「あれれ?」
帰宅してみると、『大掃除中!』と言わんばかりの、これ見よがしなフル装備
でレンが熱心に掃除に励んでいた。エプロンに三角巾程度なら、いつもの光景
と受け流せもするが、今日はそれだけではない。
スンゴイ気合。
ハタキ、背負ットル。
今時、あり得ないと思われる特異ないでたちに呆気に取られていると、向こう
が先に口を開いた。
「何?」
機嫌もすこぶる悪い。
睨マレテモウタ。
「あ、あの。確か、佐原君をお迎えに行くって、昨日、時刻表調べたりとか、
荷造りしたりとか、してへんかったかな、と思って」
「調べたよ。支度もしたよ。でも、取り止めたの」
「何で?」
「だって、佐原君が飛行機で帰ったら、あの車、陸送しなくちゃならなくなる
じゃん? どこかの誰かさんの息子さんの形見でしょ、あれ。放って帰れない
わけじゃん? で、それだと超割高になるって、気付いたの。だから」
理屈は正しいと思われる。
デモ。
レンが久しぶりに佐原に会えると、喜んでいたことは知っている。
「そんなの、オレが立て替えたるわ。後で佐原君から取り立てるから、構へん
よ。生活費って、あんまり使わへんから。結構、そのまま、銀行に貯まっとる
んや。それにあのヒト、一日に二十三時間、働ける丈夫なヒトやもん。すぐに
返せると思うし」
「う、る、さ、い! お金の問題じゃないの。あんなの、い、ら、な、い、の
! わかった?」
マタ? 
どうせ、電話を掛けた時にケンカでもしたのだろう。
毎晩、ギャーギャーヤットルモンナ。
ケンカするほど仲が良い、そういうものなのだろう。
___次元は低いけどな。
「おい。今、また?って思っただろう? 大人気ないとか、子供じみていると
か、性懲りもないとか、そんなこと、思っただろう? うんざりって顔、した
よな、今」
「わかってんなら、毎度、毎度、同じこと、やらなきゃええのに」
「うるさい。あのオッサンの口の利き方がなっていないのが悪いの! オレは
タカシみたいに甘くないからね。ビシッと躾けてやんの!」
「ああ、そうしたって」
 靴を脱ぎ、自分のスリッパを突っかけて、歩き出そうとした鼻先にビッ、と
ばかりにハタキが突き付けられる。
「な、何やねん? ビックリするやん?」
「言っておくけど、ニ階の大掃除はおまえ、一人でやれよ」
「ええーっ? 手伝ってくれへんの?」
「だって、オレ達、二階は使っていないもん。行ったこともないもん。ちなみ
にタカシは自分の部屋だけをやる。そうしろって、オレが言っておいた。受験
生ってところを加味してだな、階段はギリギリの所までオレがやってやるけど
な。下は基本的に全員で。タカシはおまえのずぼらなママさんが買っただけで
満足しちゃって、お手入れなんかしたこともないかわいそ〜ぉな銀製品の山、
どうにかしてくれるから。そこのところ、感謝するように」
「感謝はするけど。でも、でも。待って。二階って結構、スペースあるんやで
? わかっとる? 窓かて、何枚あると思うてんねん?」
「知らな〜い」
素気無い。いや、むしろ、楽しげである。
絶対、意地悪ヤ。
嫌ガラセヤ。
今日ハ更ニ八ツ当タリヤ。
「嘘や。外から見たってわかるやん? 窓、仰山あるやんか。な、もう一回、
考えたって。一人じゃ、無理やって」
「可愛い子ぶったって、無駄だから。オレ、佐原君みたいな変態じゃないもん
ね。それくらいで鼻の下、伸ばしたりなんか、しませんから。それに。第一、
おまえより、オレの方がはるかに可愛いしv」
アッ、ソウ。
「ふん。どうせ、オレが佐原君を迎えに出掛けたらニ、三日、気楽だ、タカシ
とゆっくり過ごせる♪とか、思っていたんだろう? オレがいないと思って、
ウキウキしながら帰って来たんだよな?」
エッ? 
「図星かよ。そうだよな。おまえの頭、単純構造だもんな。ま、単細胞なコウ
は飯さえ、山盛りにして、一番にはい、どうぞって、笑顔で出しときゃ、機嫌
良いから、チョロイんだけど」
「そ、そんなこと、言うてへんよ」
「だって、そうじゃん」
はぁ、とレンは大きく、ため息を吐いた。
「コウが将来、あんなロリコン、変態オッサン二号にならないように、オレが
今からしっかり目を光らせて、守ってあげなきゃ」
「えっ。佐原君って、ロリコンやったん? 変態なだけ、やなくて?」
「そうなんだよぉ!」
「マジでぇえ?」
「マジだよ! ほら、しょっちゅう、写メ来ていたじゃん? 『こんなの見た
よ』とか、『こんなの食べたよ』とか、くっだらないヤツばっか」
「毎度、喜んどったけどな」
「うるさい。で、薄々、こいつ、変態だなぁと思ってはいたけど、今日なんか
とうとう、通りすがりの小学生?みたいな子供の写真が来てさ、超可愛いって
大興奮なわけ」
「何や、普通やん? あのヒト、軽くショタコン言うの? そんなのなんやろ
? 皆、知っとるで。御近所さんやったら、誰かて」
「身も蓋もない言いようだな、それ」
「だって、そうやん? よく小学生見付けちゃ、可愛い、可愛いって、マジで
喜んでたやん? 野球帽被ったようなん」
「そうなんだけど」
「そやったら、別に。いつも通りやん?」
「おまえも免疫付いちゃったのか、反応がクールだよね」
「そぉ?」
「しつこいって、意味ではおまえにも十分、変態の素養はあると思うけどな。
でも、あのヒトはおまえなんぞとはレベルの違う、ハイパーな変態だから」
「おいっ! オレは変態ちゃうで。一緒にせんといて」
「そぉだよな。タカシ可愛い、タカシ可愛いって、朝から晩まで逆上せてっけ
ど、それは大抵、顔を中心に可愛いって言っているわけだから、まぁ、そんな
もんだろうなって、思えもするけど」
「顔だけちゃう! タカシはな、声も可愛いし、第一、性格がな」
「知ってるよ! そんなの、太陽が東から昇って、西に沈むくらいの常識じゃ
ん? 第一、オレ達、タカシとの付き合いは天界随一って噂されているくらい
長くて、深いんだぞ」
ピシャリとはねつけられる。
「だって」
「あのね、顔が可愛いとか言っているレベルなら、オレだって、文句言わない
よ。いっぱい、子供の顔写真送り付けられたって、平気だよ。実際、子供って
可愛いもんだし。だけど、あのヒトが撮った写真って、変なんだよ。だから、
こんな慌ててんじゃん? コウだけはあんなにならないようにしなくっちゃ、
って、若干、パニクってもいるんじゃん?」
「そんなに変なん?」
「見る?」
「変って、死体とかじゃあらへんよね?」
「そこまではおかしくない」
「じゃ、見る」
レンがポケットから取り出した携帯を開いて見せてくれる。
―。
「な、変だろ?」
「う、ぅぅん。ちょっと、な。微妙?」
「そぉだろ、微妙だろ? やっぱり」
二人して、額の冷や汗をそっと拭う。
「こーゆー、アングルって普通、使わないことない?」
「見たこと、あらへんわ」
「だろ?」
「おい、変態談義なんかしなくていいから」
「あ、コウ」
「あ、コウじゃねーよ。おまえが掃除しようって言い出したくせに、何、油、
売ってんだよ?」
「だってぇ〜」
「だってぇ〜じゃねーよ。オッサンに来なくていいって、拒まれたからって、
知らないガキ達にまで嫉妬すんなよな。大体、そんなこと知ったら、あいつ、
ますます図に乗るじゃねぇか」
「そぉなんだけど。だって、佐原君、オレを邪慳にしたんだよ。迎えに行って
あげるねって言ってんのに、来なくていいって言うんだもん」
「え、迎えに行くって言うたん? 黙って行かんと待ち伏せにならへんやん?
「うるさいな」
「こいつ、本当、口が軽いからな」
「コウってば、何気に酷いこと、言うよね」
「いいから、しばらく放っておきな。瞬一の受験が終わった頃、帰って来れば
いいじゃねぇか? どう考えても、あれは煩い。正月とか、はしゃぎまくるの
は目に見えている」
「まぁね」
レンはようやく承知したのか、渋々と頷く。
「羽根つきしようぜとか、燃えられても困るし、ね。あーっ」
「今度は何やねん?」
「お節、どれにするか決めて」
「はっ?」
「お節セットだよ。和洋中、どれにする? ママさんは全部取ってもいいって
言っていたけど。そんなにいらないよね。大食いの佐原君がいないから」
「オレ、あの得体の知れないのはどうも、気が進まねーな」
「ああ、和風のヤツね。見たこともないような物がいっぱい詰まっているもん
ね。瞬一、おまえは何がいい? やっぱり、日本人は子供でも、あの渋い和風
セットがいいのか?」
「言ってみな。日本人はすんげぇ正月を楽しみにしているそうだからな。言い
分、聞いてやるよ。おまえが好きなら、和風のヤツでも構わないぞ」
コウの申し出は好意から出たものだと感謝はするものの、喜べはしなかった。
「母さん、またお節、買う気なん? 勘弁してや。オレ、去年、一人で和風の
それ、食べたんやで? 五日になっても、六日になっても、豆、食べなあかん
かってん。今年は洋風のヤツ、一人で食べたし。もう見たくもないねん」
「じゃ、中華でいいか。コウも食べられるよね、あれくらいなら」
「おう」
「じゃ、中華で。明日の朝、一番に電話しとくね」
「って、ちょっと。ちょっと待って」
「何?」
「あの、大掃除したり、お節の予約入れたりって、すっかり年末モードのよう
やけど、正月の前にさ、今年最後の、最大のイベントがあるやろ? そっちの
心配とか、手配とかせんでええの?」
「何のこと?」
二人は小首を傾げ、怪訝そうだ。
 忙しさにかまけ、自分の誕生日を忘れる人間は結構、いる。だが、さすがに
“それ”を忘れる者は珍しいのではないか? 
ダッテ、テレビデ毎日、大騒ギシトルシ。
「何のことだよ?」
「早く言えよ。じれってぇーな」
「クリスマス!」
二人は顔を見合わせた。その不自然なリアクションを見て、瞬一の方も一つ、
思い付いた。
「あ、そっか。天使やもんな。クリスマスはやっぱり、静かに過ごす方がええ
んやな。そりゃあ、ドンチャン騒ぎはあかんよな、神様のお誕生日やもんな。
でもな。でも、プレゼントの交換をしたりとか、それくらいなら」
真顔のまま、レンが口を開く。
「クリスマスって、誰の誕生日なんだか、知らないけど」
エッ? 
「オレ達にとっては平日だから、別に」
「普通に過ごすもんだよな」
「うん」
茫然。
「大丈夫? 口、開いたまんまになっているけど?」
「ああ、そうだ。そんなにプレゼント交換がしたいんだったら、おまえ、合格
しな。受かったらオレ達がお祝いをやる。で、おまえはそれにお返しをすれば
いい。そうすりゃ、プレゼントの交換になる」
「そ、やけど」
「コウ?」
「タカシが呼んでいるな。レン、おまえ、それ、片付けてから来いよ。瞬一、
おまえも速攻、着替えて下りて来い。いいな」
コウはタカシがいるらしいキッチンの方へ向かって、声を張り上げた。
「タカシ。瞬一も帰ったから、火、入れていいよ。ほら、すぐ飯にするぞ」
「了解!」
「うん」
「ほら、瞬一、早く」
「うん」
岡本瞬一、失意の十二月二十日。

 

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