「美味しい。やっぱり、お手製水餃子は違うね。全然、皮が違う。すっごく
歯応えがいい。超美味しいv」
「そう? 良かった。頑張った甲斐がありました」
「おい。何でそこ、二人だけ、新婚さん気分なわけ? 見つめ合って、微笑み
合っちゃってさ。イヤらしぃーの。ボケキャラのくせに生意気だね、瞬一は」
いかにも不服げな白石の攻撃は八つ当たりに過ぎない。
ソレモ。
___お兄ちゃんが未だ帰らないから、だろ? 低次元だよ、それ。東大出な
くせに。
さすがに兄も忙しくなったらしい。この頃は時折、帰りが遅くなり、帰らない
こともあった。
___遅いのも、帰れないのも仕方ないけど。あの人、電話連絡ってゆーのが
マメじゃないんだよね。掃除とか、洗濯とか、一切合切、超几帳面なくせに。
「あーあ。つまんない。電話掛けても繋がんない。メールしても音沙汰なし。
頭、おかしーいんじゃないのかな? 電波が通じない所って今時、一体、どこ
にあるってゆーのさ? 成層圏外? 行きまーすって、発射されてんの?」
意味、ワカラヘン。
「単に仕事中は電源、切っているだけだと思うけど」
思い返せば、音信不通の原因に全く心当たりがないわけでもない。
___ブゥーさんの『ネギ、買って来て』コールに相当、怒っていたからな、
お兄ちゃん。まぁ、仕事用の顔で交渉している時にそぉんなお願いされたら、
いくら仲良しでもムッとするだろうけど。
結果、白石は兄に避けられているのではないか。そう考えられないこともない
が、自分が白石に噛み付かれては困る。そう思い、瞬一は黙っていた。
___雉も鳴かずば撃たれまいってゆーし。
「あーあ。本当、つまんない。超つまんない。御飯も食べ終わっちゃったし、
することがない。あっ、そうだ。エロ野郎がいない間にケーキ、食べようよ。
貰い物のヤツ。どうせ、あの人、甘い物、嫌いだもんね。勧めると露骨に嫌な
顔、するもんね。けっ。勧めないと内心、ムッとするくせに。イヤだね、一人
っ子出身は。途中からお兄ちゃんになったって、性根が一人っ子のままなんだ
よ。自己中なの。勝手気ままに出来ているからさ、連絡しないと皆、心配する
って連想出来ないんだよね」
パッと席を立ち、白石はリビングの方へ向かい、キャビネットの上に置かれて
いた紙袋を手に取り、すぐに戻って来た。
「この店、有名なのかな? タカシ、ここ、知っている? 超高そうだよね、
これ。流行っているのかな」
「さぁ」
問われたタカシにはピンと来なかったらしい。
___まぁ、タカシはお買い物に行こうって気、そのものがないもんな。淡白
って言うか。仕方ないよな、それもやっぱり、生まれつきの性格なんだから。
例えば、レン君なら。性格がやや欲張り気味だから、美味しいお店は雑誌か、
テレビで総チェックしているんだろうけど。
とは言え、堅実派のレンならば、こんな見るからに高級そうな、金色のロゴの
あしらわれたオシャレな紙袋を用意している店になど、行かないだろう。
___あくまでも、町の小さな、家族でやっている、良心価格で美味しい店、
が定義だもんな。
『センスって、こーゆーさ、ケーキ屋さん選びみたいな、ちょっとしたことで
わかるもんなんだよね。オレ達のは本物。つまり、そこら辺が庶務の奴らとは
違うんだよね。持って生まれた格がうっかり、表れちゃうんだ。隠し切れない
って言うのかなぁ』
レンのやや勝ち誇った、自慢げな様子を思い出す。そんなことを言うから庶務
のヒト達に毛嫌いされるんやで。そう思いつつ、瞬一は黙っていた。御機嫌の
レンに水を差してはいけない。それに必要な助言なら、コウがするだろう。
___レン君とは魂の双子だし。将来を期待されたエリートならしいし。ま。
コウ君も人付き合いとか、そーゆーの、苦手そうなんだけど。たぶん、大丈夫
なんだよね?
フン、フンと鼻唄まじりでパクパクと、元気良くケーキを食べるレンの、その
向こう側で案外、フォークでちまちまとケーキを小さく切っては、口元へ運ぶ
コウの姿を思い出す。微妙にバランスを保った良い取り合わせなのだろう。
究極ノワンセットヤモンナ、二人ハ。
合格発表の日まで、つまり、もう一週間、彼らに会えないのは正直、寂しい。
だが、今、自分がここで騒ぎ立てるのは得策ではないと心得る。ここは佐原の
言う通り、この状態を、タカシと共にいられる幸せを守らなければならない。
あれこれ騒いで、自分でぶち壊しにしては一生、悔やむことになるのだ。
ソレニ。
タカシが知らんぷりという消極的だが、ある程度の効果は期待出来る手法で、
今、元魔物と一緒にいられる生活を楽しんでいるのなら。無力ながら自分も、
せめて黙っていることでそれに協力し、タカシの幸せを守ってやりたかった。
他に何ら有効な術がない以上は。
___まだ、本当にお兄ちゃんが魔物さんの生まれ代わりって決まったわけで
もないんだけど。
往生際悪く、そうも考えている。
___大体、粉砕されて、絶対、再生不可能なはずの魔物さんの魂が、何で、
復活しちゃうんだよ? やっぱり、タカシより、ずっと昔に地上に堕ちていた
って言う、もう一人の果樹園の天使さんの力、なのかな? もしも、そのヒト
からの影響で魔物さんの魂が再生出来て、お兄ちゃんの中にいるんだとして、
だよ。でも、前世の記憶がなかったら、そりゃあ、何となくお互い、惹かれる
ものはあるのかも知れないけど、でも、やっぱり、久しぶりって、再会出来る
ようなものじゃないじゃん? だって、記憶がなかったら、親子でも他人だよ
? だったら、、、。
「こら、ボケナス。聞いてる?」
いきなり耳たぶを引っ張られ、目をむいた。
「痛っ。何すんのん?」
「ガラが悪いな。オレの話を聞けってば」
「話?」
「やっぱり、なーんも聞いていなかったんだ。あのね、こないだはお鍋の残り
にうどんを入れて〆にしたけど、今日はケーキがあるでしょ。だから、うどん
は明日のお昼に回そうかって、聞いてんの。瞬一、明日はいるんでしょ?」
「うん、そやね。一度に食べきれへんもんね」
「じゃ、タカシ、紅茶にしようか?」
「そうですね。僕が用意します」
「あ、そう? じゃ、キッチンのカウンターの上にでも用意してくれるかな。
オレが運ぶから」
「はい」
 返事良く、タカシが立ち上がるのを眺めながら、ボンヤリと考える。貰い物
だと言うケーキはいかにも庶務の天使達が選びそうな物だった。彼らが何度と
なくタカシのためにと、届けてくれたお菓子や衣服はタカシの格を示していた
らしい。本来、仰ぎ見ることすら、はばかられる特別な天使、果樹園の天使に
コンビニのケーキを贈るわけにはいかなかったのだろう。
___いつもすんごい高そうな一口チョコとか、焼き菓子みたいなの、マメに
差し入れてくれていたもんな。
ケーキを取り出すべく、がさごそと紙袋の中を漁っていた白石が声を上げた。
「あ、紙が入っていた。何じゃ、この文字。何語だよ? ギリシャ語かな? 
タカシ宛でしょ?」
そう言いながら白石はメモを手にキッチンへ向かい、タカシへ手渡した。腰を
浮かせ、瞬一はその様子を目で追ってみる。二つ折りにされた紙は上質そうな
ものだが、包みはない。その正体が気になったのだ。
「ありがとう」
受け取って、字面を目で追い、なぜか、タカシはちら、と瞬一を見た。
「何?」
「え、いや。あの。何でもないです」
「何でもないわけないやん? タカシ、明らかにその手紙みたいなの読んで、
それからオレを見たんやで? そやったら、オレに関わりのないことやないや
ん? 何て書いてあんねん? 誰からやねん?」
「デコ、デコ、バーカって書いてあるんじゃないの?」
「もう。ブゥーさん、茶化さんといてや」
「だって、瞬一、馬鹿じゃん? 皆、知っているよ」
「何でやねん?」
「少なくとも注意力散漫だもん。視界が超絶、狭い時があるでしょ」
「そ、それは否定出来ひんけど」
「特にタカシ、タカシって浮かれモードの時は酷いよね。ぶっちゃけ、剣山の
上、歩いていたって気付かないんじゃない? 鈍いからv」
「そんなん、有り得へんわ。落とし込みやん」
「だーってー」
「だって、何なん?」
「このお菓子、何のお礼に貰ったか、わかってないんでしょ?」
「えっ?」
「やっぱり、気付いていなかったんだ」
「気付くって?」
白石はさも呆れたように、大袈裟に息を吐いた。
「あんた、家に帰って来る時、本当に気付かなかったの? あんな大きな荷物
が一つ、なくなっているのに」
「大きな荷物?」
「水色の車」
「えっ、マジで?」
「本当に気付いていなかったとは。すっげぇ、ボケキャラだな。将来、お宅の
奥さん、浮気し放題だね。絶対、気付かない幸せ者だよ、瞬タンは」
「それとこれとはちゃうやろ?」
「本質は一緒だと思うけど」
「そ、そんなことより。じゃ、コウ君が取りに来たん?」
「コウ君って、どっちのことだか、わかんないけど。とりあえず、違う。おじ
さんだったよ。車を預かって貰ったお礼にって、ケーキを貰ったの」
「そうなん?」
タカシへ目をやると、コクリと頷いた。庶務の天使はコウやレンのような南ッ
側の天使をサポートするために人間界に来ているのだから、コウに代わって、
コウの車を取りに来ても何ら不思議はないはずだ。
デモ。
何かが引っ掛かる。
___自分で出来ることは自分でするタイプ、だよな。特にコウ君は。
「じゃ、食べようか」
白石の音頭に従い、ケーキを食べ、一息吐いたところで誰かの携帯が鳴った。
「誰の?」
「あ、オレだ」
ダイニングテーブルの上に置きっ放しになっていた携帯電話に駆け寄り、手に
取った。
___え、コウ君? 
チラと見やる。すると幸い、タカシは向こうを向いている。
「はい」
「今、出られるか?」
「今から?」
声を抑えた甲斐あってか、タカシはもちろん、白石もこちらに注意を払う様子
はない。幸い、テレビは動物物だ。微笑ましい家族の物語なら、二人の関心を
惹き付けるには十分だろう。
「話がある」
「いいけど。どこに行けばええの?」
「家の前まで車を寄せる」
「わかった」
 話を続けながら部屋を出て、玄関へ向かう。兄が留守をしている今、一応、
瞬一の身を預かっている立場となる白石にあれこれと事情を説明するのは難儀
だし、第一、タカシに何を、どう言って良いものかわからない。夜逃げ同然だ
が、この場は一先ず、コウの元へ行くべきだと考えた。コートも羽織らず、家
を出ると、見慣れた水色の車が停まっていた。その助手席のドアを開け、中へ
入る。
「よっ、久しぶり」
「うん、久しぶり」
「そこで完結するなよ、オレにも挨拶しなよ、このオッチョコチョイが」
「えっ」
驚いたことに後部座席には佐原が座っていた。

 

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