至ってすげない。期待通りの応答だとは言い難い。だが、彼にとっては造作
ないことなのだろうから、致し方ない反応と言えるのかも知れない。そう考え
直して瞬一は息を吐く。
ソウダヨナ。
自分ノコト、ダモンナ。
人間である瞬一から見ればどれ程、奇異に映ることでも、本来、魔物である兄
にとっては特段、恐れることでも、慄くほどのことでもないのかも知れない。
そう考えてみると、眼球を掌にしまっておいたり、必要とあれば、取り出した
り、また元通りにしまうことも出来る、人間界ではあり得ない冗談めいた行為
も、兄にとってはどうと言うほどのことでもないのだろう。
大体。
___そんなの、後でのんびり、考えればいいこと、なんだし。
ソウダ。
もしも今、何か、考える必要があるとすれば、それは兄の取り戻した能力の質
を吟味することではない。頼るべき天使達は三人共、天界へ帰ってしまった。
唯一、コウだけはやがて、ここへ戻って来てくれるのかも知れないが、今すぐ
に、と言う可能性は極めて、低い。
ツマリ。
___オレが頑張らなきゃならないんだ。
自分が一人、頑張って、タカシを守ってあげなくてはならない。
出来ルナラ。
まだまだ当分はタカシと一緒にいたい。もし、欲張れるものなら、人間として
の短い生涯、ずっと近くにいて欲しいとも思う。だが、もし、タカシから天界
へ帰りたいと告げられたなら。きっと、自分はそれに応じるべきなのだろう。
___厳しい罰が待っているって、わかりきっている所にわざわざ帰りたい、
って、タカシが思うってことは。
即ち、人間界にいてはならない、それだけのよほどの事情があると察してやる
べきなのだ。
辛イケド。
果樹園の天使としての、自分の力を悪用されることを何より、恐れるタカシの
気持ちを汲んでやらなければならない。その意思を通してやること、それだけ
が唯一、自分に出来る務めなのだ。
___だって、タカシにしてやれることなんて、他にないから。オレのこと、
タカシはいつも救ってくれたんだ。恩返しをしなきゃ。別れが惜しいなんて、
言っていちゃいけないんだ。
そう自分に言い聞かせ、ぐっと奥歯を噛み締め、それから瞬一は口を開いた。
「あの。お兄ちゃん」
「何?」
風呂上り、お気に入りらしい酒を口に運ぶ兄は機嫌良さげだ。その様子は幸せ
そうにも見える。風呂上りにスポーツ飲料をがぶ飲みし、それで満足する自分
には未だ、わからない喜びがあるのだろう。だが、そんな大人の安らぎの時間
に水を注すことに抵抗を感じてばかりもいられない。白石ともう一人の果樹園
の天使は朝まで戻らないだろうが、お使いに出たレオの方はもう、いつ帰って
来ても不思議ではないのだ。あの厄介な部外者がいる所で肝腎な話をするわけ
にはいかなかった。
今ジャナキャナラナインダ。
「何だ?」
「あの。これから、どうするつもりなん?」
「どうするって?」
「天界のこと、気にならへんの? ここ、天使って言うか、天界の兵隊さんら
に襲われるんと違う? タカシを返さな、お兄ちゃん、やばい立場になるんと
違うの?」
「それはオレの心配をしてんの? それとも、タカシの心配をしてんの?」
へらりと笑った様子を見ると案外、酔っているのかも知れない。そう思った。
「茶化さんといて。どうなん? 魔力があったら天使と戦えるん? そりゃ、
戦えるんかも知れへんけど。でも、お兄ちゃんは一人で、向こうはいっぱい、
なんやろ? タカシの先輩の、あのヒトも一緒に戦ってくれるん? そやった
ら追い払えるんかも知れへんけど。でも、ブゥーさんのお姉さんの身体の中に
入ってしもうたら、どうなるん? それでも戦えるもんなん?」
兄は若干、考えるような表情を見せた。
「戦えない、かな。何せ、ようやく休眠するわけだし。今、好きに動けるのも
魂だけになっているから、だしな」
「だったら、お兄ちゃん一人やん?」
「ああ。そうなんだろうな。天使は別に人間界に侵入出来ない事情もないし。
“ドア”をくぐれば、来たけりゃ来たいだけ、どんな雑魚でも全員、来られる
らしいから」
「そやったら。ここの結界かて、すぐに破られるんやないの? 第一、西ッ側
の天使さん達だって、タカシの先輩の、あのヒトを救ってあげたくて、結果的
にお兄ちゃんの加勢をしただけなんやろ? そやったら。あのヒトの魂を楽に
してあげてしもうたら、お兄ちゃんはもうただの魔物で、今度は敵と見なすん
やないの? 用が済んだ途端、早速、今度はタカシを取り返さなあかんって、
考えるんやないの? 向こうは天使なんやで? お兄ちゃんとタカシが一緒に
おってもええ、なんて、思うはず、ないやん?」
「ふぅーん」
「何?」
「おまえが利口な人間で、意外と計算上手なのはありがたいし、喜ばしいのは
山々なんだけど」
兄はコトリ、と音を立てて、グラスをセンターテーブルの上に置いた。
「オレにはこんな結界の中に隠れていなければならない理由はない。つまり、
あの面倒臭い兵隊共にまた、追い回される理由はない、ってことだ」
「何で?」
「オレ、基本は人間じゃん? 天使は建前上、滅多に人間を襲わない。まぁ、
たまに闇から闇へ葬るらしいが、オレは既に生まれちまっている。無論、過去
にさかのぼれば、インチキはし放題だが、あのかわいそうな女からオレと言う
たった一つの生き甲斐の一人息子までは奪えないだろう、天使と名乗るからに
はな」
「そ、そうかも知れへんけど。でも、いくら人間って言うたって、身体は人間
かも知れへんけど、でも、魔力があったら正味、人間やないやろ?」
「何でおまえ、涙目なの? 意味、わかんねぇよ」
「だって。こんな展開、普通、あり得へんやろ? オレ、ずっとずっと天使と
出会いたかったし、天使とお友達になりたいって、本気で願うとった。それを
タカシみたいにすっごく綺麗で、本当に優しい立派な天使と出会えて、一緒に
暮らせて、友達って言うたらおこがましいけど、でも、仲良くもなれて。その
上、お兄ちゃんとも少しは話が出来るようになった。今は無理やけど、何年か
経ったら、一緒にお酒かて、飲めるようになるかも知れへん。お祖母ちゃんも
きっと、天国で喜んでくれとると思うし、やりたいと思うことも出来て、その
ための大学にも合格しとるらしいねん」
「良いこと尽くしで結構じゃないか?」
「でも」
「でも?」
「オレには今、お兄ちゃんが何を考えとるのか、さっぱりわからへん。一体、
何を企んどるんや? あのヒトを助けてあげたい一心で、それだけでタカシに
近付いたんか?」
「随分、昔のことを聞くね。正直、忘れたよ、そんな大昔のこと」
「嘘や」
「それじゃあ、何て答えて欲しいんだ? こうか? あの哀れな魂を楽にして
やるためにオレには実体として、改めて人間界へ出向く必要があった。幽体の
ままじゃ、魂を抜き、仮の器に入れるところまでしか出来ないからな。だが、
元々、魔界での地位が高く、魔力も強いオレは“障壁”に阻まれ、人間界へは
到底、侵入出来ない。だから、いっそのこと、天敵である天使の手にかかって
処刑され、“魂を砕かれて”、一先ず、魂だけを人間界へ転出させたわけだ。
そこに果樹園の天使が一人、待ち受けていれば、どんなに粉砕された魂でも、
復活可能だからな。で、その計画のためにもう一人、気の良い果樹園の天使を
騙して、利用した、と?」
兄はこわばった瞬一の顔を眺め、くすくすと笑った。
「ま、そんなもんだろうな。オレが処刑された後も、タカシは別れ際、オレに
掛けられた暗示通り、オレを忘れずに過し、やがては言い付け通り、人間界へ
降りて来て、“あいつ”の力で冥界の蓋まで飛ばされることになった。そこで
予め、待機させておいたオレの眷属、魚に会い、オレの一部分、オレの魔力の
根源、右目を背中に仕込まれて、人間界まで持ち込まされた。そんなところか
な?」
「違うん?」
「さぁな。大体、大筋が合っていようがいまいが、今更、何の意味がある? 
それに。おまえが知りたいのは今後のこと、だろ?」
「そうやけど」
「オレには何でおまえが迷うのか、そこのところの方が興味深いがね」
「何でって、オレは別に」
「自分の心に正直にあれば、それでいいじゃないか?」
「正直に?」
「タカシを帰したくないって、顔に書いてあるぜ?」
「でも。お兄ちゃんがもし」
「オレのせいみたいに言うなよ。オレがタカシをどうしようと、本来、おまえ
には関係のない話じゃないか? おまえはタカシがここに、おまえの手の届く
所にいれば、それで満足なくせに」
「そんなこと、、、」

 

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