魔物じゃあるまいし。コウが呟いたその言葉から何を思い浮かべたものか、
瞬一には計り知れないことだが、二人は瞬時に硬直した。そのこわばった様子
から何か、良からぬ光景を思い浮かべたように見えなくもない。しかし、そこ
から人間である自分は一体、何を読み取ればよいのだろう? 
トリアエズ。
思いついたことは全て、聞いてみよう。一人、もやもやとしていても、時間を
浪費するばかりだ。そう腹を括る。
ヨシッ。
「それって、魔物だったら身体だけ、ポイって捨てられる、ってこと?」
「うぅん、まぁ。そうかも知れねぇし、そうじゃねぇのかも知れねぇ。そんな
ようなもんだな」
佐原にしては珍しく歯切れが悪い。
「ま、とにかく。人間がイメージするマンガとか、映画のような恰好とは違う
のかも知れねぇ、な」
「結局、どっちなん? 出来るん? 出来ひんの?」
「出来、る」
佐原は仕方なさげに、しかし、断言はしてくれた。
「つまり、だな。大雑把に言うと、幽体離脱型と、ヤドカリ型の二つがあるん
だ」
「何、それ?」
「そうだな」
佐原はまず、考えるようなしぐさを見せた。言い方に慎重を期す必要でもある
かのように。
「うん、とだな。幽体離脱型だと、魂はいつでも身体から離脱して、ある程度
の時間内なら、また戻れるんだけど、もちろん、帰る先は自分の身体のみだよ
な。それでうっかり、離脱中に自分の身体を失くすと、帰る所が無くなって、
当然、一巻の終わりってことになるわけだ。人間界的には成仏出来ないトホホ
ちゃんのような状態ってことだな」
「そっか。魂だけやと、まさに幽霊やもんね。でも、不成仏霊をトホホちゃん
呼ばわりはないと思うで。かわいそうやんか?」
「まぁ、とりあえず、な。で、もう一つがヤドカリ型」
「おまえ、今、可愛いヤドカリの絵を思い浮かべただろう?」
コウの指摘に素直に頷いた。
「だってな、幼稚園の時、ヤドカリさんの絵本、読んだんやもん。ピッタリの
お家が見つからへんって、わぁわぁ泣きながら、裸でウロウロするオッチョコ
チョイの、泣き虫のヤドカリさんの物語やねんで? 可愛いやん?」
「おまえ、随分と嬉しそうだな。そんなに面白い話なのか?」
「だって、裸やで、裸。当然、誰かに会ったら、すっごい恥ずかしいやん? 
そやから読んどって、こっちがドキドキすんねん。早う家、見つけんとって、
すんごいドキドキ、焦んねん」
「あっ、そう」
コウはいささか呆れ顔のようだ。どうやら彼には昔懐かしい、思い出の絵本は
ないらしい。しかし、天使は絵本を読んだり、そこに感情移入したりはしない
ものなのだろうか? 瞬一の心中の疑問にあっさりとコウは首を振った。
「しないね。天使には“果樹園”がある。そこで愛情はた〜っぷり、注がれる
から、人間のような情緒教育は必要ないんだ」
明らかに自慢話のようだ。
「ふん。えらい贅沢やん?」
「まぁね」
胸を張る様子は可愛らしくもある。
妬マシイ話ヤケド。
「しかし、残念ながら、現実はえぐいぜ。そんなラブリーなヤドカリ物語じゃ
ないから」
「そうなん?」
「そう。平たく、わかり易く言うなら。人間が大好きなホラー映画のような、
あんな感じ」
「スプラッターなん?」
「まぁ、ぶっちゃけ。何せ、第三者の肉体に間借りしようって言うんだもん。
そりゃあ、“出入り”は大変に決まっているよな。断末摩の叫びが聞けるぜ。
たかだかナイフでブスッと刺すのとは痛みと出血量が違うわけだしぃ」
―。
「コウちゃん、コウちゃんってば。お子様を脅かすなんて、御趣味がよろしく
なくってよ」
「キモイ。不細工のノリノリ☆オカマ口調の方がよぉっぽど怖かろう。なぁ、
瞬一」
「う、うん」
天秤に掛けてみても、どちらが怖いものか、微妙だとは思う。しかし、西ッ側
の天使が張った結界に悪影響を受け、多少、おかしな状態に陥っていると言う
二人を相手に一々、一喜一憂してみても、大した成果は生まれないのではない
か? 
「話、変わるけど。もう少し離れた所で色々、考えた方がええんやないのかな
? 佐原君がおれば、タカシより先に降りて来ていたそのヒトを捜せないこと
もないんやろ? ここはじっくり腰を据えて、もっと良く考えればさ」
「ははぁ〜ん」
「なぁるほどね」
二人はニヤリ、と笑って見せる。全く違う背丈と顔立ちにも関わらず、こんな
時にだけ、二人は良く似て見えるのだ。
「読めたぞ、瞬一」
「うん、読めた」
ウッ。
嫌な予感が確定的なものに変わるようだった。
「そうだよな。そうすりゃ、もうしばらくタカシと一緒にいられるもんな」
「引き延ばし工作と来たか。マセガキ、どうでも初ドライブに誘いたいらしい
な。この色魔が」
「色魔って何やねん?」
「ええっ、マジで知んねぇの?」
「いやぁねぇ、お子様ってば」
「だから、佐原君、そのオカマ口調は止めろよ。レンにまた引っ叩かれるぞ」
「ああっ。そぉそぉ。聞いてよ、瞬ちゃん。オレね、こないだ、レンちゃんに
スリッパで叩かれたんだよぉ。ゴキブリじゃないっつーのにぃ」
「子供に泣きつくなよ、このセクハラ大魔王が。あんたが再会のハグだって、
やり過ぎて、あんまりしつこいから、それで引っ叩かれただけの話じゃん? 
叩かれて超嬉しそうな間抜け面までしてさ、更にドン引きされたくせに。この
ド変態。いい加減、恥という字を覚えろよ、もういいオッサンなんだからさ」
コウの至極、まともなアドバイスも、しかし、佐原は聞いていないらしい。
「レンちゃんも素直じゃないよねぇ。大好きな佐原君とラブラブで嬉しいって
正直にそう言えばいいものを。照れちゃってさぁ。ま、そういうちょっぴり、
天邪鬼なところがまた一段と可愛いんだけどねぇv」
「オッサン。それだけはレンに直接、言うなよ。オレの剣を貸してくれって、
言い出すのは目に見えているんだからさ。あいつ、言い出したら聞かねぇから
迷惑被るんだよ、このオレが」
「コウ君の剣? コウ君って、そんなの、持っとるんや」
「まぁ、な。たぶん、堕天使にも致命傷を与えられるだろうという、親玉候補
のオレだけが貰った剣だよ。でも、実際、未だ、堕天使の肉なんぞ切ったこと
がねーんだよな、オレ。残念だなぁ」
チラ、とコウは佐原を見やる。
「手応え、知りてぇなぁv ここは一発、仲間より早く体験してみてぇなぁ」
「おいっ! おまえのお勉強のためにオレに犠牲になれと?」
「いいじゃん? 減るもんじゃなし。どうせ、死にゃしねーよ」
「気分の問題だ、このタコ」
「何だとぉ?」
河岸を変えない限り、ここ、結界の近くではいつまで経っても、まともな議論
にまで辿り着きそうもない。
デモ。
いっそ。このまま、二人の混乱コントに付き合って、レオが帰るのを待った方
が良いのではないか? そうすれば、とりあえず、今宵、タカシと別れる必要
もない。
___別にレオになんか、会いとうもないんやし。
「あれっ?」
 二人の怪訝そうな様子に気付き、瞬一も二人が見やる先、自宅の方へと首を
捻る。誰か出て来たようだ。レオが帰るのかと一瞬、期待したものの、現れた
のは白石だった。
「何か、慌てているっぽいな」
「動作は機敏な人やで。ブゥーやけど」
いつものコンビニが目当てではないようだ。方向が違う。白石はドタバタと、
自分の家へと駆けているようだった。
___何か、あったんかな? お姉さんは確か。ずっと。
「コウ、読んだか?」
「読んだ。読んだけど」
「何? いつもの『姉さん、姉さん』じゃないわけ?」
「ちょっと。いつもとは違うみたいだ」
戸惑っているらしいコウの様子に佐原は一層、眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「こいつの」
コウは細い顎先で瞬一を示した。
「瞬一の?」
「瞬一の兄ちゃんが姉さんを連れて来いって、そう言ったみたい」
「連れて来いって。だって、姉さんって“リスト”に名前が載っているような
重篤な病人なんだろう?」
「そう。先の無い人だよ。瞬きが辛うじて出来るくらいの」
コウの沈痛な様子を見れば、リストなる物の正体がわからない瞬一にも、彼女
の容体が理解出来た。見舞い客の絶えない、そんな病室の主ではないのだ。
「出て来た」
白石は自分の車を出して来た。
「もしかして」
「まさかと思うが、病院から連れて帰る気なんじゃないのか?」
「待ってよ。自発呼吸が出来るか、どうかって人だよ。外出許可なんて、出る
わけ、ないじゃん?」
「コウ」
「何?」
「おまえ、レンを連れて、あの男を追え。追って、阻止するんだ。兄貴に何と
言われたのかは知らないが、無謀な真似をさせるわけにはいかない。自分の手
で姉を殺すも同然の行為なんだからな」
「いいけど。ここは?」
「オレが引き受ける。まず、瞬一を帰宅させて、どうにかタカシを外に出して
貰う。それが叶わない時には」
「叶わない時には?」
「オレがやる。あの結界だけは絶対に破る。あれさえ、破れば、あとはおまえ
達二人で十分のはずだ。何せ、家の中にいるのは果樹園の天使とヤンキーと、
魔力の無い元魔物なんだからな」

 

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