「ま、同じ幼稚園に通っていたっつーことはつまり、同一エリア内に居住して
いたっつーことだから、擦れ違ったっておかしくはないつーわけだよ」
「まぁ、ね。せいぜいバスで移動可能な辺りが生活圏ってことだからね。佐原
君の日本語はか〜な、り、おかしいけどね」
「ま、色々と試してみたいわけだよ」
「何を?」
「リズムを、だよ。どこかにもっと、こう、ウッキウキ、ワックワクして来る
ような、すっげぇいかした楽しいリズムがあるんじゃないかと思って。色々と
試してみたいわけだよ」
「あるかも知んないけど、付き合う方は結構、迷惑だよ。ウザいもん、それ」
相変わらず、レンはけれんみなく、さばけた気性のようだ。ばっさりと切って
捨てられた恰好の佐原はへなへなっとその場に崩れ落ちたが、そんなポーズを
作って見せても、それもやはり、結局はお遊びに過ぎない。
仲、エエモンナ。
つまり、二人はじゃれ合っているだけなのだ。ふと、レンは真面目な顔付きに
変わり、瞬一を見やった。
「おい」
「ん?」
「レオ君が近所にいるのか、いないのかは知らないし、そんなこととは関係の
ない話だけど」
「うん」
「オレ達は絶対、タカシを一人にはしない。おまえも、おまえに出来る範囲で
いい。協力してくれよな」
「うん」
「今は佐原君もいるから、シフト的にはどうってことはないけどね」
「あ、そうだ。一つ、瞬一に言っておくことがある」
思い出したように佐原が切り出して来た。
「何?」
「万が一、おまえ一人の時に何か、手に余るようなことがあったら。その時は
何が何でも、三十秒稼いでくれ」
「三十秒?」
「ああ」
佐原は簡単に頷き、今度はタカシを見やった。
「タカシ。あんたも、わかっているよな? そーゆー時は瞬一には構わないで
いい。ちゃんと自分の“ベッド”まで逃げ込むんだ。瞬一だけ残していけない
とか、寝言言うんじゃないよ。いい? こいつはぽわんとした、のんきな顔は
しているけど、実際は運動神経抜群だし、意外にガラも悪い。タカシを庇おう
なんて殊勝な真似をしなければ、まず、大事には至らない。わかる? あんた
に傍にいられたら、瞬一はあんたを庇うだろう。つまり、瞬一の足手まといに
なるんだ。そんなの、嫌だろう? こいつにケガをさせたくないと思ったら、
あんたは速攻、自分のベッドまで逃げること。それだけ、やってくれたら大丈
夫だから。いいね」
タカシはまず、瞬一の顔を見、佐原を見て、頷いた。
「わかりました」
「なら、大丈夫。心配いらない」
佐原はその返事を得て、すっかり安堵したように見えた。
デモ。
「何で? 何がどう、大丈夫なのさ? そりゃ、三十秒あれば、タカシの下手
なテレポーテーションでも、ベッドまでは辿り着けると思うけど」
レンは不思議そうだ。
「コウ、わかる?」
「いや」
「おおっ。やっぱり、未だ知らないか。そうだよな。そう言えば、もう少し先
のカリキュラムで習ったような気がするもんな。うむ、懐かしいぞ、あの」
「回顧録はいいから、早く教えてよ」
「ああ」
佐原はへこんだ様子は見せたものの、素直に口を閉じ、改めて、また開いた。
「タカシのベッドはな、さすがに天界までは無理だけど、ある程度、つまり、
人間界の外までなら、一気に抜け出せる仕掛け付きなんだよ」
「えーーっ」
「だから、あいつがわざわざ持たせたんだろう」
「人間界の外って、どこ?」
「たぶん、冥界の蓋よりは天界寄りの、あの辺りだろう。魔界側じゃなきゃ、
人間界にいるよりはずっとましだし、すぐに兵隊達が駈け付けられるだろ?」
「なるほどね」
レンは二、三度、大きく頷いた。
「それじゃ、過敏な心配は無用ってわけだ」
「そうなるな」
「じゃ、これからはもっと気を楽にして、ゆっくり、のんびり毎日を楽しめる
ね。あんまり心配しなくてもいいってことなら」
「ああ」
「良かった」
安心したらしく頷いて、レンはあまり話に食いついて来ない相棒を見やった。
コウは無言のまま、食事を続けていたようだ。
食ベルノ、遅イシ。
「コウってば、よっぽどお腹、空いていたんだね」
「だって、オレ、今日、本当、忙しかったんだよ。佐々木の婆さん、人遣いが
荒いし、仕事先は病欠と結婚式で休みが一人ずつ。その上、急な葬式で休みの
人まで出て。もうわけがわかんないくらい、忙しかった。飲まず食わずだぜ、
ったく」
コウはそれでも未だ、ぺたんこの腹を擦り、小さく息を吐いた。
「ようやく生き返ったって、そんな感じするもん」
「大変だったんだ。じゃ、これもあげるね」
「サンキュー」
 コウのプレートに自分の分から一つ、から揚げを取って、のせてやる様子は
微笑ましい。
「はぁーーっ!」
唐突な佐原の大声に二人はピタリ、と揃って、非難を返した。
「何事かと思うだろ?」
「馬鹿、うるせぇよ」
「わーかった。瞬一が幼稚園の時、上手く喋れなくて、なじめなくて困った。
苛めっ子もいた、の苛めっ子がレオなんだ」
「何、今頃、言い出すんだよ?」
「さっき、気付けよ、御老体」
「鈍いね」
「終わってるよね」
言いたい放題の二人は自分の分のプレートに意識を戻してしまい、もう大して
佐原を構ってやる気もないらしい。
「あ、タカシ、ちゃんと食べときなよ。冬は風邪が流行るからな」
「そうだよ。瞬一は栄光の受験生だからね」
「一人ダウンすると家中、大変なことになるんだから。心配掛けちゃいけない
し、うつすなんて尚、いけない」
「わかりました。気を付けます」
「瞬一も食べときなよ。体力勝負になるんだろ?」
「もう既にか、な、り、食べているよ?」
「あ、そう?」
「オレ達、相当、食べとかないと身体がきつくなるからな」
「それに合わせて食べていたら、今にオレ、豚になるじゃん?」
「いいじゃん? なれよ」
「はぁ?」
「瞬一なら、可愛い白子豚になれるね」
「今時、流行りは黒!らしいけどな」
ケタケタと笑う三人と目を細め、微笑んだだけのもう一人。
「でも。食べるって、重労働だよね。疲れるよ」
ポツン、とレンが呟いた一言は本音だったらしい。
難儀ナンヤナ、天使モ。
___旅先で病気になりたくないってゆーのと同じ感覚かな。人間界なんて、
天使にしてみたら、野蛮な所なんだろうし。そりゃ、何が何でも健康でいたい
よな、やっぱり。

「タカシは?」
食後、ソファーに移動して、騒いでいる内にタカシは一人、眠りに落ちていた
らしい。ふと気付くと、あまりにも静かな寝息を立てていた。
「どうする?」
「少し眠らせてから、起こそうか? 寝入ったばっかりじゃ、起こすのもな」
「そうだな」
「何か、掛ける物を取って来るよ」
駆け出したレンはすぐに戻って来た。
「タカシがこんなにぐっすり眠っているの、初めて見るよね。疲れているのか
な」
「いや。だいぶ慣れたってことなんじゃねぇ? そばかすも消えたし。具合は
悪くなさそうだ」
連れ立って、ダイニングへ戻る。

「瞬一の情報によると、タカシの古い地図集めは結局、自分の育てた魂の所在
地を知りたいってことらしいな」
「そんなこと、言っていたな」
「そーゆーのもあるのかも、な」
「タカシの担当した魂は大抵、西ッ側の天使になるらしいからな」
「西ッ側なら。心配は心配だろうからな。居場所くらい、知っておきたいって
心理はわからなくもないか」
「じゃ、地図に関しては不問に付すってことで、落着?」
「ああ。問題ないだろう」
「でもさ」
レンが佐原とコウの会話に加わる。
「ノートパソコンってゆーのが気になるんだよね」
「現物は未だ、瞬一しか見ていないんだよな」
「そう」
三人はチラリ、と瞬一を見やった。
「勉強するには必要な物だって、そこんところはわかるけど」
「勉強以外にも使えるもんな、あれ」
「そうだよ。だって、見せてくれないってゆーのが気にならない?」
「なるね」
「他のことには警戒心がないって言うか、無頓着だからな」
「携帯電話なんか、見放題だもん。瞬一が毎日、駅から、学校から、塾から、
暇さえあれば送って来る、“今日の御飯、何? えっ、カレー? やったぁ。
\(^o^)/急いで帰るねv”みたいな、お馬鹿メールも見放題」
「勝手に見るなや!」
「だって、そこにポン、って置いてあるんだもん。見ていい?って聞いたら、
はいって言うし」
「タカシは悪くない。人のメール読んで大笑いするレン君だけが悪い!」
「何でぇ?」
「声が大きい」
コウにたしなめられ、二人してしゅん、と小さくなる。
「つまり、携帯電話にやましいことはない、と」
「そうなるな。だが、パソコンの方はわからない」
「誰かと連絡を取っていても、このまんまじゃ、オレ達には把握出来ないって
わけだ」
「ああ」
三人の視線が瞬一の顔の上に集まった。
「何で、オレを見んねん?」
「君の出番かなと思って」

 

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