「「フン!」」
それっきり、だった。
オカシイ。
ダッテ、アノ二人ダヨ? 
これまでの経験を踏まえ、当然、猛然と攻撃して来るものだと思っていた。
___す〜ぅごい勢いでさ、イヤらしいだの、生意気だのって、ガブガブ噛み
付いて来るんだとばっかり思っていたのに。
拍子抜ケスルヤン?
立候補するなどとほざき、果樹園の天使を抱き締めたのだ。当然、二人がかり
での激烈な追求なり、非難なりを受けるものだと予想し、それに負けてたまる
かと覚悟を決め、肩に力を入れて、相当に身構えて部屋を出た。しかし、意外
なことに、二人は廊下にいもしなかった。
アレレ?
___そこで待ち構えているもんだとばかり、思っていたのに。 
 不審に思いつつ、階下へ向かう。すると、ダイニングテーブルに着いていた
二人はちら、と瞬一を見やり、不機嫌そうに鼻を鳴らした、それだけだった。
オカシイ。
二人がそこにいたこと自体、不思議と言えば、不思議だった。何しろ、彼らは
瞬一が首尾良くタカシの御機嫌を修復出来るか否か、それが最大の関心事で、
期待を込め、首を長くして待っていたはずだ。おかしいと思いはしたものの、
理由を尋ねるだけの時間はなかった。すぐに普通の青年に“化けた”タカシも
下りて来た。彼の前では話し難いこともあるのだろう。そう考えたのだ。
___タカシの前では良い子ぶってるし。
『ごめんなさい、さっきは急に席を立ったりして。驚いたでしょう?』
『こっちこそ、ごめん。気持ち悪い話ばっかりしちゃって』
『本当、ごめんなさい。オレ達が悪かった。これからは気を付けるよ』
『いいえ。もう大丈夫ですよ。覚悟は決めました。ちゃんと食べます』
『本当? じゃ、温めてあげるよ。瞬一も一緒に食いな』
『えっ、あ。うん』
『お茶でいい?』
『ええ。ありがとう。お願いします』
にこやかなタカシを迎え、何となく元の状態に戻ったようだ。ならば、きっと
タカシがいない間に、そのタイミングを待って何か言って来るのだろう。そう
思ったが、結局、その夜は何も言って来なかった。
オカシイナ。
オヤスミッテ、オレニモ言ッタシ? 

 当日、“爆発”はしなかった。それでは毎日、ネチネチ、少しずつ、小出し
の攻撃を仕掛けて来るのかと考えたが、何日経っても、それもない。
コンナノ、オカシ過ギル。
首を傾げつつ、日めくりカレンダーをめくり続ける。
___オレの方から何で、って聞きに行くのもな。それこそ、やぶ蛇ってやつ
だよな。そうだ。いつ来るか、いつ来るかって、もしかして、こーゆー新手の
意地悪なのかな? いや、二人は天使なんだから本来、意地悪なはず、ないん
だし。でも、相当、根性悪いよな。大体、ヤキモチ妬き過ぎだよ、あの二人。
「しゅうぅんいち、聞いています?」
耳たぶを軽く引っぱられ、我に返る。
「えっ? あ、何?」
目の前には見慣れた白い顔。やれやれと言う顔で、彼はこちらを覗いていた。
近過ギ。
照レルヤン?
「な、何?」
「今日は傘を持って行った方がいいですよって、そう言ったんですよ。瞬一、
三日前かな、置き傘を持って帰って、そのまんまでしょ? 夕方から雨が降り
そうですから、今日は持って行かないと」
「あ、うん。わかった」
「コウは昼前には帰るから、大丈夫だと思いますけれど」
コウは相変わらず、あの勇ましいバイトに励んでいる。もう一人のレンはコウ
が帰るのを待って、自分のバイトに通う日々だ。タカシ一人を家に残すことが
ないよう、心配りを怠らないらしい。
___レン君のバイトがコンビニの店員って、聞いた時は本気で驚いたけど。
オシャレで、いささかわがままな所のあるレンがあんな制服を着て、御機嫌で
いられるものなのだろうかと心配したのだが、瞬一の発想はいささか、的外れ
だったらしい。
『いいんだよ、冷暖房完備で、おやつがあれば』
ソンナ。
明快過ギル。
 唖然とする瞬一を尻目に、やり取りを見ていたコウは込み上げて来る笑いを
押さえきれないらしく、しきりにくぷくぶと妙な笑い声を漏らした。
『コウ君、何、笑ってんの? 思い出し笑い?』
『だって、こいつってば、店長より、ずっと偉い平店員なんだぜ?』
『へっ?』
『働け、働けってうるさいの。怠け者には容赦しないからな、こいつ』
『だって、あいつ、レジから売り上げ盗んで、その金でパチンコ行こうとする
んだぜ? “社長の息子だから”だって。ふざけやがって。そんなの、絶対、
許せないだろ?』
『ケツキック炸裂だもんな。お説教バシバシ。そこになおれ、オレが真人間に
してやる!だもんな』
二人はくすくすと笑い合う。
『でもね、最近、あいつ、結構、真面目に働いているんだよ。これ、捨てても
いいんですか、三代さんって、聞かれたよ』
『どう見ても、あの男は三十過ぎているのに、敬語だもん。怖ぇ〜』
『実年齢考えれば、当たり前なんだけどね』
『見た目はどう見ても、おっさんが大学生に顎で使われているように見えるよ
な』
“休暇中”の身であっても尚、二人は密やかに“人類救済”の役目は果たして
いるらしい。
ゴク軽ク。
デモ。
___このまま、お咎めなしってことでいいのかな? まさか、オレを認めて
くれてる、なんてことは、ないよな? 
「今日は塾がないから、早く帰れますね」
「うん。欠講なんだ。だから、すぐ帰って来るよ」
「楽しみに待っていますね」
ニコニコと笑う彼はすこぶる可愛らしい。
“本物”ダモンナ。
可愛イヨナ。
しかし、その向こう、何やらノートにペンを走らせるレンは妙な具合に無表情
で、正直言えば、かなり怖い図だった。
___その黒縁眼鏡がすっごく怖いんですけど? 
大体、なぜ、前髪の1o2oの加減で血相を変える、オシャレな天使が今時、
流行らない、似合いもしない眼鏡を掛け、書き物に追われているのだろう? 
ダイニングテーブルに広げられた辞書や、付箋や、色ペンや、何か。
___オレの机と変わんないじゃん? 毎晩、コウ君と二人で、お小遣い帳は
付けているようだけどさ。
電卓とレシートを手にギャア、ギャア大騒ぎし、一日の反省をしながら、記入
する二人を横目にタカシとトランプをするのが、この頃の夜の楽しみになって
いる。
___あの三十分のために生きているんだよねぇ。幸せなんだよねぇ。
玄関先まで付いて来て送ってくれるタカシに声を潜めて聞いてみる。
「ところでさ、レン君は何、勉強しているの? 受験でもする気なの?」
「下準備だそうですよ」
「下準備って?」
「えっと、家庭教師、の。僕も慣れて来たので、そろそろ、再開したいって」
「えっ、じゃあ、コンビニは?」
「それも続けるそうですよ。辞められないって言っていましたし」
___そりゃ、そうか。仕切ってんだもんな。
「あの、スパルタなんですって」
「はい?」
「コウが言っていたんですけど。でも、スパルタって叩くんでしょ?」
いささか不安そうな声音と表情に瞬一が何と答えたものか、戸惑っている間に
レンがひょっこりと加わって来た。
「そうだよ。甘ったれは引っぱたく。それが当たり前。闘魂と書いて、生きる
資格と読みやがれって話だよ」

 

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