元々、温暖な天界育ちで寒さに慣れないのと、過保護な二人に『薄着は風邪
を引く、絶対に良くない』としつこく、傍らで聞いている瞬一の耳にまでタコ
が出来かねないほど、繰り返し言い聞かされていたためか、タカシは割合に、
いつもきっちりと着込んでいるクチだ。そんな彼が最近、好んで着ているムー
トンのコート。アイボリーのそれは可愛らしく、北ッ側の親玉が贈ったと聞く
かなり高価そうな代物で、やれ、御機嫌取りだ、職権乱用だ、抜け駆け行為だ
とレンが恨みがましい不服をこぼしていたことを覚えている。自分達がタカシ
にそんなに高価な贈り物をしてやれないことへの腹立たしさが紛れていたよう
だが、後日、さり気なくそのコートに似合うマフラーを贈り、喜ばれたと二人
して、大満足していたようだから、それぞれが幸せで、それで十分なのだろう
と考える。
手袋ハ庶務ノ皆サンカラヤッタミタイヤシ。
そして、コートとお揃いの、きっと北ッ側の親玉さんからワンセットとして、
贈られたのだろうブーツ。足元のそれにもしっかりと見覚えがあり、夜目にも
タカシ本人だとわかるのだが、今すぐ白石の車を飛び降り、抱き付きに行くに
は多少、躊躇しなければならなかった。
何デ?
「あれ、、、。何やねん?」
独り言のつもりだったが、白石は聞き取ったようだ。
「ああ、あの帽子? 可愛いでしょ?」
帽子、と言いたかったわけではないつもりだが、言われて見れば、確かに帽子
も見慣れない物だった。
「何でタカシが帽子、被っとんねん? あんなの、知らんで? だって、あの
ヒト、帽子は被らへんもん」
「あ、そうなんだ?」
白石はその辺りには大した興味を示さなかった。
「実はですね、まー君の買い物に出掛ける時、タカシ、ためらっていたんだよ
ね。人込みはイヤだって、はっきりとは言わないんだけど、でも、どう見ても
行きたくなさげぇ〜に遠慮しいしい、渋るわけ。だから、さりげなぁ〜くあれ
これ、聞き出してみたらば、どうもタカシ、人目が怖いらしいのね。一人、二
人、三人はどうってことないけど、不特定多数ってゆーのがダメならしくて」
知ットル。
「それで、何で、タカシにそんなに人目が集まるのか、考えた結果、まー君が
あれを被らせるに至った、と。そうだよねぇ。タカシ、髪が赤くて、エナメル
みたいだもんね。お店の照明なんか当たっちゃったら、ピカピカしちゃって、
そりゃ、目立つよね。真っ白いし、あの顔立ちだし、一体、何人だろ?って、
皆が騒然とするのも仕方ないかってことになってさ。美人も苦労するんだね。
でも、いくら美人でも、さすがにあんな目深に帽子、被っちゃったら、全然、
わかんないもんね。あれなら、遠目に見る分には普通のお兄ちゃんでしょ? 
誰もジロジロ、不躾には見ないよね」
「それもそうなんやけど。そっちやのうて、もう、一つの方!」
「もう一つ?」
白石は兄に背中を支えられ、門扉の向こうへ押しやられて行くタカシをじっと
見やった。
「ああ、あれ。タカシね、ジロジロ見られるのもイヤなんだけど、皆に迷惑を
掛けるのがもっとイヤで、申し訳ないってゆーの。じゃ、一人で歩ければいい
じゃんってことで」
「あれもお兄ちゃんが?」
「うん、そう。まー君の差し金。こーゆーのが欲しいって言ったら、ホテルの
人が速攻、買って来た。イヤだねぇ、お金持ちってヤツは。自分で行けよって
話だよねぇ。あっはっはっ」
アンタモ土台、貧乏ジャナインヤロ? 
 突っ込みたいのは山々なのだが、切り返されては自分が困る。そこを考え、
ぐっと堪えて、聞こえないふりを貫く。最近、起業を果たしたらしいが、その
前は何をして暮らしていたやら、さっぱりわからないフィギュアオタクだ。
近所ジャ、要注意人物リスト、ナンバーワンヤッタンヤデ、アンタ。
彼は自分にまつわる悪い噂は知らないのだろうか? 本人に面と向かい、不審
者だと言う者はいないだろうし、彼の関心はフィギュアと兄にのみ、注がれて
いて、本当に気付いていない可能性も否めなかった。
ホンマニ、ヨクワカラン人ヤナ。
とりあえず、白石など、どうでもよいのだ。そう気付いて、元通り、タカシへ
と意識を戻すことにする。
 天界において、果樹園の天使がいかなる存在であるのかを全く知らない兄や
白石にとっては。タカシの苦痛を取り除き、快適に暮らせるように手助けする
なり、導くことの方がごく自然で、当たり前の行動なのだろう。親切心のみで
考え、計らってくれたことだと理解は出来る。
デモ。
___わかるけど。
猥雑で危険な外の世界、欲望剥き出しの人間界には出したくない、出来る限り
何も触れさせたくないと思う天使達の気持ちも理解出来る瞬一としては、こう
も呆気なくタカシに日常生活に溶け込まれてしまっては何だか、寂しい。この
事態にどう反応して良いものか、それもわからず、複雑な心地に陥ってしまう
のだ。
タカシニトッテハ。
エエコトノハズ、ナンヤケド。
「何とな〜く、不満そうだね、瞬一君」
「え、いや。そんなことは」
「あれれ? どこら辺が御不満なのかな? まー君のやぁらしい手? それと
も可愛いお顔が見えなくなっちゃう帽子かな? それとも。あんまり芸のない
普通の松葉杖?」
「どれも、かな」
「ふぅん。ああ。ちゃっちゃと自力で歩き回れるようになったら嫌なんだ?
独占欲だね、それは。軽く歪んでいるねぇ、君。なかなか業が深いねぇ、瞬一
君。欲張りなんだ、君は」
「何を言うねん? オレは欲がないんで有名なキャラやで?」
「そうなんだ?」
ソウ。
 欲はない方だ。ずっと欲しいものはただ、天使だけだった。叶わぬ夢を追う
あまり、実際に手を伸ばせばすぐに手に入る物には全く関心を持てなかった。
実質、無欲ヤン、ソレ。
ソレニ。
ふと思い出す。昔、両親と三人で出掛けた海水浴。父親と波打ち際でせっせと
砂の城を築いたことがある。
『熱心ね。また日射病とか、熱中症とか、そーゆーのにならないでね、瞬一。
母さん、恥ずかしかったんだからね。オデコにテープ貼られて、翌日には退院
だなんて』
『今日は砂だから、打っても大丈夫だろ?』
『あなたものんきなんだから』
『それにしても、瞬一は熱心だなぁ。喉、渇かないのかな? ジュースとか、
欲しくないのかな?』
『聞いちゃいないわね。何でこの子ってば、妙な所でばっかり、こんなに集中
出来るのかしら? 足は速いのに絶対、一番になれないのよね』
『欲がないんだよな、瞬一は』
両親の話に耳を傾けることなく、せっせと築いた砂の城の中央。きっと小人に
なってそこに立ったなら、世界中の海が見渡せるだろうその塔に一つ、指輪を
置いた。コインと引き換えに手に入れた指輪。それは決して、狙って得た望み
の品ではなかったが、キラキラと光を映す様子を見ては捨てることも出来ず、
ポケットに収めたまま、二日か三日、一緒に過したカラフルな、半透明の花を
あしらった指輪だった。
『あらぁ、綺麗ね』
『本当だ。瞬一はロマンチストだな』
『欲はないけどね』
 クスクスと笑う二人の声も波音に消され、聞こえなかった。いや、満足感に
恍惚となり、聞いてはいなかった。汗だくで築いた城にやっと指輪を納めた。
それですっかり満足してしまい、置いたまま、帰ったから、あの指輪の行方は
知らない。城ごと、波にさらわれ、どこかに消えて行ったなら、それはそれで
良い結末だと考えたのかも知れない。しかし、あの指輪がタカシだとすると。
いつか、天界に帰るのなら、諦めが付く。だが、ひょっこりと伸びて来た手に
かっさらわれるのは嫌だ。今、自分はそんな気分なのだと思う。
獲ラレテタマルカ。

 

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