「オレ達は果樹園の天使じゃねぇからな。本当のことを言うと、オレ達は。
いや。元天使と、南ッ側の天使ごときには果樹園の天使ってもの自体、本当は
一体、どんなものなのやら、さっぱりわからねぇんだ」
「何で? 同じ天使やのに」
「同じ、とは言い難いだろう? オレ達、もとい。コウみたいな普通の天使が
自分の所属するカテゴリーで研修している時代。履修して、必死になって身に
付けるスキルの中に“時間を止める”とか、“魂を育てる”だとか、そーゆー
項目はチラッと、何となく重なるものすら、ない。将来、コウが南ッ側の頂上
まで昇り詰めて、更に真面目に精進を続ければ、新たな課題が与えられるのか
も知れないが、少なくともオレが天界に“いる”頃にはそーゆーの、気配すら
感じなかった。つまり、オレが歩いていたコースの先には時間を止めるって、
凄い技を伝授される可能性は全くなかったってことだ。そんなことが出来ると
考えたこともなかったような気もするし」
佐原がチラと見た先。コウが小さく頷いた。果樹園の天使。時間さえ、止める
異能力を持つ彼らは天使であって、皆が天使として生きる共通の枠の中に存在
していないのかも知れない。
「一言で天使と言っても、オレ達、南ッ側の天使とタカシとじゃ、全く異なる
種類なんだってこと、それだけは明白になっちまったのかもな」
「どういうこと?」
「あの、西ッ側の連中が仕込んだ結界が堕天使の佐原君を拒むのは何となく、
わかるんだけど」
言い辛いのか、コウは口ごもる。そして、それを引き継いだのは佐原自身だ。
「全くだよな。オレは穢れた、不浄の存在だからな。拒まれるのは当然だよ。
だが、あの結界はれっきとした南ッ側の天使である、コウやレンまで拒んだ。
寄せ付けようともしなかった。レンなんか、具合を悪くするような始末だから
な」
アア。
瞬一は小さく納得する。だから、この場にレンだけがいないのだ。
「それなのに。あの結界はタカシだけは当たり前に通す。だったら端からオレ
達とタカシは種類が違っていたとしか、考えようがないんじゃねぇのかな」
コウの声音に寂しげなものを感じ取る。タカシの魂が壷の中にあり、抜け殻と
化した身体だけが置かれていた家に通い詰め、目覚めの時を心待ちにしていた
と言う、コウとレンの幼少期を思えば、自分達とタカシとの間に一切の垣根を
持ちたくない彼の気持ちは良くわかる。ましてや、同族だという最大の共通項
を、強味を失いたくなどないはずだ。慌てて、どうにかして言い繕おうと口を
開く。
「待って。でも、そんなん、何か、仕掛けがあるだけかも知れんやん?」
「どんな?」
「え、どんなって。あ、ほら。何か、あの」
「妙な気、遣わなくていいよ。ガキのくせに生意気だぞ。それに残念ながら、
結界にはあーだ、こーだって、自分を通過する客を吟味するようなありがたい
機能は付いていないんだ。せいぜいが天使か、悪魔、つまり、魔物だな。それ
か人間か、くらいの大雑把な識別能力しかないものなんだ。あ。もしかしたら
だけど、あれは人間しか通さない結界なんじゃないのかな。タカシはちょっと
ばかし風変わりな天使だから、例外的に通れるのかも知れない。うん、そうだ
よな。もう一組、羽根まで持っている天使だからな、タカシは。何年、生きて
いても、ぼぉんやりしたまんまだし。うん、そうだよ。あのヒト、ボケている
から通れちゃうんだ、きっと」
 コウは自分の呟きの中に無理にでも、活路を見出そうと努めているらしい。
どうにかして、自分達とタカシとを同じ世界の住人として、結び付けておこう
と躍起になっているのだ。
___気持ちはわかるけど。でも。苦しいよ、それは。
 瞬一は瞬一なりに、コウの言葉を反芻しつつ、考える。何とかして、タカシ
をここ、人間界に、それも自分の住む家に引き留めるべく、コウと同じように
糸口を、何らかのきっかけを探して必死なのだ。天使か、悪魔か、人間か。
___そこんところが大事なんだよな、やっぱり。
天使か、悪魔か、人間か。
「あっ。待ってや」
「何を待つんだよ?」
不機嫌そうなコウにも今更、たじろがない。
「そうやなくて。その結界をやで? 自由に出入りしとるお兄ちゃんは普通の
人間、ゆーことやんか? オレとか、ブゥーさんと同じ、ただの人間ゆーこと
やん? そやったら全然、心配することなんか、あらへんのやん? 前の記憶
もないんやし。そやったら、無理にタカシを連れて帰らんかて、いいっちゅー
ことやんか?」
「鼻息、荒いなぁ、瞬一君」
佐原はへらり、と笑っただけだ。
「必死の早口攻勢、御苦労さん。しかぁし。そりゃ、そうだろう。身体は人間
だよ、普通に。おまえの親父と前妻の間に生まれた、実家がヤバイ家業だって
噂はあるけど、でも、所詮、ただのお坊ちゃんなわけだ」
「えっ?」
ゆっくりと首を傾げる。佐原の言っていることが今一つ、自分達家族のことと
して、耳に入って来なかったのだ。
ヤバイ? 
家業? 
___実家がヤバイって、何? 
実家とは即ち、前妻の生まれ育った家のこと、なのだろうか? 
「えっ、て、、、。おまえ、それ、マジ? ええっ?」
佐原は慌てて、両手で×の字の型を作り、自分の口を塞いだ。いつものコント
じみたポーズに見えなくもないが、今日はなぜか目が幾分、大きく、その上、
揺らいでも見える。
___それって。
動揺? 
「あ〜あ。佐原君がやっちゃった。せっかくこいつ、何も知らなかったのに」
「知らなかったのにって、おまえ、何でそんな、説明しなくちゃならなくなる
ような言い方、すんだよ。すっ呆けられるような、気の利いただな。突っ込み
型のフォローを入れろよ。レンちゃんじゃないんだからさぁ」
「ああ、レンなら、ここは一発、決めてくれただろうな。『お兄ちゃんの実家
の家業、ヤバイんだって〜。三つの数字で表すアレだって〜。知ってた〜?』
くらいは言うな。め〜いっぱい、ど真ん中ストレートで決めてくれただろうな
ぁv」
「おい! こぉんの馬鹿ガキ!」
ゴツンと鈍い音が重く車内に響く。
「いってぇっ。何、すんだよ? オレの頭、かち割る気かよ?」
「オレの拳だってな、いや、オレのこの小さなハートが一番、痛いんだよぉ」
「芝居がかってんなぁ、相変わらず。今時、そーゆー暑苦しいのは流行らない
って」
叩かれた辺りを撫で擦りながらコウはチラと、瞬一を見た。
「ま、気にすんなよ」
「気にするわ!」
「だけどさぁ。普通、気付くだろ? とぉっくにさ。何か変だなくらいは思う
だろう? 本当に何も、不思議に思わなかったわけ?」
コウの指摘に佐原が乗って来る。
「そうだよな。若とは呼ばないよな、一般家庭ではなかなかなぁ」
「それって、それって」
モシカシテ。
「ま、当たらずとも遠からず、くらいかな?」
「何やねん、それ?」
「裏から表へと転換を図っている最中、みたいな? 一族挙げて頑張っている
んじゃないの?」
「ま、おまえが成人する頃、親父が真顔で説明してくれるよ」
「そーゆー腹積もりのようだし」
「だったら、それまで黙っといてくれたらええやんか? 第一な。そんなん、
オレには関係ない話やろ? お兄ちゃんの問題やん? お兄ちゃんの実家の話
なんやもん」
「お、居直った」
「しかし、君、岡本姓じゃん? 収入的に縁がないとは言い切れないだろう?
 だったら、卒業しました、はい、サヨウナラとは“そうは問屋が卸すまい”
よ?」
「佐原君、君の日本語はほんと、おかしいよね。今時、そんな言葉、使う人、
いないよ」
「そぉ?」
結局。この二人は何をしにやって来たのだろう? 
___数分前はシリアスモードだったのに? オレ、超緊張したのに? 
「あのさ。あんた達、ほんま、何しに来たん? お兄ちゃんはそりゃあ、実家
はヤバイ仕事してんのかも知れへんけど、本人は画家やし、前世の記憶はない
し、身体は普通の人間なんやし。真っ当やん? タカシもちゃんとブレーキを
掛けて、用心してお兄ちゃんとは接しとるようやし。別に問題ないわけやん。
このまま、帰ってんか?」
「おまえ、わかっていないな」
「そうだよ。オレ達が好きでこんなパニクっているとでも思うのか?」
「パニクる?」
「おいおい。明らかに様子がおかしいだろうが。この冷静沈着な元親玉と未来
の親玉が二人共、こんな取り乱しているんだぞ?」
「そこが既にコントやろ? どこが冷静沈着やねん。あんたは一種のホラ吹き
大王やん?」
「おいっ。なぜにオレ達に悪影響を与える何かが近くに来ている、と読めない
んだ?」
「読めるか! オレは人間やで? それも、ごく普通の」
「けっ。嘘吐き」
コウが小さく吐き捨てる。
「何で嘘吐きやねん?」
「腹の内は違うだろ? 容姿端麗、学業優秀で品行方正、欠けたところがない
のが嫌味かな?くらい、いつも思っているくせに」
「思ってへんわ!」
「ま、いいじゃねぇか、コウ。もうじき冷や汗かいて、決死の覚悟でスピーチ
するんだからよ」
「ああ、そうだったな」
「何、それ? 何の話しとんねん?」
「庶務の奴らがチェック済み。おまえ、新入生代表で御挨拶するんだってな、
入学式で」
「ええっ?」
「大変だな、トップ合格ってヤツも」
「何でやねん? オレ、合格発表も見に行ってへんのに」
「合格したつもりでいい気になっていたから、ちょうどいいんじゃねぇの?」
「嫌や」
「何でもいいから、タカシを連れて来いって」
いきなり、話は戻っているらしい。
「嫌や。絶対、嫌やって言うとるやろ?」
「だ、か、ら」
コン、コン。
車窓を叩く音に皆、動きを止める。夜中に騒ぎ過ぎたのだ。そう考えながら、
覗き込んで来るまだ若い男の顔を見る。知らない顔ではなかった。
レオ、ダ。

 

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