二人を見失い、途方に暮れたまま、立ち尽くす。気付くと、大して街灯も、
人気もない平凡な住宅地の中に一人、迷い込んでいた。
___オレが二人を見間違えるはずはない。だったら。良く考えれば。きっと
何か、ヒントがあるはずだ。
ソウダ。
思い付く。確かに二人は大きな、今、そこで買って来たと言わんばかりの白い
ビニール袋をそれぞれが手に提げ、仲良さげに店から出て来たところだったの
だ。それを良く考えれば、わかることがある。こんな商業施設も、ホテルも、
何もない、当たり前の住宅地を歩く者は十中八九、地元の人間であるはずだ。
その上、あの大荷物。
___落ち着け、落ち着け、オレ。ドケチの、いや、もとい。あのしっかり者
のレン君が定価販売のコンビニで大量買いなんかするはず、あらへんのや。
『あんなの、何で、わざわざコンビニで買うんだろうね? そこのスーパーで
買えば、お得な二割引きなのに。セールの時にまとめ買いすれば、尚、安いの
にさ。それをあんな無駄な買い方するなんて、馬鹿なんじゃないの? 正気の
沙汰とは思えないよね。ちょっとした蛮行だよね、あれ。腐る物じゃないし、
冷蔵庫に入れて置けば、いつでも飲めるのに』
正論には違いない。しかし、それをしっかり、聞こえる位置で言う、あんたが
一番、おかしいんとちゃうんかな? そう、心の内で突っ込んだ覚えがある。
そんなドケチ、いや、しっかり者のレンがあの量の買い物をコンビニですると
なると、よほどのやむを得ない事情があったとしか、考えられないのだ。
___普通に考えると。慌てて、急を要する物だけ買ったって、ことだよな。
つまり今日とか、せめて昨日、“こっち”に戻って来たばっかりで。未だ腰が
据わらないって言うか、バタバタしているから、とりあえず入り用な物だけ、
近くのコンビニに買いに来た、ってことになるよな、普通。
普段のようにお手製の、底値表なる怪しいノートと安売りのチラシとを見比べ
ながら、念入りに計画を立てて買うというわけには行かなかった、ということ
なのではないか? そう推理するのは容易いが、しかし、腑には落ちない。
ダッテ。
二人が望んだ帰郷ではないとは言え、あれだけ瞬一に、タカシに心配を掛けた
状態で、緊急招集に応じて、天界へ戻っていた二人なのだ。用が済み、こちら
へ戻って来たのなら、事の顛末を少なくともタカシにだけは真っ先に報告する
義務があるはずだ。
___だって、タカシは天使なんやから。天界で何か、あったんか、それとも
やっぱり、単なる抜き打ち訓練やったんか、聞く権利があるはずや。二人かて
報告する義務があるはずやんか。メールでもええ話やのに。
多少の怒りを噛み殺し、更に考える。二人が昨日、今日、こちらに戻ったのだ
として。二人がタカシにだけ、報告した可能性はないだろうか? 
___ちょっとヒガミ根性かも知れないけど。
しかし、一応、ありとあらゆる可能性を探ってみなくてはならない。そう自分
に言い訳しながら考える。この頃、タカシに何か、変化はあっただろうか? 
年末年始。タカシはお喋りな白石にくっついていて、よく笑っていた。タカシ
の笑顔を思い浮かべると、昂っていた気も安らぐ。昨今。タカシは兄よりも、
むしろ、白石の方と仲が良かった。
___ま、お兄ちゃんは実家ってゆーか、本家に顔を出さなきゃならない立場
だから、一日はいなかったし、二日も夜遅くになって帰って来たから、二日間
はいなかったも同然なんだけど。タカシ、何とかクリーム入りのミルクティー
飲み飲み、ブゥーさんのオタク話に一々、感心していたもんな。土台、怪獣が
何メートルでも、何トンでも、関係ないやん、ボケ。タカシを独り占めにする
なんて、図々しい。豚のくせに。
そんな悪態を吐きつつ、瞬一も傍らにいて、キャラメル臭いそのミルクティー
を飲んでいたのだが。
___ブゥーさんが何で、太っているのかはよぉーくわかったけど。食べ過ぎ
やわ、あの人。それにしてはタカシは全然、太らへんな。やっぱ、天使やと、
美人の遺伝子も人間界とはレベルが違うんかな。ま、そんなことは置いといて
と。やっぱり、この近くに住んでいるってことなのかな。そう言えば、あの二
人。うちに来る前、どこに住んでいたんだっけ? レン君のバイト先で聞いた
ら、教えてくれるかな? 
「坊ちゃん!」
大声に驚き、振り返ると運転手が息を切らして迫っている。
「困るじゃないですか? いきなり走って行かれちゃ」
「すいません。でも、あの。友達がいたもんで、つい」
「坊ちゃん、お友達なんか、いないじゃないですか」
ざっくりと核心を突いて来る。
案外、辛辣ヤナ、コノ人。
瞬一が絶句している間に、彼の頭の切り替えも済んだらしい。
「それより、早く車に戻って下さい。この辺り、一方通行が厄介なんで、車、
置いて来ざるを得なくって」
「ここ、知っとる町なんですか?」
「以前に一度」
そう答えながら、彼は何か、思い出したらしい。
「そう言えば、林田さんのアパートはこの近くですよね」
「ええっ」
彼の口からコウの名前が出るとは思ってもいなかった。
「コウ君、知っとるん? 何で?」
「何でって、若のお留守に坊ちゃんがお友達を家に引き入れたとなると、一応
はどんな方なのか、調べておく必要があるじゃないですか? あ、お友達って
林田さん達のことなんですか。そうですか。それじゃ、坊ちゃん、学校の外に
はちゃんとお友達がいるんですね」
彼は感心し、納得もした様子だが、瞬一の方ははい、そうですとは頷けない。
「ちょっと待って。オレの行動って、お兄ちゃんに筒抜けやったん? 誰かが
頼まれて、お兄ちゃんに報告しとるってこと?」
「若は関わっていないと思いますよ。今後のこともありますので、どこの誰と
は申せませんが、ある方が本家に知らせてくれて、それで僕がお二人の身元を
調べました。たぶん、若にはファックス程度の報告はされたと思いますけど」
瞬一の行動を観察し、逐一、報告も出来そうな人物。
「それって、もしかして、白石さん?」
「違います。そんなこと、若のお友達にはお願い出来ませんでしょ」
「それもそうやな」
「とにかく車へ戻りましょうよ。寒いですし、時間も下がっていますから」
彼は寒くて仕方がないらしい。大柄な自分を抱えるようにして、しきりに両腕
でジャケットの袖を擦っている。
当然カ。
瞬一を追い、慌てて飛び出して来た彼は防寒用の上着を着ていない。ものぐさ
な瞬一は塾の前で車に乗り込む際にコートを脱がず、そのまま乗り込んでここ
まで来たから、必然的に彼ほどの寒さを感じていなかったのだ。
「それじゃ、場所だけ教えてくれへんかな? 今、ここからすぐに行けるよう
な所なん?」
「林田さんのアパートのことですよね。すぐそこですよ。その角を曲がった先
の。水色のアパートの二階、奥の方です」
説明を聞きながら、走り出す。
「こらっ、坊ちゃん!」
「本当、見るだけやから」
そう断って走り、角を曲がって、すぐに立ち止まる。街灯に青褪めて映るそれ
は日中、見たなら、確かにレン好みと思えなくもない可愛らしいアパートだ。
あんた達は新婚さんなのかと突っ込みたくなるような。しかし。そのアパート
の住人用と思しき駐車場に瞬一の視線は釘付けとなっていた。
マサカ。
「坊ちゃん!」
どうやら本当に怒って追って来たらしい若い怒声には構わず、瞬一は再び走り
出す。せめて、ナンバープレートだけでも確認しておきたい。それだけは今、
どうしても確かめておきたい。見覚えのある四駆に駆け寄って、覗き込む。
、、、。
青森、ヤ。
パッと視線を上げる。二階、奥。窓に灯りが映っている。間違いなく、いる。
踏ミ込ンダル! 
鼻息も荒く駆け出そうとした腕を掴まれた。
「放してや」
「あんた」
不意の低い声に身動ぎを止める。ギリリと二の腕に若い男の指が食い込んだ。
「あんまり手間、取らせないで下さいよ。こっちは命、掛かってんですから。
坊ちゃん、死んじゃった。ごめんねじゃ、済まないんですよ、大人の世界って
やつはね。あんた、オレに死ねって言うんですか」
気押され、それ以上は抵抗出来なくなっていた。
「ごめん」
「今日は帰って下さいよ。時間的にヤバイんです。明日、また来ればいいじゃ
ないですか。新年早々、引っ越す馬鹿はいません。ちゃんと家賃も払っている
ようですしね。非常識なことはしないでしょう」
「わかった」
車中。流れ去る夜景をションボリと眺める。コウ、レンの二人はこちら、人間
界へ戻っていた。旅に出ていた佐原も東京へ戻っている。それなのに、なぜ、
彼らは一言も知らせてはくれなかったのか? 
___落ち着いたら連絡するって? 
そういう腹積もりもわからなくはない。
デモ。
自分も、タカシも安気な暮らしを楽しんでいるようで、やはり、いつも三人の
動向を気にしていた。特にタカシは天界に呼び戻された二人の身を案じていた
はずだ。
___そんなの、おくびにも出さなかったけど。
ふと、疑問を抱く。誰一人、守ってくれる天使も、非常時用の天蓋すらもない
中、なぜ、タカシはああも落ち着いて暮らしていられるのかと。

 

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