あまりに思い掛けない白石の提案に度肝を抜かれ、目を剥かんばかりにして
驚く。
エエーッ? 
一体、この男は何を言い出すのだろう? 驚天動地の瞬一を尻目に白石の方は
ケロリ、としたものだった。
「だって、ほらっ。一戸建てより、マンションの方がセキュリティー的に安心
だし、すっごく眺めが良い部屋なんだよ。あそこなら、タカシ、一日中、外を
眺めていれば、それだけで十分、退屈しないと思うんだよね。何せ、超高層階
だし、その上、全面ガラス張りだもん。大きな窓に寄り掛かって日光浴して、
本読んで、お茶飲んで、のんきに過せばいいじゃん? 電話一本、掛ければ、
何でも届けて貰えるサービス付きだし。メゾネットって言ったって、タカシは
まー君の仕事用のフロアーになんか、行く必要もないから、厄介で危ない螺旋
階段なんて、使わなきゃいいんだし。それなら普通にバリアフリーじゃん? 
良い話なんじゃない?」
「そうかも知れへんけど。でも、でも、何で、そんなこと、急に言わはるん?
マサカ。
___お兄ちゃんがタカシに好意を持った、とか? それで一緒に暮らしたい
とか?
誰ダッテ。
タカシを見れば、可愛いと思うし、ずっと一緒にいたい、出来るなら、連れて
帰りたいと思うはずだ。
___その気持ちは良くわかる。オレと一緒やもん。そやけど。
デモ。
いざ、これからという大事な時期にひょっこりと、後から出て来た兄に横から
タカシを掻っ攫われたのではあまりに自分が惨めで、切な過ぎるのではないか
___それやったらオレの人生、ただ受験勉強しただけ、ってことになるやん
? そんなん、惨めや。人間って、幸せになるために頑張るんと違うん? 
精一杯の努力が報われないのだとしたら、自分は一体、何をしに生まれて来た
というのだろう? そんなことまで考え、一気に暗い奈落の底に沈み込む。
___しゃかりき頑張ったのも、明日から幸せになるため、やったのに。
 せっかく念願叶い、天使と出会って、行き掛かりにも等しい結果なのだが、
同居も許された。緊張もした。だが、喜びでいっぱいの幸せな日々も、決して
浮かれて努力を怠ることなく、地道に頑張って来た。そして、ようやく受験を
終えて、これから実質、初めて、目指す獣医へと、一人前へと続く階段を登り
始めるのだ、それも愛らしい天使と一緒に。
___そう思っていたのに。将来、立派な獣医さんになって、タカシに向こう
の本を翻訳してもらったり、何かの時には患者さんの気持ちを読んでもらった
りとかして、一緒に頑張れると思っていたのにな。
全テ、叶ワヌ夢ヤッテンカ。
ハァ、、、。
「あのぉ、瞬一さん?」
茶化した調子で名前を呼ばれ、ゆっくりと意識と視線とを白石へ戻した。彼は
どうやら込み上げて来る笑いを堪えているらしい。
「君、今、どこか、他の世界へトリップしていませんでした? えらくどぉん
より、していません? てゆーか、何で、涙目?」
アンタノセイヤン? 
ぐいと、滲んだ涙を力任せに拭った。
「そぉんなマジに取って、本気で落ち込まれても、オレが困るよぉ。だって、
単なる思い付き、言っただけだもん」
ハァ? 
「まさか真に受けて、明日の朝、そこで首吊っていた、とか言わないでよね。
あれって、結構、気持ちが悪いんだからさぁ」
オイ! 
引き止めるのも瞬一の若い命が惜しいからではなく、単に発見者の自分の気分
のため、ならしい。
ソリャア、大事ナ飯ガ不味ウナッタラ、嫌ヤロウケドナ。
「将来、この家を売るとか、そーゆー事態になった時も買い叩かれちゃって、
まー君が損するわけだしぃ」
___そこまでお兄ちゃん第一、あとの事は知らん主義やと、いっそ清清しい
わ。腹も立たへん、ったく。
「さて。今日も楽しく瞬タンをからかったところで、御飯にするかな」
「何でやねん?」
「だぁってぇ、退屈してたんだもぉん。まー君は忙しくて、未だ帰らないし、
タカシは部屋に戻ったきりだしぃ」
「暇やからって、オレをからかって暇潰ししとんのんか?」
「いいじゃん? 別に減るもんじゃないし」
「確実にすり減るわ、オレの神経が!」
「そぉ? でも、たまにカーッとした方が健康にいいって言うよね。血の巡り
が良くなってさ」
絶対、嘘ヤ。
口から出任せに違いない。そう思っていると、白石が話を戻して来た。
「実際、本決まりって話じゃないし。聞き流しといてよ。それに。大体、あの
二人、結構、空々しい感じだもんねぇ。あの空気って、何なんだろう?」
「や、やっぱり?」
それは実は瞬一もずっと、感じていたことだった。
「やっぱり、誰が見ても、変なんやね」
「やっぱりね。あの二人、何となく空々しいって、感じがするんだよね。特に
タカシの方。まー君より、むしろ、オレといたい、みたいな。いや、違うな。
オレを挟んでいたい、かな」
「そうなんや。何かタカシ、お兄ちゃんといる時って、変やなってオレも思う
とったねん」
「あ、あれじゃない?」
「あれ?」
「何てゆーのかな。ほら。ドラマでデートしていたら、昔の、泣く泣く別れた
恋人にバッタリ、出会っちゃうんだけど、向こうの連れと自分の連れが友達で
さ、せっかくだから御一緒しましょうよって、ありがちな展開になっちゃった
みたいな。一先ず、他人のふりでやり過ごそうと精一杯、下手な芝居している
元恋人同士の、あの空々しさに似ているって言うか」
「あーあ。それ、それっぽいかも。本当はもっと仲が良さそうなものなのに、
実際は良くない、みたいな。それ、それだよ」
溜飲が下がる思いで頷きながら、はたと気付く。それでは兄とタカシが旧知の
仲である、と言うことになる。人間界に降り立ち、一年と経っていないタカシ
にもし、古い知人がいるとしたら、それは。
「こら、瞬一。いきなり、人の隣で自分一人の世界に飛び立つの、止めてよ。
あんた、顔がド派手だから、無表情になると、マネキンみたいで怖いんだよ、
本当。そのトリップしちゃって、今、お留守って顔がさ」
モシモ。
もしも、タカシが捜していたその相手が兄だったなら。それならタカシのあの
不可解な地図上の印と、兄が半貴石を集め歩いた足跡との相似が当然のものと
なって、成立するのではないか? 兄のコレクションの中に昔、タカシの髪を
飾っていた珠に似た石があったとしても、タカシがそれを懐かしく手に取って
みたとしても何の不思議もなかったのではないか?
デモ。
粉砕された魔物の魂が復元するようなことはないはずだ。
ダケド。
そこにもし、魂を育む専門家がいたなら。大昔、地上に降り立ったまま、天界
に戻ることの出来なかった果樹園の天使がそこにいたなら。その力が砕かれた
魂の欠片と遭遇してしまったなら。その偶然は一体、どういう事態を招くこと
になるのだろう? 
「瞬一ってば」
ぐいと力任せに腕を引かれ、ぐらりとした弾みに我に返る。
「大丈夫?」
「え、あ。うん」
「お鍋に火を入れるから、タカシ、呼んで来てよ。背中が痛いって、倒れて、
それっきりなんだから」

 

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