ヘッドホン越しに聞いている言語はドイツ語。それを聞きながらサラサラと
メモ帳に走り書きする文字は英語。そして、そのメモを持ち帰り、清書すべく
ワープロ打ちする際には何気なく、漢字ばかりの日本語にすり変える彼の頭の
中は一体、どういった構造となっているのだろう? じっと見つめてみたが、
集中しているらしく、瞬一のやれ、粘着質だ、変質者だ、男前じゃなかったら
絶対、通報されている、などと散々、レンに揶揄される視線にさらされても、
タカシがそれを気に留める様子は全くない。紅茶色の髪が目に掛かりそうなの
だが、それすら気にしたふうもなく、タカシはせっせとペンを滑らせている。
実際、瞬一は今、タカシの瞳に映った文字が読み取れそうな距離にいる。それ
にも関わらず、身体の近さは大した効果を生みそうにもなかった。
コッチ、向ケ! 
コッチ!
切ない念を送ってみたが、やはり、気付きもしなかった。
当然カ。
彼には納期が迫っている。到底、構って貰えない。そう見切りを付け、渋々、
焚き火を囲む二人の方へ歩き出す。良く晴れた冬の昼下がり。風もなく割合、
暖かで、他に人影もない境内はひどく平和だった。
___オレが寂しい、思うとるだけで。
「何だ、構って貰えねーのか?」
「うん。ダメやった。心頭滅却しとるよ、あれは」
「何だ、それ?」
くすくすと笑うコウの足元、しゃがみ込んだレンは焚き火に突っ込んだ火箸を
ひっきりなしに気忙しく、かき回していた。
「いじくり過ぎなんと違う?」
「聞いちゃいねーよ。こっちも心頭滅却してっから」
ふいにレンが口を尖らせた。
「聞いてますぅ」
「へぇ、そう?」
「聞いていないんじゃな、く、て、聞き流していたの! だって、コウの話が
つまんないから」
さすがに魂の片割れなだけあって、言うことが大胆だ。コウが相手なら、他の
誰でも気を遣う。どこに行っても、店員はコウにだけは気を払う。レン曰く、
人間に警戒心を持たせるようではまだまだなのだそうだが。
___そう言えば、佐原君は全く警戒させないヒトやったもんな。あれも本当
は修行の賜物やったんかな、単なるオチャラケやのうて。
「はぁぁ〜あ。佐原君、今、どこら辺にいるのかな? もう沖縄、着いたかな
?」
「着くわけねーだろ? 一昨日、関門海峡だって、写メ、送って来てたじゃん
? 第一、東京の寒さを避けて、わざわざ御出立してんだぜ? 避寒目的なん
だから、これからが本番だよ。大体、土台が図々しいんだから、きっと今頃、
あちこち通りすがりの家に上がり込んじゃ、民泊を楽しんでいるに違いない」
何カ、見エルワ、ソノ光景。
「案外、そこんちの御主人と意気投合!とかしちまって、毎晩、一升瓶空けて
いるクチだな、ありゃ」
「そぉーだよね。あのヒト、超〜快楽主義者だもんね。楽しいことが大好き!
オヤジだもんね。毎晩、歌って、踊って大騒ぎしてんだよね、きっと」
「おまえも“そう”してぇーんだ?」
「は? 何、言うの? オレはあんな、ちゃらんぽらんキャラじゃないもん」
レンが大きく動く度、胸に垂らしたリングが揺れる。結局、大き過ぎる指輪は
ペンダントに化けたらしい。
「はぁー」
無意識らしいが、また口を突いて出て来たため息は本音なのだろう。この一ヶ
月、レンのため息を聞かない日はなかった。
「レン」
「何?」
「そんなにオッサンが恋しいんなら、今からでも追っ掛ければ?」
「はぁ? 何、言い出すんだよ? オレがいないとコウ、一人じゃ困るじゃん
?」
「困らねぇよ。だって、オレ達、今、休職中だろ? タカシもすっかり忙しく
なっちまって、瞬一すら取り合って貰えない有様なんだぜ? 手間はねぇよ。
こいつ自体、来月にはあらかた雌雄を決し終えるんだし」
「言い方が古過ぎやけどね」
「この調子なら、オレがたまに仕事を休むか、何かすれば十分、こなせるさ」
「最近、庶務のヒト達もよく来るし、バックアップ態勢は万全やと思うで」
「あいつら、佐原君がいなくなった途端、大手を振って毎日、来やがる」
「やっぱ、佐原君は怖い存在なんや?」
「てゆーか、不気味? ある意味、モンスターなわけだし」
「お調子者にしか見えへんのやけどな」
「顔で得してんだよ、あれは」
「お芋っていつ、焼けるんだろうな」
レンはコウと瞬一のやり取りなど、まるで聞いていなかったように呟く。
重症ヤナ、コレハ。
「本当、レン君、ちょっと行ってみたら? レン君を見たら、きっと佐原君、
涎でも垂らして喜ぶよ?」
「おまえぇ。例えが汚いよ、瞬一」
「だって。うヘッとか言いそうやん?」
「まぁね。瞬一みたく、オデコに吸い付かれないように気を付けなきゃ」
「本当やで。ちゅぅぅって、聞いたこともないような音がしたんやから。思い
出しても、まだぶるるってなるもん」
「クワバラクワバラって感じ?」
「そんなん、聞いたこともないけどな」
「そぉ?」
「レン君って、友達の平均年齢が高過ぎなんと違う?」
「失礼だな。下の方はおまえと同じ受験生だぞ? 高校受験組だから、おまえ
より、よっぽど若いんだから。あ〜っ、ダメだ。受験生を置いて、旅になんか
出ていられないよぉ。受験が終わった頃、家庭教師が帰って来ても意味、ない
じゃん?」
「馬鹿、おまえは飛行機で行くんだよ」
「え、車で追うんじゃないの?」
「おまえの超低速ノロノロ運転でいつ、追い付くんだよ? 佐原君がいっくら
道草食ったって追い付くわけがねーじゃん? おまえはピンポイントで行く。
いや、むしろ、待ち伏せにするんだよ」
「なるほど。コウってば、賢い! それなら行き違いもしないし、逃げられも
しない。オレも事故、起こさないで済むし、まさにパーフェクトだね」
「そうだな。おまえが長距離運転すると思ったら、飯も喉を通らねーもんな」
「素直にレンがいないと寂しいって、そう言えばいいのにぃ」
「そんなわけねーだろ?」
「あれ、コウ君、顔、赤いで?」
「うるさい、デコ」
「あーっ、何でオレが叩かれんねん?」
「デコが出てるからv」
「レン君!」
「にぎやかですね」
 振り返ると、盆に湯飲みを幾つか載せて、住職が立っていた。
「お疲れ様でした。そろそろお芋も焼ける頃でしょう? お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
三人声を合わせて、そう言い、ぺこりと頭を下げる。
「お陰ですっかり、綺麗になりました」
「いいえ。お芋に、お茶まで頂きまして」
愛想良く盆を受け取りながら、レンが首を傾げた。
「あれ?」
レンの疑問の理由はすぐにわかった。湯飲みが五つもあるからだ。彼は元々、
佐原ルートで知り合った人物だし、とっくに佐原が旅に出ていることは知って
いる。
呆ケルヨウナ歳デモアラヘンシ。
「何で五つも? ああ、今日は御住職も一緒に」
「いえ、いえ。お友達の分ですよ。タカシさんともう御一方、いらっしゃった
のでしょう? 金髪の。お友達か、御親戚かと思ったのだけれど」
住職はなぜか、親戚と言う件で瞬一を見やった。
何デ、オレヲ見ンネン? 
「心当たり、ないですけど」
レンが答えている間にコウが駆け出していた。タカシの様子を確認に行ったの
だろう。だが、わざわざ駆け付けるまでもなく、遠目にもタカシの無事は見て
取れた。彼は相変わらず、メモを取る作業に夢中の様子だった。あの集中力は
いささか危なっかしい。
___救急車に気付かないレベルなんやもんな。
「それでは他の参拝客だったのかも知れませんね。それじゃ」
気に掛けたふうもなく住職は元来た道を戻り、コウがタカシを伴って、戻って
来た。
「別に誰にも会ってねーって」
「タカシ、根を詰め過ぎだよ。夢中になると他に気が行かなくなるんだもん」
「危なっかしーよな、本当。絶対、一人で留守番なんかさせられねぇ」
「本当だよ。火事でも、気付かないかも知れないもんね」
「そんなことはないですよ。ね、瞬一」
「いやぁ、あるかも知れへんな」
「瞬一まで!」
「だって、一昨日、家の前、救急車がワンワン言って通ったのに、気付かへん
かったやろ?」
「それは、、、」
「まぁ、一人にしなきゃ、大丈夫ってことで。取り合えず、芋食べよっ。あ、
今日は佐原君がいないから、自分でむかなきゃならないのか」
「何? オレ、それ、知らんで?」
「あ〜れ? 前回、瞬一は塾に行って、いなかったんだっけ」
「オレがおらん隙にこっそり、焼き芋の会か?」
「拗ねるなよ。今日はちゃんと誘ったじゃん?」
「佐原君の分、オレに掃除させようと思っただけなんやろ?」
「へへっ」
肯定カヨ? 
「で、前回は佐原君が皆の分、皮、むいてくれたんや?」
「それがさ、あのオッサン、タカシの分だけ、皮をむいて、タオルでグルグル
巻きにして、熱いから気を付けてね、フゥフゥしてあげようかって、超ウザい
サービスしてんだよ。タカシが困るくらい、ウザいの。ムカつく光景だろ? 
だから、お仕置きにオレとコウの分の皮もむいて貰っちゃったv」
「そんなん、お仕置きとちゃうやん? あのヒト、全然、熱くないんやろ? 
コウ君とレン君のこと、大好きなんやし、どうせ、大喜びでサービスしとった
んやと思うけどな」
「あっ、そうか」
「あっちぃー」
「コウ、大丈夫ですか?」
「超熱い。ちゃんと軍手しているのに、超熱い。ちっ、佐原の野郎! こんな
熱い思いさせやがって」
「そうだ、そうだ」
「帰って来たら、とっちめてやろうぜ?」
「おー」
「そんなん、喜ぶだけやと思うけどな」
「そうなんだよね」
「あいつ、変態だからな」
「否定は出来ませんね」
目を見合わせ、一斉に吹き出す。
「あー、おかしい。今頃、くしゃみしてるかな」
「いいや。オッサンの頭ン中は三角ビキニでいっぱいのはずだからな」
「何、それ?」
「あいつ、沖縄のパンフ持って、にやついていたもん。オレはしっかと、この
目で見た。だから、はるばる沖縄まで行くんだよ、あのドスケベオヤジ」
「イヤらし〜な、オッサンは」
「僕には滝に打たれて来るって、そう言ったのに」
「いつもの冗談だよ、それ」
「そうそう。口から出任せ、言う奴だから」
「ま、どうでもいいや。暖かい内に食べて帰ろうぜ」
「うん」
「ええ」
佐原君。
皆、元気ヤデ。

 

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