「さっ、着席しようかね。まー君は年長さんだから、そこ。上座ね。で、オレ
がこっちで、タカシはオレの向かい側。仲良く食べようね。で、あ、そうだ。
すっかり忘れていた。瞬一君はそこ、残り物の席ね。まー君のお向かい。下座
とも言うけどね。年少さんだから、当然だよねぇ」
有無を言わせない白石の仕切りっぷりを、瞬一以上に不満そうに見やったのは
兄だった。白石はいち早く自分の席に着き、突っ立ったままの兄を見上げる。
「あれぇ? なーに? まー君、不満そうだね」
「まぁ、軽くな」
「何故に御不満なのかな?」
「おまえに年長と言われるのは心外なんだけど」
「何で?」
「しらばっくれるなよ。オレとおまえは同い年だろうが」
「ええ〜っ、嫌だな。まー君ってば。もう、忘れちゃったのぉ? オレは一月
生まれなんだよ。七月生まれと一月生まれって言ったら、学年は一緒だけど、
聞こえは全然、違うでしょ? だってぇ、生まれた年が違うんだもぉんv」
キモイ。
うふっ、と笑う白石はもしかすると命知らずなのではなく、馬鹿なのではない
か? 
ダッテ、怖イダロ、普通。
イヤ。
顔ダケ、ナノカモ知レナイケド。
強面なだけで、実際、兄は根が良いタイプなのかも知れないし、だとすれば、
当然、親友、白石は熟知している。少しくらい戯れが過ぎても大丈夫と踏んで
いるのかも知れない。しかし、例え、そうだとしても、利口な人間はわざわざ
ケンカを売らないものだ。
ソレモ。
やや、いや、心もち老け顔の兄にわざわざ、そんなネタを、それもしらふでは
振らないはずだ。
___つい、うっかり口を滑らせた、なら、まだわかるけど。
白石は楽しげに兄をからかい、いわゆる、おちょくっているのだ。
___有り得ない。お腹空かせたオオカミさんの鼻先にお肉をちらつかせて、
でも、あげなぁいって意地悪、言うくらい、命知らずな挑発だろ、それは。
瞬一の方が怯えつつ、明らかに気を悪くした兄の三白眼をそっと、盗み見る。
こわばった顔の中央。その目は間違いなく怒っている。
相当、ヤバイ。
今、まともに視線を合わせてはいけない。
ヤブヘビハ避ケナ、アカン。
本能がそう悟る。
オレハ関ワラントコ。
「ふぅん。そぉなんだ? ブゥーはこのオレを年寄り扱いするんだ。へぇー。
そう? まぁ、それなら、それでいいけどねぇ。ただし、来月、おまえの誕生
日も綺麗さっぱり、忘れてやるから、そのつもりでいろよ」
「えっ」
「実はもう、発注してんだけど、キャンセルしたって、構わないよな。あんな
物、別にオレが欲しいわけでもないしぃ」
白石の口調を真似て、兄が反撃する。
「キャンセルしたら、他のオタクが喜んで引き受けてくれるだろうから、店も
損はしないはずだしぃ」
「マジィ? えっ、何? 何を頼んでくれてんの? あんな物って? えっ、
何? えっ、もしかして、あの」
「今更、聞いたって仕方ないだろ? もう、おまえの手には入らないんだから
兄は極めて、すげない。
「そぉんなぁ」
「タカシ、座んな。瞬一も。豚は相手にしなくていいから」
「あ〜っ、まー君ってば、ちょっと。ちょっとぉ! それはあんまり酷くない
? 誕生日だよ? 誕生日って言ったらね、年に一回こっきりのおめでたい日
なんだよ? そう、ほら、例え、戦争していたって、休戦するような特別な日
なの。わかる? 常識だよ、日本の、いいや、世界の!」
「へぇ、そうだったんだ。オレは習っていないな、そぉんな常識は。どの道、
おまえなんぞにあーだ、こーだ言われたくないので、関係ありません。以上」
「まー君! あんた、大人気ないよ。あんなの、ほんの冗談だしぃ。わかって
いるく、せ、にぃ」
「いいや。全くわからない。あいにく」
ニヤリと笑う。
「オレは“年寄り”なので、冗談が通じませんから」
とっとと腰を下ろし、兄は座るようにとタカシを促す。
「ほら、タカシ。いつまで突っ立っている気だ?」
「はい」
「瞬一も座れ。相撲部屋じゃあるまいし」
「うん。そうやね」
勧められるまま、瞬一も席に着き、三人で食卓を囲むことにする。それにして
も。
「本当、美味しそうやね」
「本当ですね。ちょっとおっかないけれど」
どうにも日中、見た、動くカニのインパクトが強かったらしく、タカシは兄が
よそってくれた小鉢をじっと見る。
イヤ。
見過ギヤデ、タカシ。
「平気だよ、タカシ。もう動かないから」
兄が掛けた言葉にタカシは素直に頷いた。
「そう、ですよね」
亡くなっていますものね。
後半の言葉はごく小さく。まるで自分に掛ける呪文のようだ。
可愛イ。
ケド、チョット変、ヤデ、タカシ。
「ちょっとぉ。三人して、オレのことは無視なの? お席にどうぞって勧めて
もくれない気なの?」
「食いたきゃ、食えばいいだろう。おまえ、図々しいのが売りじゃないか? 
人んちの冷蔵庫、普通に開けて漁るじゃん?」
「それはぁ、友達の家でだけです。それも大昔の、子供の頃の話じゃん。最近
は開けて食べたり、していないよ。もう大人ですからね。大体、おばちゃまが
いいよって言ってくれたからのことであって。あ〜ん、もう。まー君、本当、
冷たい。ちゃんと勧めてよぉ」
「そぉかな? 何せ、言われ慣れていますからね、気にしませんね、そーゆー
のは」
「そーだよね、冷たいって、年に三百五十回くらい、言われているよね、まー
君は。女癖が悪いから」
「心外だな。冷たいなんて、滅多に言われねーよ。名前くらい、聞いて行けと
は言われたけど」
、、、。
「はっはっは」
唐突に白石が笑い出す。
「見て見て、まー君。瞬一君、想像が追い付かなくて、固まってるぅ。意味が
わかんないんだ、この耳年増」
「からかうなって言ってんだろうが。さっさと座って食えよ」
「はーい。でも、この子も相当、生意気だよね?」
エッ、オレ? 
予期しない白石の矛先の転換にギョッとして、頬張っていた何か、一口サイズ
のグラタンのような物をゴクンと飲み下したものの、ホタテが喉に引っ掛かり
そうになり、目を白黒させる。
「んふっ?」
「あーあ、大丈夫? 落ち着いて食べなよ。大体、頬張り過ぎだよ、あんた。
本当、顔と性格が不一致だね、瞬一君は」
「ああ。ブゥー。おまえも瞬一って、呼べば? 一人だけ、君付けだと何か、
気にならない?」
兄の言葉に白石は簡単に頷いた。
「それもそうか。じゃ、瞬一」
オレノ承諾ハイランノカ? 
グラスの水で息を整え、しかし、不服を唱える間はなかった。既に決定済みの
ようなのだ。今更、口を挟んで抗議するほどのことでもないし、確かに君付け
はこそばゆい。そう諦めをつける。
「何?」
「あんた、何でまー君のプレゼント、着て来ないの? 喜んでいたくせに」
「あっ、と。それは」
「ああ。夜だから、だろう」
口ごもる瞬一に代わって答えたのは兄だった。
「夜だから? 何、それ?」
「こいつ、夜に新品はおろさないんだよ、祖母さんの言いつけで」
ソウソウ。
「へぇー。そんなルールがあるんだ」
「ルールって言うか。たぶん、迷信なんだと思うけど。お祖母ちゃんが新しい
物を使い始めるのは朝がいいって。夜はダメって言っていたから、何となく」
「ふぅん。じゃ、明日、朝になったら、あれを着て、降りて来るんだ。赤い顔
してさ。お兄ちゃん、ありがとう、もじもじって」
へへへっ。何を想像したのか、ニヤニヤと笑う白石はだが、すぐに表情を一変
し、叫んだ。
「あーっ、まー君! あんた、どさくさに紛れて、何してんだよ? タカシに
ばっかり優しくして。ずるい、えこひいきしてるぅ」
見れば、兄はタカシのためにカニをほぐして、食べ易くしてやっている。
「だって、こいつ、ドン臭いんだもん。見ていられないじゃん」
「じゃあ、オレの分のカニもほぐしてぇ」
「嫌だね」
「即答かよ」
「おまえなら噛み砕けるだろ、甲羅くらい」
「出来ないよ!」

 馬鹿げた騒ぎに笑い、雑炊を食べ、後片付けをする。ふと、台所で兄と二人
きりになった。もしかして。これはチャンスなのではないか? 切り出し難い
のは山々だ。照れがある。しかし、明日、白石の待ち構える前で言うよりは、
はるかに気が楽だろう。そう計算して、口を開く。
「あの、お兄ちゃん」
「ん?」
「セーター、ありがとう。明日、着るから」
「ああ。そうして」
「御飯もすっごく美味しかったよ」
「濃くなかったか?」
「うん。バッチリだった」
「そりゃ良かった」
手際良く食器を棚に戻して行く兄の手際を見る限り、加勢は要らない、邪魔な
だけだと言ったセリフも当然のような気がして来る。
「何か用事ない?」
「ない。あ、そうだ。明日から、おまえの送り迎えに人が付くから。さっき、
来ていた若い方」
「そんなの」
「今日は警察が付いていたからいいけど、明日からおまえ一人で塾に行くこと
になるわけだから、用心にな」
「今日、警察の人がいたの?」
「おまえが狙われているのに、一人で塾に行かせるはず、ないだろ?」
ソッカ。
納得しながらも、考える。レオは何をしに、この家にやって来たのだろう。
「レオ君、オレを恨んでいるのかな」
デモ。
普通に考えるなら、恨むのは苛めっ子のレオではなく、苛められていた自分の
方なのではないか? 
「オレが恨むんなら、わかるけど」
「まぁ、不合理なもんさ、世の中なんてな」
「そうだね」
料理上手な先妻より、料理の出来ない女を選ぶ男がいるように。
「そう長い時間は掛からないだろうから、辛抱しな」
「うん」
長い時間は掛からない。それは即ち、レオの生きる、残り時間を暗示している
ようだった。
「お茶、飲むだろ?」
「うん」
「向こうの二人に何がいいか、聞いて来い」
「うん、わかった」
しんみりとしている暇はないのだ。
___オレかて、自分の人生をまっとうせな、あかんからな。
「お茶にするけど、何がいいかって、お兄ちゃんが聞いているんだけど」
「はーい、はい、はい。トフィークリーム買って来たから、紅茶にするって、
まー君に言って」
「わかった」
白石と並んだタカシがニコリと笑う。それだけで今は十分だ。そう思った。

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送