普通ニ考エルト。
___怖いんじゃないのかな、あれも、これも。
タカシは悪魔と遭遇する可能性は低いと言ったはずだ。だが、それも真実とは
限らない。瞬一に要らぬ心配を掛けまいとして、そう言っただけなのではない
だろうか。
___これも所詮、邪推なのかな。佐原君達にハブにされたひがみなのかな。
はぁ。
なぜ、それぞれがここに戻り、一同に会していながら、彼らは瞬一には戻って
いると一言、知らせてくれなかったのだろう。
オカシイヤン? 
ケチ! 
つまり、いくら、何を考えてみても、憤慨がまた何度も胸に甦って来るばかり
なのだ。
___あーあ。こーゆー了見の狭いところがあかんのかな。
「坊ちゃん。物思いに耽っているところを申し訳ないんですが」
「何?」
「坊ちゃんの携帯じゃないんですか? 何か、音がしましたよ」
___音? 
「メールが届いた、みたいな」
慌てて、後部座席に放り込んでいた自分のリュックを掴み、がさごそと中身を
漁る。
ドコヤ? 
ドコヤ?
辞書に参考書、ノート、筆記具、ファイルなどなど。一刻も早く家に帰ろうと
突っ込んだ大荷物に邪魔され、めざす携帯をなかなか捜し出せない。自業自得
なのだが、やはり、いらつく。
ヨリニモヨッテ、一番、底カヨ。
奥底に沈み、荷物に隠されていた携帯電話を掘り出して、手に取ってみると、
確かに着信有り、だった。
誰ダ? 
コウだ。その名に驚くと同時に期待を込め、急いでメールを開く。
『おって連絡する。合格するまで一切、他言無用。いいな』
何、コレ? 
意味ワカラヘン。
鼻息も荒く、今度は瞬一が短縮ボタンを押した。
トンズラ、サセヘン! 
長い、長い呼び出し音が続いた後、向こうが観念したのか、ようやく呼び出し
音が途切れ、繋がった。
「コウ君! 何やねん、あのメール? なめとんのんか?」
「どこのチンピラだよ? まさかと思うけど、おまえ、そんな調子でタカシに
キャンキャン、吠え立てているんじゃねーだろうな?」
エッ?
予期しない低い声に一瞬、たじろぐ。コウの鋭い目には似合わない可愛らしい
声を予想していたからだ。
「この呆けキャラが。オレ様を忘れているんじゃねーだろうな」
「あ、佐原君!」
「オレが行く。橋の上、その辺りに行くから」
それだけ言って、電話は切られた。
「行くって、いつの話やねん?」
場所は指定されたようだが、日時がわからない。
___まさか、この寒い中、吹きっさらしの橋の上で佐原君の到着を待てって
こと? 
「坊ちゃん」
「うん?」
「坊ちゃんって、取立てくらいは出来そうですね」
ガラが悪いと揶揄しているつもりなのか、それともいっそ、意外な見所がある
と褒めているつもりなのか、全くわからない彼の口調に面喰らっている間に、
車は良く知った住宅地へと進んでいた。
「あ、橋の上で停めてくれる? 友達と待ち合わせているんだ」
「橋の上? でも、すぐ戻って頂かないと」
「お兄ちゃんにはオレ、自分で電話するから」
そう言いながら、ふと見やると橋の上に青白く、細長いシルエットが浮かんで
見えた。もしや。
「車、停めて。中で待っとってくれてええから。すぐ戻るから」
早口に言い、今度は停めてもらった車を降り、バタバタと駆け寄って行く。
「佐原君や。おかえり。え、でも、何で?」
アパートの駐車場に彼の愛車は停められていたし、コウに掛けた電話に出たの
だ。あのアパートの一室に仲良し天使二人組と一緒にいたのは間違いない。だ
とすれば、尚更、彼のこの素早い到着が面妖だった。
「何で? どこで追い抜いたん? どんなスピード出してんねん? てゆーか
無理やろ?」
「車なんて、使ってねーもん」
「じゃ、走り?」
冗談のつもりだったが、佐原の方はクスリ、と笑っただけだ。
「おまえ、オレが飛べるってこと、忘れてんじゃねぇ?」
「飛べんの、、、?」
堕天使と言うからには佐原には翼がない、つまり、飛べないものだとばかり、
思っていた。
「そんなぽかーんとお間抜けな顔、すんなよ。可愛いから!」
ひとしきり笑った後、佐原は表情を引き締め、瞬一を手招いた。確かに大声で
会話していては不都合が生じる内容となるだろう。
「おまえも時間がなさそうだから、単刀直入に言う。いいか? 絶対にタカシ
にあれこれ、好き勝手なことを聞くな。何があっても、どんなに不審に思って
も、それが他愛無い素朴な疑問であっても、絶対にそれをタカシにはぶつける
な。今、自分が可愛いタカシと一緒にいられて幸せだと思うなら、その幸せを
手放したくないと思うのなら、絶対にタカシには言うな。いいな?」
「何で?」
「そう来たか、やっぱり。おまえって、何で、何でって、レンちゃんA号か、
ってくらい、うざいもんな」
「オレはええけど。それ、レン君にちくってもええの?」
「おいっ! 岡本瞬一、何気に性格も悪し、と」
佐原は空々しくも、メモを取る真似までして見せる。
「性格もって、性格以外に悪いところはないって、こないだ、ブゥーさんには
言われたけど」
「ブゥー? 何だ、それ。ま、とにかく。人間にわかり易く例えると、そうだ
な。日本昔話だ」
「は?」
「あれこれ聞きたいと思った時は、そんな衝動に駆られた時には、だ。ほら、
“鶴の恩返し”とか、“キジも鳴かずば撃たれまい”とか、そーゆーのを思い
出してだ。ぐっと堪えるように。おまえが合格したら、その時はちゃんと説明
に行く。説明責任は果たすから。それに、その頃にはタカシの気持ちも固まる
だろうからな」
「タカシの気持ち?」
「おっといけない。これ以上、言うと、おまえ、絶対、タカシに向かって突撃
するからな。とても言えないぜ。あっ、そうだ。おい。おまえ、さっきのあの
チンピラ口調で毎日、タカシに余計なストレス、掛けていないだろうな」
思い当たる節がないわけではない。恐る恐る、聞き返す。
「ストレスって? そんなストレスになる、んかな?」
「当ったり前だろう。果樹園の天使相手に凄んだり、脅かしたり、とにかく罰
当たりな真似するなよな。おまえは人間だからわかっていないんだろうけど、
蝶より、花より大事にされて当たり前の果樹園の天使を相手に乱暴な口、利く
なよな。コウやレンのタカシ大好き!なあの態度だって、天界では有り得ない
馴れ馴れしさなんだぞ。いつでも自分を律して、タカシに余計なプレッシャー
やストレスを与えないように慎め。いいな」
「わかったけど。でも、あんまり我慢したら、オレの方かて、それがストレス
になるやん?」
精一杯、返したつもりだが、佐原はあっさりと微笑んだ。
「大丈夫。そのストレスに耐えかねて、おまえの腹が痛もうが、じんましんが
吹き出ようが、オレ達の知ったことじゃない。おまえ一人が我慢しろ。じっと
我慢して、絶対にタカシには余計な負担を掛けるな。あれこれ、聞くな。頭、
割られたくなかったら、良い子で毎日、お勉強しな。二度とは言わない。いい
な?」
さすがに元は南ッ側の親玉だ。愛想笑いを消した真顔でギロリと睨まれては、
不服など言えはしない。言わせる気もないくせに。そう腹の内でだけ、毒づき
ながら上目に佐原を見やった。
「わかった。でも、合格したら、連絡してもええんやね?」
「こっちからするって言ってんだろ、ボケ」
「自分かて、ガラ悪いやん?」
「オレは堕天使だもん。ブラック上等だよ。空だって、飛べるしな。ピョン、
ビョーン、サササーッとな。リアル忍者だぜ」
「それ、恰好ええん?」
「やかましいわ。こー見えても、いや、見えはしないけど、今でも翼はあるん
だぞ? ちっちぇーのが。ダサくて、目も当てられないんだよな。はぁ」
ため息を吐く佐原はいつもの見慣れた調子だった。
「とにかく合格したら、思いっきりハグしてチュ〜してやるから、それを励み
に頑張りな」
「ええっ。そんなん、嫌や。やる気、削げるわ。台無しやん」
「おい!」
「タカシがしてくれるんやったら、ええけどv」
「おい、夢想すんな、変態。涎、垂れてんぞ?」
「垂らしてへんわ!」
「言っておくがな、そんなおねだりしやがったら、マジで殺すからな。じゃ」
軽く手を挙げ、佐原はすぐそこの角を曲がって行った。ふと思い付き、数歩、
駆けて、その後を覗く。
___誰もいーひん。
ただ暗い道が向こうへと長く続き、凍えた空が覆い被さっているだけだった。
サスガ堕天使ヤナ。
「坊ちゃん」
去った男の後を追われては困ると思ったのか、焦った様子の運転手に呼ばれ、
振り返る。
「ちゃんと帰るって」
佐原を追っても、意味はないのだ。
___合格したらええんやろ。
期日はそこに迫っている。
___タカシにも一発、良いところ、見せたらな、あかんしな。
車に戻り、再び、我が家を目指す。
「おかえりなさい」
いつものようにタカシに出迎えられた。
「ただいま。遅くなって、ごめんな」
「大丈夫。マサアキもさっき、帰ったばかりなんですよ」
「あ、デコプリン発見!」
「何がデコプリンや?」
「怖〜い。今の、見た? タカシ。あれが瞬一の本性だからね。気を付けない
とタカシ、頭から食べられちゃうよ」
「そんなこと、瞬一は―」
何か言おうとしているタカシの手を不意に取り、白石はしげしげと見つめる。
「やっぱり、鳥系の味なのかな?」
ヘッ? 
「こら、ブゥー。食うなよ。どー見たって、売り物の精肉じゃねーんだからな
「珍味だよね。人魚を食べたら不老不死になるって言うじゃん? 天使だった
ら、どうなるんだろ? 死人も生き返るのかな?」
死人ハ食エヘンワ。
「いいから、放せ。タカシもぽさっとしていないで、一発、引っ叩いてやって
いいんだからな。のんびり構えていると本当にかじられるぞ、おまえ。こいつ
は食い意地張っているんだから」
「気を付けます」
「えーっ、オレを警戒しちゃうの? 何で? だって、オレは安全パイだよ、
瞬一と違って」
「何でやねん!」
賑やかな夜。このまま、いつまでも続けばいいと思った。

 

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