「前世の記憶があるのか、無いのか。そこのところの確認が出来ないままなの
は少々、痛いが。ま、記憶なら、あろうが、なかろうが、大差はないだろう。
扱い難いか、扱い易いか、その程度のことだからな。記憶があったところで、
魔力が無ければ、意味はない。大口叩いたって、所詮、平凡な人間に過ぎない
今の自分が惨めなだけだろう。っていうことで。ほら、コウちゃん。あの男を
追いな。急げよ。犯罪者にするんじゃねーぞ」
「わかった。後は頼んだぜ、オッサン」
「失礼な後輩だな、ちっちぇの」
「細目」
「ガリ」
悪態を吐き合いながらも、二人はお互いの能力には信頼を置いているらしい。
瞬一が一つ、瞬きし、目を開けると、運転席、つまり、隣にいるはずのコウの
身体がどこにもなくなっていた。
サスガ、天使ヤ。
テレポートチューヤツヤナ。
感心しつつ、ふと気付く。
「レン君にはどうやって、連絡、取るん? あの可愛いアパートで待機しとる
んやないの?」
「いや。大体、わざわざ、知らせるまでもない。コウが動けば、レンは気付く
よ。何せ、二人は魂の双子だからな。それに」
「それに?」
「部屋で待っていろとは言って来たけれど、来ちゃいけないとは言っていない
からな。たぶん、すぐ近くまでこっそり、付いて来ていたはずだよ。タカシと
生き別れにされて、大泣きするおまえの不細工な泣きっ面はかわいそうだから
見たくない。だけど、タカシのことは心配でたまらないって、そんなスタンス
だからな、あいつ」
「ああ、そっか。部屋で大人しく待っとるはず、ないか。レン君やもんな」
「まぁ、そういうことだ。それじゃ、瞬一。おまえもそろそろ、ちゃんと実行
してはくれないか。家に帰って、タカシを連れて出て来る。チョロイもんだろ
?」
「そんな、簡単に言わんといてよ。第一、こんな、もう遅い時間なんやで? 
何て言って連れ出せ、言うねん? お兄ちゃんに不審がられる。止められるで
? 普通」
「そぉんなの、簡単じゃん? おまえの兄ちゃんに前世の記憶がないんなら、
おまえとタカシのプチ外出を止める理由もないはずだ。高校生の、それも男が
ちょ〜っと自分の家の庭先に出るくらいのことで一々、止めやしないだろう?
 小学生じゃあるまいし。当然、付いて出て来ることもない。そんなことまで
していたら、ちょいと変態臭くて、将来が心配なくらいだ。構い過ぎだろう、
それは」
「そうだけど」
 そんなことは瞬一とて、重々、承知している。兄は止めないだろう。ただ、
事態がどう切迫しているのであれ、この手でタカシを差し出すに等しい真似は
したくない。その一心なのだ。
___天界に帰ってしもうたら。もう二度と会えへんのやもん。
「何だ、瞬一。この期に及んで、未だごねているんじゃねーだろうな」
「でも、取り越し苦労かも知れへんのやろ?」
「まぁ、そうだな」
「佐原君の取り越し苦労で本当は全然、何てこと、なかった場合でも、やで。
もし、タカシ、天界に帰ってしもうたら、もう二度とこっちには、人間界には
戻って来られへん、のやろ?」
「そうだな。天界的には絶対に認められないことだろうな、タカシの“再びの
外出”、それも“遠出”なんぞは」
「だったら、オレ。やっぱり協力なんか、出来ひん。タカシとお別れなんか、
しとうない。いつかはお別れせな、あかんヒトやって、オレかて、知っとる。
わかっとるよ。でも、今日とか、明日は嫌なんや」
「じゃあ、いつならいいんだよ?」
「ちゃんとオレが一人前になって、タカシにああ、瞬一も大人になった、立派
になったって、認めて貰えてから。子供やと思われたまんまじゃ、嫌なんや」
「おませだな、おまえ。それを半べそで訴えられても、困るけどさ」
「ごめん」
「それじゃ。万が一、オレの取り越し苦労に過ぎなくて、別にタカシが天界に
戻る必要はなかった場合。その時はオレがどうにかして、もう一回、おまえと
タカシが会えるように取り計らってやるよ」
「そんなん、出来るん?」
「ああ。オレがさらいに行く」
「さらいに行く?」
「そう。ぶん取って来るぜ。天界とだって、戦って見せるぜ、このオレは!」
鼻息も荒く言い放たれ、瞬一は思わず、脱力してしまう。子供の自分が考えて
も、連れ戻されたタカシが出入り自由な環境に置かれるとは思えない。天界の
奥深い所、相当の警備の下に置かれたタカシの顔を見ることすら、困難なこと
のはずだ。
期待シタオレガアホヤッタ。
「もう、ええわ」
力なく車中に泳がせた自分の目が捉えたそれ、にギョッとして、慌てて、瞬一
は姿勢を正した。
「うわぁっ」
「ああ、見慣れないと驚く、か」
佐原は今、ようやくそう、気付いたように苦笑いし、自分の手元を見やった。
「オレの半身、相棒だ」
どこから取り出した物なのか、その右手には緩やかな三日月形をした黒い剣が
握られている。
「なぁ、瞬一」
「ん?」
「おまえみたいな小童に頼っていないで、とっとと自分で結界を破って入れば
いいと思っているんじゃないのか?」
「そんな。別に、そんな極端なこと、して欲しくないわ。オレはただ、タカシ
と別れたくないだけや。佐原君に危険なこと、して欲しいわけやないもん」
「サンキュ。まぁ、そうだよな。だが、そうすればいいだけの話には違いない
んだよな」
言われてみれば、その通りのような気もする。もし、彼に結界を破る力がある
のなら。瞬一はチラ、と佐原が握る剣を見た。
「佐原君って、あの結界ってゆーの、破れるん?」
「普通は、な」
「普通は?」
「あの結界、西ッ側の奴らが御丁寧にも四人がかりで張った、ちょっと珍しい
代物なんだ」
「四人がかり? それ、珍しいん?」
「ああ。普通は結界を張るくらい、一人で十分だからな。それを四人がかりで
張られたら、厄介だよ。強力この上なしだ。だから、中の様子が見えないし、
傍にいるだけで、こうもオレ達天使の調子が狂う。非常に強力で、面倒な代物
だよ。正直、一人で張った当たり前の結界なら、オレ一人で事足りる。疲れは
するだろうが、42.195キロ、ただ今、走って参りました、くらいのもん
だろう。だが、さすがに四人で張った代物となると、そうは行かない。大層、
疲れる。疲れ果てるだろう。おまえの兄ちゃんはただのイケメン画家なんだと
思うが、だが、もし。もし、タカシの大先輩が同席していたら。それを考える
と、少しでも体力を温存しておきたいんだ」
「先輩。タカシより、先に降りて来たって、そのヒト」
孤独に耐えかね、魂の双子の片割れを求め、時空の綻びに身を投げた天使。
「実際、消息はわからないままだからな。人間界で消息不明と言ったら、十中
八九、もう死んでいるって意味だろうが、相手は果樹園の天使だ。どんな身体
に変わり果てていたとしても、消滅することはないし、自力で死ぬことも出来
ない。つまり、どこかに“いる”んだよ、今も」
「誰かに匿われとるんやないかって、佐原君は考えとるんやね」
「まぁ、ね。人目に触れては“軋轢”を生むだけだろうし、な。本人のつらさ
はオレにも、おまえにも、想像が付くこと、だろう? 人間は皆、優しいって
わけじゃないからな」
「うん、そうやね」
弱く頷く。
「おまえがへこむことじゃないよ」
「でも」
「話、戻すぞ?」
「うん」
「もしも、そのヒトが傷だらけの、重荷にしかならない身体を捨てて、魂だけ
の存在になっているんだとして。その状態でそこに、おまえの家にいるんだと
したら、だ。オレは出来るだけ、余力を残して突入しなければならない」
「余力って、何で? それやと、まるで。まるで、そのヒトと戦う予定がある
みたいやで? だって、果樹園の天使って言うたら、戦闘用やないんやろ? 
何も出来ひんて、、、」
「いいや。戦闘能力がないのは声を貰った世代から、だ。旧来の、本来の果樹
園の天使は相当、やれるよ」
「やれる?」
「そう。遠い、大昔。魔物共が天界になだれ込んで来た時、たった一人の果樹
園の天使が三百匹の魔物をなぎ払ったって、伝説があるくらいだ」
「魔物、が三百匹って。それって、佐原君に換算すると、どれくらいになるん
?」
「具体的に答えたくないくらい、だな」
冗談めかした口調で佐原ははぐらかした。つまり、魔物三百匹は親玉クラスの
天使にとっても、半端な数ではないということなのだろう。
「雑魚三百匹って言ったって、普通、正面から、それも一人で向かい合ったり
はしないもんだ。用心もしなくちゃならないし、な。だからこそ、コウとレン
は遠ざけた。あいつら、無茶をするクチだからな。それに。未来のエリートで
あって、未だ、大した実戦経験はないようだし」
「果樹園の天使って、そんなに強いんや」
「正常な状態なら、な。まともな身体があれば、親玉クラスでも手に負えない
かも知れない。それで伝統的に果樹園の警備は緩かったんだ。守る兵士より、
中にいる果樹園の天使の方が地力に勝っていたわけだからな。おかげでタカシ
は時々、天界を抜け出せたわけだけど」
因果なもんだよな。佐原は自嘲するように、ごく小さく呟いた。
「オレ、帰るわ」
「よしっ。ようやくやってくれる気になったんだな?」
「いいや。まず、タカシに会う。会うて、ちゃんと話を聞くつもりや」
「会って、何を聞くって言うんだ?」
「聞かなあかんこと、いっぱい、あるやろ? だって、佐原君も、コウ君も、
レン君も、この頃、タカシとはまともに話してもへんのやろ?」
「そうだけど」
「だから、オレが聞く。タカシは皆が、コウ君達も、西ッ側の天使達も、庶務
の皆も、天界に引き揚げている時、言うたんや」
吹きさらしの寒い橋の上。
「今、ここにいる天使は自分一人ではない、って。それって今、思うに、その
先輩のことやったんやろ?」
「やっぱり、感知出来ているんだな」
佐原は剣を握った手の力を緩め、背もたれに身を寄り掛けた。
「生きているんだ、この近くで、、、」
「それにな。お兄ちゃんのことだって、タカシならわかるはずや。記憶がある
のか、ないのか、タカシはわかっているはずや。だから、オレが聞く。佐原君
や、コウ君、レン君がどれだけ心配しとるんか、説明すれば、タカシだって、
きっと、答えてくれるはずや」
「おまえって」
「何?」
「賢いなぁ。御褒美にチューしてやるよ、瞬タンv」
ギャー。車内に悲鳴を残し、慌てて、飛び出す。
「ここら辺にいるから」
その一言が心強く聞こえたことも事実だ。
ヨシッ。
勢い込んで、ドアを開け、瞬一は立ち尽くした。
「おかえり。寒かったでしょ?」
いる、ことは知っていた。しかし、まさか、レオに出迎えられるとは思っても
いなかった。
「早く上がって。コーヒーでいいかな?」
「う、うん」

 

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