゃ、飯の続きを楽しむとするか。実は昔、洋菓子職人だった井上さん
御指導の下、タカシが手ずから作った熊さんケーキにローソク、立てなきゃ」
「着火マン、用意した?」
「ばっちし」
元通り、テーブルに戻ろうとする天使達の背に今、翼は見えない。
デモ。
本物ナンヤナ、ヤッパリ。
「瞬一?」
ふと振り向いたタカシと目が合う。
「どうしたんです?」
「わぁっ。何だよ、瞬一。マジで? マジで泣いてんのぉ?」
バタバタと駆け戻って来たレンに覗き込まれ、ばつの悪さに顔を伏せる。
「どうしたの? 腹でも痛いの?」
「ちゃうわ」
「じゃ、何? もしかして、オレ達の優しさに感激しちゃった?」
「そやないけど」
「あれれ? 違うんだ?」
カク、とばかりに折れて見せるレンのおどけたしぐさにタカシも緩やかに目を
細める。
「オレ、大して不幸でもなかったのに、三人も天使を独占しちゃって、いいの
かなと思って」
「いいんじゃないの? オマケにウザイのが付いて来ているから。プラマイ0
ってことで」
「え、レ、レンちゃん? それって、もしかして」
「それ以外には考えられないんじゃないでしょうか? ね、大先輩」
「酷いわぁ、コウちゃんまで」
泣き崩れる真似はもう見慣れたものだ。
「さ、アホは放っといて。飯だ、飯」
「あ、そう言えば」
レンがまた何か、思い出したようだ。
「何?」
「ママさんが『お兄ちゃんの連絡先、教えて』って言っていたよ」
「はぁ?」
「何、色男の兄ちゃんは失踪でもしてんのか?」
茶化す佐原には取り合わない。
「電話の所にメモ、挟んであるけど」
「番号、わかるんだ」
レンは好奇心でいっぱいらしく、目を輝かせている。
物好キ。
「オレ、近所で評判の色男の声、聞いてみたいなぁv」
「電話、掛けたらええやん? でも、どうせ、秘書の人の番号やから___」
「「「ひぃぃしょぉぉお?」」」
あまりにも見事に揃った三人の、少しばかり間抜けな合唱に遮られ、それ以上
は告げられない。
「何だとぉ?」
「なぜ、若い画家に秘書がいるんだぁ?」
「有り得ない。画家で、若い=赤貧→病気。よって、オレ達の出番!と相場は
決まってんだぞ」
「そんなの、知らんわ」
「で、で? 何で、秘書なんかいるの?」
「お兄ちゃんて、元々、お金持ちやねん。お兄ちゃんの母方のお祖父ちゃんだ
か、お祖母ちゃんの遺産が入ってて、高校生の時にはもう、父さんよりお金、
持っとったらしいねん」
「わぁお。だから、オレは関係ありませんって、顔して写真に納まってんだ」
「じゃ、絵は道楽なんだ?」
「知らんけど。何か、パーティーとか、顔出すだけでポン!って、お金になる
らしいよ」
「それって、ヤ〜バイアルバイト、してるっつーことなんじゃねーの?」
佐原の質問を解せず、瞬一が瞬きしている間に、両側から二人の平手が飛んで
いた。
「「痛っ!」」
二人分の悲鳴が上がり、すぐさま、それは怒声に変わる。
「馬鹿石頭!」
「何だよ、それ。今度は金槌で一発、お見舞いしてやるからな」
「いいよ。オレはヤワじゃねーから。ま、いいか。瞬一は今のところ、うぶな
男の子っつーことで」
「じゃ、飯にしようぜ。ああ。一体、何度目なんだよ、このセリフ」
「本当、本当」
食卓に戻り、それぞれのフォークを手にしたところで、ようやくタカシが口を
開いた。
「あの子」
「あの子って?」
「レオ君、なんですけれど」
「何、好みなの?」
チラリ、と意地悪く瞬一を見やった上でレンが聞く。
「見掛けたことがあるような、気がするんです」
「えーーっ。何で? どこでぇ?」
「瞬一、声がでかい。うるさいよ」
「何言うとんねん? いつもレン君、こんなもんやないやろ?」
「そぉ?」
「そんなことより、どこで?」
コウに促され、タカシは先へ進む気になったようだ。
「どこって、場所までは。でも、佐原に会う前だったように思うんです」
「佐原君に会う前って言ったら、花火大会の前か。タカシ、そんなにあちこち
出掛けたことがなかったよな」
「最近じゃあないよね。でも、瞬一に似ているんなら、車から見掛けただけで
も、記憶には残るんじゃない?」
「そうかも知れないな」

 

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